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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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パニーノ



 ローマ拠点、二階。午後六時四十二分。



 アルノの部屋の扉は、少し開いていた。


 机には配置図が三枚広げられ、赤いペンと冷めたコーヒーが置かれていた。アルノは眼鏡をかけたまま、北側の退避路を引き直していた。


 リヴァは扉を叩いて、部屋に入った。


「入ってもいい?」


「もう入っています」


 リヴァは後ろ手に扉を閉めた。


「ただいま」


「リヴァ、今手が離せなくて」


「ただいま」


「……おかえりなさい」


 リヴァは歩みを進めて、紙包みを机の端へ置いた。


「パニーノ貰った。アルノの分」


 アルノが線を引く手を止めた。


「あなたが食べればいいでしょう」


「はんぶんこ」


「そうですか」


 返事だけで、手は伸びなかった。


 アルノはまた配置図へ視線を落とした。


 リヴァは紙包みを開き、パニーノをアルノの口元へ持っていった。


 アルノが顔を上げた。


「何をしているんですか」


「はい」


 数秒見てから、アルノは一口食べた。


 リヴァは机の端へ座った。


「…机に座らないでください」


「アルノ、今日の建物、第一候補でいい?」


 机からは降りなかった。


「会場側面の射線は使えます。裏階段は、緊急時だけにしてください」


「カイが通るには狭そうだったもんね」


 アルノは赤いペンを置いた。


 眼鏡を外し、目元を指で押さえた。


「疲れてそう」


「ええ」


 アルノは目を閉じたまま言った。


 アルノが腕を伸ばした。


 腰を取られたと思った時には、リヴァの身体が机から抱えあげられていた。


 アルノが一歩下がって、自分の膝にリヴァを乗せて椅子に腰かけた。


「……ここにいてほしい?」


「はい」


「…アルノ、限界そう」


 アルノの片腕が、リヴァの腰を抱いた。


 もう片方の手は机に残り、配置図の角を押さえている。


「仕事しにくくない?」


「少し」


「下りる?」


「だめです」


「だめですか」


 アルノはリヴァの肩口へ額を寄せた。


 首筋へ鼻先が触れ、浅く息を吸った。


「外の匂いがします」


「うん」


「あと、ジュリオの香水が少しだけ」


「えーやだ」


「はい。早くシャワー浴びてください」


 リヴァは笑った。


 アルノはもう一度息を吸った。


「何してるの」


「帰ってきたか確認しています」


「さっきおかえりって言ったじゃん」


「足りない」


 眼鏡を外した顔が、首筋のすぐ近くにあった。呼吸が上着の襟へ触れる。



 リヴァはそのまま体をひねって、アルノに跨った。


 お互いの前髪が触れた。


 アルノがリヴァを見上げた。


「リヴァ、それはまずい」


「こうしないとお仕事しちゃうでしょ」


 アルノは両手をリヴァの腰に回した。腕に力が入る。


 リヴァはアルノの肩口に顔を埋めて、話し出した。


「……今日ね、ジュリオが言ってた」


「何をです」


「前は帰る理由があったって」


 アルノは動かなかった。


「今は、ないみたいに言ってた」


「そうですか」


「アルノは?」


 アルノの腕が、リヴァの背へ回った。強く抱きしめた。


「その質問をするために、ここまで来たんですか」


「パニーノ持ってきたよ」


「では、そちらだけにしてください」


「答えたくない?」


 リヴァが肩口から顔を上げてアルノを見た。呼吸が当たった。


「あなたが帰る場所を、私が管理しています」


「それはお仕事でしょ?」


「両方です」


 アルノの手が、リヴァのふとももへ置かれた。


 指がゆっくり沿った。アルノの視線がそちらに向いた。


 リヴァはアルノの首へ手を回して、抱きしめた。


 耳元に唇を寄せた。


「お仕事戻る?」


 抱きしめたまま、リヴァは左右に少し揺れた。


「……あなたは悪魔ですか」


 アルノはリヴァの腰を抱いたままだった。


「怖い?」


 アルノの指が、腰の骨へ食い込んだ。


「今、それを確認して満足ですか」


「ちょっと安心するかも」


 アルノが顔を上げた。


 一瞬だけ、何かを言い返そうとして、やめた。


「…あなたは絶対に日本に帰します」


「……」


「でないとオラヴルが死んでしまうので」


 リヴァが腕をほどいて、二人が少し離れた。


「あ」


「……また定時報告忘れてましたか」


「……しとく」


 アルノの顔へ触れ、眼鏡の鼻あての跡をなぞった。


 それから、膝の上から降りた。


「アルノ」


「…はい」


「また来るね」


 アルノはリヴァの手首を取った。


「待って」


 アルノが立ち上がって、そのままリヴァを抱きしめた。


「……苦しい」


「すみません」


「わかってるなら緩めてよ」


 アルノがリヴァの耳をくわえた。リヴァが身をよじって外そうとした。


「あと五分だけ」吐息が耳にかかって、リヴァの体がこわばった。


「……五分は、長くない?」


「今はベッドに行けないので」


「……仕事して」


 その時、アルノが息をのんで固まった。


 腕を離し、一歩リヴァから離れた。


「…お仕事嫌んなった?」


「……違う。…何か、聞こえます」


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