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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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弾倉を抜かれた拳銃




 ローマ拠点 一階の共用スペース 午後九時十分。



 卓の端に、透明な証拠袋が置かれていた。弾倉を抜かれた拳銃が入っていた。


 その隣に、大学の来訪者証があった。


 ルカがユキナガに置いて行ったものだった。期限は書かれていない。


 ユキナガが座り、ヴィクトルがその後ろに立っていた。ユキナガは椅子を浅く倒し、ヘッドホンを首にかけたまま画面を送っていた。ヴィクトルは同じ画面を見ていた。二人とも口数が少なかった。


 アルノは少し離れて端末を持っていた。画面を指で送る手が、いつもより速かった。


 アオイはテーブルの手前に座っていた。視線は室内を巡っていた。


 リヴァはその近くにいた。薄い藤色のワンピースだった。ときどき、息を深く吸っていた。


 ジュリオが壁際に立っていた。襟の内側に、白い石の粉が残っていた。腕を組んで、組んだ腕を指で叩いていた。


 硝子戸が開いた。


 カイとフィンが入ってきた。


 カイはリヴァを見た。顔、肩、手の順に見た。それから証拠袋の拳銃を見た。最後に、テーブルに伏せられたリヴァの端末を見た。


「撃ったのか」


「うん。一回だけ」


「能力は」


「使ってない。窓の下に消えて、そのまま」


 カイはもう一度、端末を見た。


 何も言わなかった。


 フィンは空いた椅子を引いて座った。


「カイとフィンにも共有します。アオイ、通路内の状況を報告してください」アルノが言った。


 アオイが立ち上がった。


 フィンがアオイを見上げた。


「五人です。いずれも白人男性。四人を確保、一人逃走。追跡禁止の指示に従いました。四人は全員生存。ジュリオの手配した収容先へ移送済みです。確保した四人の身分証はすべて偽造。端末は二台」


「解析中」ユキナガが言った。


「狭所で四人を生かして止めた。十分だね」フィンが言った。


「……結果的には」


「怪我は?」


「ありません。残念ながら」


 アオイが座った。


 リヴァはアオイを見ながら、頬杖をついた。


「四人とも黙秘。指紋と顔認証は照合中です」アルノが言った。「外は、ジュリオ」


 ジュリオが襟から小さな石片を一つ払った。


「射手が一人。現場からは消えてた。窓際に血が残ってたが、遺体はない。俺が隣棟へ移った直後に、通路の両側を塞がれた」


 ジュリオは言い終えてから、目線を落とした。


「彼女が知らせてくれなければ死んでた」


 ヴィクトルが画面から目を上げた。


「偶然にしては出来すぎてる」


 アルノは端末を見ていた。


「行動を監視されていた可能性があります。会場側からの情報漏洩とは、現時点では断定できません」


 アルノは眼鏡を押し上げた。


「会合側には報告済みです。現時点で、中止の判断はありません。本日確認した狙撃候補は、すべて破棄します」


「またデートだな」ジュリオが言った。


 カイが無言でジュリオを見た。


 画面が会場図に切り替わった。地下の会議室、二つの出口、退避車両までの赤い線が引かれていた。


「今日の問題は、会合前にこちらの一部戦力と対応手順を見られたことです」


 アルノが地下の図を指で送った。


「今日と同じことが地下で起きた場合、リヴァからの援護はありません。分断された人員が外から戻る余地もありません」


 フィンが図面を見た。


「当日、地下で退路を塞がれたら、最後尾を一人残すことになるね」


 ユキナガの指が、画面の上で止まった。


「はい。記録官の退避を優先します」


「アルノ」ヴィクトルがこめかみを押さえて言った。


 アルノはヴィクトルに視線を向けなかった。


 アオイが証拠袋に目を落とした。


「…了解です」


 ジュリオがため息をついて、壁から背を離した。


「鍵の貸出記録に一件、空白がある。管理人の証言と合わない。監視映像を取りに戻る」


 ジュリオが部屋を出た。硝子戸が閉まった。


「ヨーロッパ支部から来たんだよね、ジュリオ」


「はい。一時的な増員です」


「ほかにヨーロッパ支部のひとは作戦に参加しないの」


「……コアからの指示にはありません。今回の案件は日本支部の管轄です」


 誰も、すぐには話さなかった。


 解析端末の数字だけが流れていた。


 リヴァが来訪者証を見た。


「大学、すごかったね」


 ユキナガが顔を上げた。


「今?」


「うん。ローマ大学綺麗でかっこよかった」


「……普通の大学がどうなのか、俺わかんない」


 ヴィクトルがユキナガの背中を叩いた。


「お前高校も行ってないくせに」


「うるさいな」


「学歴と頭の使い方は別だ」ヴィクトルが言った。


 リヴァがカイを見た。


「カイも行ってたの?」


「ハワイ大だ」


「え、すごい」リヴァが言った。


「絶対、海で選んだじゃん」フィンが笑った。


「すごくはない」カイが言った。「マノア校で政治学、平和学も取った」


 ユキナガが手を止めた。


「平和学からSEALs?進路の振れ幅すごくない?」


「顔は全然平和じゃないのにな」ヴィクトルが言った。


 リヴァがカイを見ていた。


「大学の時から守ること考えてたんだね」


 カイはリヴァを見た。


 ユキナガがアオイへ首を向けた。


「アオイは?」


 アオイは一瞬目を逸らして、言った。


「一橋ですけど……」


「へー、法学部とか?」


 アオイはもう一度、目を逸らした。


「……はい」


 ユキナガが椅子を戻した。


「待って。一橋法で警察って、警視庁?」


「……そうです」


「そこ、資料に出てなかったけど」


「閲覧権限を制限しています」アルノが言った。


「キャリアじゃん」


「もう辞めたので……」


「キャリアって何」リヴァが言った。


「最初から偉くなるやつ」


「やめてください。言わなきゃよかった…」


 ヴィクトルが煙草を一本抜いた。ユキナガの端末脇にあった青いライターで火をつけた。


「事務作業が多くて辞めたんじゃなかったか」


「……多かったんですよ」


「アオイ、すごいんだ」リヴァが言った。


「絶対わかってないでしょ」ユキナガが言った。


 ユキナガが画面へ戻り、また指を動かしはじめた。


「…私、大学とか行ってたのかな」


「行ってないんじゃね」


「即答は悪口だよね」


「今からでも、行けるようにはしてやれる。行きたいならな」ヴィクトルは言った。


「ヴィクトル」アルノが言った。


 ヴィクトルは肩をすくめた。


 遠くで鐘が鳴った。


 来訪者証の透明な表面に、証拠袋の拳銃が小さく映っていた。


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