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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十二章「閉鎖系の外乱 ― Disturbance in a Closed System」

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緑の庇、赤い唐辛子






 旧市街の路地は、片側だけが赤く、もう片側は先に暮れていた。


 ジュリオが建物の前で止まった。修復中の足場が、正面を半分覆っている。


「三階だ」ジュリオが言った。「話は通してある」


 三階の部屋には窓が二つあった。リヴァは奥の窓に立って、外を見た。会合の建物の側面が、屋根の向こうにあった。


 窓枠に指を当て、線を追った。正面の通り、向かいの屋根、鐘楼。


 リヴァは窓を離れ、部屋の外へ出た。来た階段を見てから、廊下の奥にある作業用の扉を開けた。


 細い階段が、建物の裏手へ下りていた。


「こっちは?」リヴァが言った。


「裏の中庭に出る。正面とは別の通りだ」


 リヴァは階段の下と、窓から見える路地の位置を確かめた。


「ここを第一候補にする」リヴァが言った。


「戻って図面と合わせよう」


 窓枠に手をついて、ジュリオは外を見ていた。


「ジュリオ、なんか元気ない?」


 ジュリオは驚いてリヴァを見た。


「どうして?」


「今日は結婚の話しないから」


 ジュリオは小さく笑った。そして、笑顔が引いた。


「……昨日のこと、考えてた。助けてもらったこと」


 ジュリオは、暮れかけた空をしばらく見ていた。


「…それで、目まで赤いの?」


「そうじゃない。いや、そうじゃなくはないんだけど」


 ジュリオは口の端で笑った。


 リヴァは夕焼けを見ていた。


「ジュリオは、アルカの欧州支部から来たんだよね」リヴァは言った。


「そうだよ」


「どんな感じなの?」


「うーん……各地に散らばってるせいで、俺もよくわかってない。案件ごと召集されるから、君たちみたく仲良くはない」


 遠くで、鐘が鳴っていた。リヴァが音の方を一度見た。


「なんで東京支部が欧州案件やってるんだろ」


 ジュリオは一瞬止まった。すぐに笑顔に戻った。


「知らない。コアごとの細かい縄張りがあるんじゃない?」


「ふうん」


 ジュリオは窓から下を見た。


「増員が一人なら、何か起きても、欧州支部は関係ないと言えるからな」


「危ないことが起きても?」


「むしろ死んだ方が、書類は少なくて済む」ジュリオは笑った。


 リヴァはジュリオを見ていた。


「……そんな風に思ってるの」


 ジュリオは、窓枠から手を離した。


「……前は、帰る理由があった」


「今は」


「もう、向こうにいる。…多分」


 少し間があった。


 ジュリオがリヴァの背に軽く手を触れ、窓の外を指した。


「一つ、覚えておいて」ジュリオが言った。「旧市街に、緑の庇の食料品店がある。スピツィオ・ヴェッキオって看板が出てる。入口に赤い唐辛子をいつも大量に吊ってる店だ」


「……」


「年寄りの店主に、俺の名前を言え。そこの地下倉庫を抜ければ、旧市街の外れに出る」


「……ジュリオ」


 ジュリオが、リヴァを見た。一歩近づいて、リヴァの髪に触れた。


「復唱して」


「……そういうの、やめてよ」


「リヴァ」


 ジュリオの手が、リヴァの頬に触れた。


 リヴァの瞳が揺れた。


「本当に綺麗だ。キスしてもいい?」


「駄目」


「じゃあ言って」ジュリオが言った。


 リヴァは黙って、視線を逸らした。


 ジュリオが屈んで、顔が近づいた。頬に触れた手に力が入った。


「……スピツィオ・ヴェッキオ。緑の庇。赤い唐辛子」


「……誰にも言うなよ」ジュリオは笑って、ウインクした。


 リヴァは一歩離れて、下を向いた。


「君を帰すために、俺はここにいる」ジュリオが言った。「俺が帰るかどうかは、話に入ってない」


 ジュリオが、リヴァを見た。力なく笑った。


 窓の外は、もう半分暮れていた。




 二人は建物を出た。路地は青く沈んでいた。


 二軒先に、小さなバールがあった。通りに面した窓が開いていて、カウンターの奥からエスプレッソマシンの蒸気が上がっていた。


「Giulio!」


 白髪を後ろで束ねた女が、窓から顔を出した。


 ジュリオは、一度だけ目を閉じた。


「マズイ、見つかった」


 女は早口で何か言いながら、窓の外へ身を乗り出した。ジュリオが片手を上げて応じる。


 女の目が、隣にいるリヴァへ移った。


 一度、頭から足元まで見てから、気の毒そうに眉を下げた。


「Ah, bella. Questo lascialo perdere. Non è un brav’uomo」


 リヴァはジュリオを見た。


「なんて?」


「…君みたいな美人には、俺はやめた方がいい。ろくな男じゃない、だそうだ」


 女が、強く頷いた。


「それはなんとなく、聞き取れなくても分かった」


「すごい。もうイタリアで俺と暮らせるなあ」


 女はカウンターの下から、紙に包んだパニーノを二つ出した。一つをジュリオへ押しつけ、もう一つをリヴァへ渡した。


 リヴァが両手で受け取ると、女は満足そうに笑った。


 ジュリオには、何かを叱るようにもう一言言った。


「今度は何?」


「俺にちゃんと食べろって」


「E la prossima volta entri dal retro e lavi i piatti!」


 女はジュリオの腕を一度叩いてから、店の奥へ戻っていった。


「今度は裏口から入って、皿洗いして返せって言われた」ジュリオが腕をさすりながら笑った。「痛え」


 リヴァは、紙包みを見た。


「昔から知ってる人なの?」


「母さんが死んでから、面倒を見てもらってた」


「この人に?」


「この人だけじゃない」


 ジュリオは、暮れかけた通りを見た。店先の灯りが、一つずつ点き始めていた。


「この街に」


 少し間があった。


「だから、顔が利くんだね」


「どうだろうな。悪さをするたび、誰かに見つかってただけかもしれない」


 ジュリオは紙包みをリヴァへ持ち上げて見せた。


「食べて。逆らうと、拠点まで追ってくるぞ」


「ジュリオにも、逆らえない人いるんだ」


 ジュリオが包みを開いて一口かじった。


「この人と、税務署の二つだな」


 リヴァが笑った。



 ジュリオが耳へ指をさした。


「俺は電話を一本入れる」


 一ブロック後ろにいたアオイが距離を詰めてくるまで、ジュリオは角に立っていた。


「先に戻ってて。俺もすぐ追う」


 リヴァは歩きながらパニーノを半分食べて、包みを閉じた。




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