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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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開かないファイル




 ローマ拠点、監視室 午後十時二十分。



 モニターの光だけが、部屋を青く染めていた。


 ユキナガは端末の前に座り、回収した二台の解析を回していた。煙草を咥えたまま、片手でログを送っている。瞳だけが素早く動いていた。


 ヴィクトルは少し離れた席で、別の画面を見ていた。翌日の会合関係者一覧と、ノルドハウン側の連絡記録が並んでいた。煙草を一本、指に挟んでいた。


 ユキナガが、画面を止めた。


「雇い主は別っぽい」ユキナガは言った。「実働同士で連絡してる形跡も、アルノの見立て通りない」


 ヴィクトルは画面から目を上げなかった。


「でも地図だけ、同じ原図から切られてる」ユキナガは続けた。「切り分け方が一緒。使い回しっぽくて気持ち悪い」


「他は」


 ユキナガは三回、人差し指でキーを押した。力強かった。


「今んとこそれだけ。目的も、誰が仕切ってんのかも出ない」


 椅子の背もたれに体を傾けた。椅子が鳴った。


 ヴィクトルは会合関係者一覧の一つを開いた。別の窓に、ノルドハウンの内部資料と、自分の照会先を重ねた。しばらく、三つの画面を行き来していた。


「ユキナガ」ヴィクトルは言った。


「ん?」


「この代表」


 ユキナガが顔を上げた。


「誰。ノルドハウン?」


「登録されてるのは代理人だ」ヴィクトルは画面を指で送った。「参加資格が、代表の権限から発行されてる。委任も、署名も、先月更新されてる」


「それで?」


 ヴィクトルが煙草を一度吸った。


 ゆっくり吐いた。


「…こいつは三年前に死んでる」


 ユキナガの手が、ログの上で止まった。


「……は?」


 ユキナガは一覧をもう一度見た。


「死亡、公式に出てんの?」


「出てない」


「じゃあ、なんでヴィクトルは知ってんの」


「遺体を見た」


 ヴィクトルは煙をもう一度、長く吐いた。


 ユキナガが椅子を少し揺らした。


「今日の五人と、外の射手と、死人の権限。ぜんぶ繋がってるとみてる?」


「同じ人間とは限らん」ヴィクトルは言った。


「でも」ユキナガは画面を見た。「同じ盤面には、置かれてる…?」


 語尾が、疑問のように上がった。


「そうだ」


 一拍あって、ヴィクトルが笑った。


「別々の人間に、別々の仕事をさせてるとみるのが素直だろうな」


 ユキナガが、報告文を打ち始めた。


「その情報を出したら、誰が動く」


「誰って……敵でしょ。死人の署名使ってる奴」


「味方だ」


 ユキナガの手が、キーの上で浮いた。


「アルノは参加者確認をやり直す。ジュリオは現地の導線を洗い直す。カイは記録官の警護を固める。フィンは外周の配置を変える」ヴィクトルは煙を吐いた。「一つの情報で、俺たちの盤面も動く」


「……」


「情報は、正しいかどうかだけじゃない」ヴィクトルは言った。「出したあと、誰が動くかまで見ろ」


 ユキナガは、打ちかけた文を見ていた。


 しばらくして、また打ち始めた。


 背もたれに体を預けた。


 ヴィクトルが端末を操作した。ユキナガの画面に、一つのファイルが届いた。鍵のかかった、名前のないファイルだった。


「何これ」ユキナガは言った。


「消すな」


「いや、何これって聞いてんだけど」


「条件が揃えば、勝手に開く」ヴィクトルは言った。「俺の認証が、72時間止まったら」


「…は?」


 ユキナガが、ヴィクトルを見た。


「……縁起悪いって」


「まあ、50年後かもな」


「アルノに渡せよ」


「あいつにこの情報はいらん」


 机の端に、ローマ大学の来訪者証が置かれていた。


 ヴィクトルがそれを目に留めた。


「弟はどうだった」


「あいつ、なんも変わってない」


 ヴィクトルは灰を落とした。


「家は」


「知らない。ルカも継がないんじゃね?」


「本人に聞いたのか」


「聞いてない」


「なら、明日聞いとけ。あの城は持ってて損はないだろ」


「……城じゃないけど」


「門を抜けてから玄関まで車で走る家は、城だろ」


「……調べんなよ」


「Googleマップで見ただけだ」


「見んな」


 ユキナガは届いたファイルを、もう一度見た。


「ヴィクトルも、誰かにこういうの渡されたの」ユキナガは言った。


「いや」


「じゃあ、なんで作ったの」


「……前に、間に合わなかった」


 ヴィクトルの指が、止まった。


 ユキナガが顔を上げた。


「誰に」


 ヴィクトルは答えなかった。


 Sobranieの煙が、モニターの光の中をまっすぐ上がって、崩れた。


 ヴィクトルが、端末を閉じた。


 立ち上がって、椅子の背から上着を取った。


「飲み行くぞ」ヴィクトルは言った。


「……この流れで?」


「ローマで夜遊びしないでどうする」


 ユキナガは少しの間、ヴィクトルを見ていた。それから、煙草を消して立った。


 ヴィクトルが、上着の内側から一枚のカードキーを出した。ユキナガの手に押しつけた。


「これ使え。ここには連れてくるな」ヴィクトルは言った。


「……なにこれ、ホテル?」


「雰囲気が最高だ」


 ユキナガが笑った。


 ヴィクトルは先に扉を開けた。廊下の灯りが差し込んだ。


「見せてみろ、アジア代表」


「規模でけえ」


 ユキナガはカードキーをポケットに入れた。端末を閉じた。


 ヴィクトルの後を追った。


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