弾倉を抜かれた拳銃
ローマ拠点 一階の共用スペース 午後九時十分。
卓の端に、透明な証拠袋が置かれていた。弾倉を抜かれた拳銃が入っていた。
その隣に、大学の来訪者証があった。
ルカがユキナガに置いて行ったものだった。期限は書かれていない。
ユキナガが座り、ヴィクトルがその後ろに立っていた。ユキナガは椅子を浅く倒し、ヘッドホンを首にかけたまま画面を送っていた。ヴィクトルは同じ画面を見ていた。二人とも口数が少なかった。
アルノは少し離れて端末を持っていた。画面を指で送る手が、いつもより速かった。
アオイはテーブルの手前に座っていた。視線は室内を巡っていた。
リヴァはその近くにいた。薄い藤色のワンピースだった。ときどき、息を深く吸っていた。
ジュリオが壁際に立っていた。襟の内側に、白い石の粉が残っていた。腕を組んで、組んだ腕を指で叩いていた。
硝子戸が開いた。
カイとフィンが入ってきた。
カイはリヴァを見た。顔、肩、手の順に見た。それから証拠袋の拳銃を見た。最後に、テーブルに伏せられたリヴァの端末を見た。
「撃ったのか」
「うん。一回だけ」
「能力は」
「使ってない。窓の下に消えて、そのまま」
カイはもう一度、端末を見た。
何も言わなかった。
フィンは空いた椅子を引いて座った。
「カイとフィンにも共有します。アオイ、通路内の状況を報告してください」アルノが言った。
アオイが立ち上がった。
フィンがアオイを見上げた。
「五人です。いずれも白人男性。四人を確保、一人逃走。追跡禁止の指示に従いました。四人は全員生存。ジュリオの手配した収容先へ移送済みです。確保した四人の身分証はすべて偽造。端末は二台」
「解析中」ユキナガが言った。
「狭所で四人を生かして止めた。十分だね」フィンが言った。
「……結果的には」
「怪我は?」
「ありません。残念ながら」
アオイが座った。
リヴァはアオイを見ながら、頬杖をついた。
「四人とも黙秘。指紋と顔認証は照合中です」アルノが言った。「外は、ジュリオ」
ジュリオが襟から小さな石片を一つ払った。
「射手が一人。現場からは消えてた。窓際に血が残ってたが、遺体はない。俺が隣棟へ移った直後に、通路の両側を塞がれた」
ジュリオは言い終えてから、目線を落とした。
「彼女が知らせてくれなければ死んでた」
ヴィクトルが画面から目を上げた。
「偶然にしては出来すぎてる」
アルノは端末を見ていた。
「行動を監視されていた可能性があります。会場側からの情報漏洩とは、現時点では断定できません」
アルノは眼鏡を押し上げた。
「会合側には報告済みです。現時点で、中止の判断はありません。本日確認した狙撃候補は、すべて破棄します」
「またデートだな」ジュリオが言った。
カイが無言でジュリオを見た。
画面が会場図に切り替わった。地下の会議室、二つの出口、退避車両までの赤い線が引かれていた。
「今日の問題は、会合前にこちらの一部戦力と対応手順を見られたことです」
アルノが地下の図を指で送った。
「今日と同じことが地下で起きた場合、リヴァからの援護はありません。分断された人員が外から戻る余地もありません」
フィンが図面を見た。
「当日、地下で退路を塞がれたら、最後尾を一人残すことになるね」
ユキナガの指が、画面の上で止まった。
「はい。記録官の退避を優先します」
「アルノ」ヴィクトルがこめかみを押さえて言った。
アルノはヴィクトルに視線を向けなかった。
アオイが証拠袋に目を落とした。
「…了解です」
ジュリオがため息をついて、壁から背を離した。
「鍵の貸出記録に一件、空白がある。管理人の証言と合わない。監視映像を取りに戻る」
ジュリオが部屋を出た。硝子戸が閉まった。
「ヨーロッパ支部から来たんだよね、ジュリオ」
「はい。一時的な増員です」
「ほかにヨーロッパ支部のひとは作戦に参加しないの」
「……コアからの指示にはありません。今回の案件は日本支部の管轄です」
誰も、すぐには話さなかった。
解析端末の数字だけが流れていた。
リヴァが来訪者証を見た。
「大学、すごかったね」
ユキナガが顔を上げた。
「今?」
「うん。ローマ大学綺麗でかっこよかった」
「……普通の大学がどうなのか、俺わかんない」
ヴィクトルがユキナガの背中を叩いた。
「お前高校も行ってないくせに」
「うるさいな」
「学歴と頭の使い方は別だ」ヴィクトルが言った。
リヴァがカイを見た。
「カイも行ってたの?」
「ハワイ大だ」
「え、すごい」リヴァが言った。
「絶対、海で選んだじゃん」フィンが笑った。
「すごくはない」カイが言った。「マノア校で政治学、平和学も取った」
ユキナガが手を止めた。
「平和学からSEALs?進路の振れ幅すごくない?」
「顔は全然平和じゃないのにな」ヴィクトルが言った。
リヴァがカイを見ていた。
「大学の時から守ること考えてたんだね」
カイはリヴァを見た。
ユキナガがアオイへ首を向けた。
「アオイは?」
アオイは一瞬目を逸らして、言った。
「一橋ですけど……」
「へー、法学部とか?」
アオイはもう一度、目を逸らした。
「……はい」
ユキナガが椅子を戻した。
「待って。一橋法で警察って、警視庁?」
「……そうです」
「そこ、資料に出てなかったけど」
「閲覧権限を制限しています」アルノが言った。
「キャリアじゃん」
「もう辞めたので……」
「キャリアって何」リヴァが言った。
「最初から偉くなるやつ」
「やめてください。言わなきゃよかった…」
ヴィクトルが煙草を一本抜いた。ユキナガの端末脇にあった青いライターで火をつけた。
「事務作業が多くて辞めたんじゃなかったか」
「……多かったんですよ」
「アオイ、すごいんだ」リヴァが言った。
「絶対わかってないでしょ」ユキナガが言った。
ユキナガが画面へ戻り、また指を動かしはじめた。
「…私、大学とか行ってたのかな」
「行ってないんじゃね」
「即答は悪口だよね」
「今からでも、行けるようにはしてやれる。行きたいならな」ヴィクトルは言った。
「ヴィクトル」アルノが言った。
ヴィクトルは肩をすくめた。
遠くで鐘が鳴った。
来訪者証の透明な表面に、証拠袋の拳銃が小さく映っていた。




