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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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双子





 ローマ拠点 一階の共用スペース 午後十時二十六分。


 硝子戸が外の闇を映していた。


 テーブルの端に、昼間もらった赤と白の薔薇が、水を張った小瓶に挿してある。


 灰皿と、黒い煙草の箱が二つ、少し離れて置かれていた。


 中庭の向こうから、ときどき金属の触れ合う音がした。カイは一階奥のトレーニングルームで、寝る前の調整をしていた。ジュリオもいるらしく、陽気な声がうっすら聞こえた。


 ユキナガとルカが、テーブルを挟んで座っていた。


「ね、今日こそ一緒に寝よ」


「やだよ気持ち悪い」ユキナガが言った。


「通信室入っちゃダメって言われてるからユキの部屋行けない」


「絶対入るな」


「じゃあこっちの部屋来てよ」


「家帰れよ」


「……やだ」


 リヴァが水を取りに入ってきた。パジャマだった。髪はほどいて、片側だけ肩に流していた。


 冷蔵庫から水の瓶を出し、グラスと一緒にテーブルへ持ってきた。


 椅子を引いて座ると、卓上の二つの箱が目に入った。黒地に、片方は緑とピンク、片方は青。意匠はほとんど同じだった。


「煙草まで似てるんだ」


「うん。外したけど」ルカが言った。


「何を?」


「ユキもこれ吸ってると思ってた」


「5ミリまで当ててんのきも」ユキナガが言った。


 ルカは笑って、自分の箱から一本抜いた。


「いる?」


 差し出された一本を、リヴァはそのままくわえた。


「お。イタリア人の素質ある」


 ルカがライターで火をつけ、寄せた。リヴァは笑って顔を近づけ、一度吸って、ゆっくり吐いた。


「確かに町中どこにでも灰皿ある」リヴァが言った。


「でも信じられないほど高いんだよ。こっちで買うと」


 ユキナガがそれを見ていた。自分の箱へ伸びかけたユキナガの手が、途中で止まった。


「……別にそれ、吸わなくてよくない?」


「イタリア人の素質?」リヴァが言った。


「あってどうすんだよ」


 ユキナガは自分の箱から一本だけ抜き、火をつけた。


 ルカが少し笑った。思い出したように、鞄を探った。


「そうだ。ユキ、お土産」


 小さな箱を卓上へ置いた。五月ヶ瀬と書かれていた。


 ユキナガが箱を見た。八枚入りのお菓子。


「なんでローマにこれあんの」


「取り寄せた」


「どこからどこへの土産だよ」


「福井からローマ経由で、ユキに」


「送料やばそう」


「んー、本体の四倍くらい」


「馬鹿じゃん」


 ユキナガは箱へ手を伸ばさなかった。ルカも開けなかった。箱は卓上に置かれたままになった。


 リヴァが箱を見た。


「これ、二人の地元のやつ?」


「うん」ルカが言った。「ユキ、好きだったから」


「いつの話だよ」


「九年前だよ」


 ユキナガは煙を吐いた。


 リヴァを見た。


「食えば」ユキナガが言った。


 リヴァは煙草を置いて、箱を開けて一枚取って口へ運んだ。


「…固い」


 ルカが笑った。


「固いよねこれ」


 ユキナガは食べなかった。開いた箱が、卓上に残った。


 ユキナガが煙草を灰皿に置いた。


 両手を頭の上に置き、椅子を揺らした。


「……お前、こんな仕事手伝ってていいのかよ」


 ルカは灰を落とした。


「痕跡なら、そっちでうまく消せるでしょ?」


「それでも、手伝った事実は消えない」


 ルカは煙を吐いて、答えなかった。


「博士課程、もうすぐ終わるんだろ」ユキナガが言った。


「うん。あと少し」


「そのあとは」


 ルカが一拍止まった。視線を下げた。


「……たぶんローマにいる。教授が残れって」


 ユキナガが顔を上げた。


「残るの」


「……ユキに最初に伝えたかった」


 ルカが灰を落とした。


「明日、みんなで大学行くよ」


「誰が」


「俺とユキ」ルカはリヴァを見た。「あと、リヴァも来てもらう」


「なんでリヴァまで」


「今日の観測値、本人の記録と照合したい。旧鍵がどこまで触ったかも確認する」


「分かった」リヴァが言った。


「いや、ちょっと待って勝手に」ユキナガが言った。


「アルノにはもう通したよ」


「早」


 リヴァが水に口をつけた。


「あのでかい人も同行だって。呼んでないけど」ルカが言った。


「カイはそりゃ来る」ユキナガが言った。


 ルカが少し考えた。


「じゃあ外に置いとけばいいか」


「置いとくって」リヴァが言った。


「犬みたいにさ」


「本人の前で言ってみれば」ユキナガが言った。


「噛む?」


「撃たれる」


 会話が途切れた。


 リヴァが笑っていた。


 卓上に、開いた五月ヶ瀬。小瓶の赤と白の薔薇。黒い箱が二つ、色違いで並んでいた。


 ユキナガが、リヴァの指にある煙草を一度見た。


 何も言わなかった。






 二階テラス。


 旧市街の屋根が、低い月の下に連なっていた。


 石造りの欄干は厚く、表面には古い彫刻が残っていた。眼下に中庭がある。壁灯の光が、石畳の一部だけを照らしていた。


 アオイは欄干に両腕を預け、真下を見ていた。


 指の間にMEVIUSがあった。煙が夜風に流れていた。


 扉が開いた。


 フィンが出てきた。煙草を持っていた。


 アオイの後ろを通り、隣へ立った。


「落ちるよ」


 軽い声だった。


 アオイは下を見たまま、煙草を吸った。


「このくらいじゃ、落ちても死なないですよ」


 フィンがアオイを見た。


 アオイは両腕の上に顎を乗せ、また煙を吐いた。脱力していた。


「イタリア、はじめて来ました。ほんっと、嫌なくらい綺麗な街ですね」


「酔ってる?」フィンが聞いた。


「食前酒しか飲んでないので酔ってませんよう」


「……弱」


「酔ってないですって」


 少しして、フィンのポケットで端末が震えた。


 画面を見た。


 フィンは煙を吐いた。


「カラム、アルカ入ったって」


 アオイはフィンの手元を少し覗くと、『了解』とフィンが打ち込んでいた。


 アオイは煙を吐いた。


「撃たれる心配、減りましたね……」


「懸賞金目当てで拠点ごと爆破されるかもね」


「爆破……は、やだなあ」


 中庭の石畳に、二人の影が落ちていた。

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