半地下
男の手が伸びた。
アオイは半歩ずれて外し、手首を取って肘を返した。男の身体が前へ泳ぎ、肩が配管の壁へぶつかった。
アオイが首筋へ手を添えて床へ落とすと、男は膝から沈み、そのまま動かなくなった。
男が隠し持っていた短い警棒が袖口から滑り、床で鳴った。
リヴァは靴の先でそれを蹴ったが、加減を誤って警棒は配管の壁に当たり、思ったほど遠くへ行かなかった。もう一度蹴った。
「それでいいです。触らないで」アオイが言った。
二人目が横から入り、袖の下で刃が光った。アオイはその手首を掴んで配管の壁へ叩きつけた。
刃が鳴って床へ落ちると、肘を極めたまま男を肩から床へ落とした。男は腕を抱えて丸くなった。
アオイが短く、息を吐く音がした。
三人目が正面から来た。
アオイは重心を下げた。
膝の裏を蹴り、沈んだところへ肘を入れて、肘で首の付け根を押さえた。男の額が床すれすれで止まった。
その男が腕を突いて起き上がろうとした。
アオイは首の付け根へ体重をかけた。男の腕から力が抜け、身体が床へ戻った。
「アオイ」
「後ろみててください」
リヴァは前から目を外し、アオイの背中の側へ視線を移した。残りの二人が距離を詰め、一人が壁沿いに身体を滑らせて、アオイの背後へ回ろうとしていた。
「右。後ろから」リヴァが言った。
アオイは踵で倒れている一人目の身体を蹴り出した。回り込もうとした男が脛を取られ、姿勢を崩した。
「ああ、もう。順番に来い」
もう一人が正面から掴みかかり、倒れかけた男も壁へ手をついて踏みとどまった。二人の手が同時にアオイへ伸び、アオイは左の男の腕を引いてその勢いのまま配管の壁へ送り、右は身体ごと突き当たりの鉄扉へ叩きつけた。扉が大きく鳴った。
「右の扉、閉めて」
アオイが言った。
リヴァは振り返り、側面の扉の内側を一度見てから押した。重く、肩を入れて閉め、閂を探した。
「これ?」
「落として」
金具を下ろした。
鉄扉へ叩きつけられた男が上着の内側へ手を入れた。
「撃つなよ」
アオイは言った。
銃口が上がるより先に腕を下から払うと、発砲音が通路を叩き、弾が配管の壁を削って火花が散った。
拳銃は男の手を離れ、床を回りながらリヴァの足元まで滑ってきた。
リヴァは靴の内側へ引き寄せた。
男が床を蹴り、拳銃へ手を伸ばした。
「撃つなっつってんだろ、馬鹿が」
アオイはここで初めて銃を腰から抜いた。男の肩へ一発撃った。男は鉄扉にぶつかり、肩を押さえたまま床へ落ちた。
その背後で、配管の壁へ投げられた男が呻きながら起き上がり、鉄扉へ走った。
男は扉を押し開け、外へ出た。
アオイは銃口を向けなかった。
アルノの命令が耳に残っていた。
開いた鉄扉から、西日が通路へ差し込んだ。リヴァは路地の向き、男が曲がった方角を見ていた。
上から速い足音がした。ジュリオが階段口に現れ、通路へ一歩出た。壁際に沈んだ三人と、鉄扉の前で肩を押さえている一人、開いたままの出口を見て、足を止めた。
アオイは呼吸を整えながら、自分の拳銃を低く保持した。撃たれた男が動かないことだけを確認した。
「一人、逃がしました」
ジュリオは床の四人を見て、それからアオイを見た。
「随分片づけたな」ジュリオが言った。「怪我は?」
アオイは配管の壁に残った弾痕を見た。
それから拳銃を持っていない方の指を、自分の首筋へ当てた。
「……ありません」
「運がいいな」
わずかに間があった。
「…はい」
首筋の手を下げた。
ジュリオは床の四人へ視線を戻した。
リヴァだけが、その間を見ていた。
リヴァが顔を上げた。
向かいの建物の高い窓で、光が瞬いた。
「上」リヴァがジュリオのシャツの裾を掴んだ。
ジュリオが反射で身体を沈めた直後、弾が石壁を削った。さっきまでジュリオの頭があった高さで、砕けた石が髪と肩へ降った。
リヴァの息が一度止まった。でも、窓の位置は見えていた。
「クソ」
「入って」
言いながらリヴァは足元の拳銃を拾い、両手で構えた。
一発撃った。
窓枠が弾け、向こうの影が窓の下へ沈んだ。
ジュリオとアオイが配管の陰へ入った。リヴァは鉄扉の脇へ身体を寄せた。
さっきより低い位置から一瞬だけ外を見て、窓の位置と建物の側面を追った。人影は戻らなかった。
「このまま西側へ抜けましょう」アオイが言った。
ジュリオが窓の外を見た。
「追撃は禁止だそうです」
アオイが言った。
ジュリオが振り返った。
「……リヴァ、助かった」
「うん」
リヴァは窓からしばらく目を離さなかった。
半地下の鉄扉から、西側の路地へ出た。三人は向かいの建物とは反対の壁沿いに、路地を奥へ進んだ。
ジュリオが先に立ち、リヴァを内側に置いて、アオイが後ろについた。
リヴァは銃口を下へ向けたまま、上階の窓と、向かいの建物の影を交互に追っている。
ジュリオは耳へ指を当てた。
「回収、西側路地。2分で入れてくれ」ジュリオは言った。
手を下ろし、リヴァを見た。
「歩けるね」
「うん」
アオイが最後に鉄扉を抜け、路地へ出たところで振り返った。上階の窓は、どれも暗いままだった。
「現地点から離脱します」アオイは無線に言った。
作業車を装った白いバンが、路地の入口に停まった。
つなぎを着た男が二人、荷台の扉を開ける。ジュリオが片手を上げると、男たちは短くうなずいた。
手早く止血し、灰色の作業用シートで男たちを覆い、荷台へ収めていった。
リヴァは持っていた拳銃を、アオイへ渡した。アオイは弾倉を抜き、番号を書いた袋のひとつへ落とした。
ジュリオはその一台を袋から取り出し、画面を指で送った。
「同じところを押さえに来てたな。向こうも」ジュリオは言った。
「どの陣営ですか」
「わからない」
ジュリオは窓を一度見て、端末を閉じた。
「もう場外で殴り合いが起きてる」
白いバンが荷台の扉を閉め、路地を出ていった。
通りに出ると、日はまだ高かった。
ジュリオが、通りの左右を一度見た。
「このまま車で戻る方が、目立つ」ジュリオは言った。
「次の二本は警察筋が見てる。観光客のまま抜けよう」
笑顔になった。
「デートの続きだ」
リヴァに手を出した。リヴァは笑った。手は取らなかった。
「二回目の失恋ですか」アオイが言った。
角に、小さなジェラテリアがあった。店主の老人が新聞を読んでいた。
ジュリオが店を指した。
「好きな味、選んでおいで」ジュリオは言った。「その間、ちょっと電話する」
「うん。アオイは?」
「自分はいいです。疲れました」
「わかった」
リヴァが一人で店へ入っていった。
アオイは一度周囲を見てから、手の甲についた血をハンカチで拭った。
しばらく見ていた。血はもうついていなかった。
電話を終えたジュリオが、店の方へ歩きだした。
リヴァが出てきた。
カラフルに盛られたジェラートを、両手で持っていた。顔くらいの大きさがあった。
「見たことないサイズだな」ジュリオが言った。「おごりたかったのに」
リヴァは首を振った。
「お店のおじさんがくれた」
ジュリオが掌で顔を押さえた。
「ローマ、やばいですね」
アオイが言った。




