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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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「反省しましたか?」




 東京港湾部、旧保税倉庫。午後十時四十分。



 カラムは向かいの給油塔の梯子を上りきり、点検用の狭い足場に伏せていた。降下経路は、上ってきた梯子と、北側の整備階段の二つ。倉庫までの距離、220メートル。見下ろし角、およそ15度。


 カラムは火のついていないRothmansを口の端から抜き、胸ポケットへ戻した。L115A3のストックへ頬を落とした。倍率を5倍まで落とし、二階の窓と一階の搬入口を同じ視野へ入れた。


 港湾の照明は半分が落ちていて、倉庫の輪郭だけが黒く浮いている。風は海側から、秒速2程度。


 指示は三つだった。この位置につけ。十一時十五分に回収班が入る。通信が途絶えたら、自分の判断で処理しろ。


 十一時十五分。


 搬入口に、人影はなかった。無線に手を当てた。


「……こちらオーバーウォッチ。回収班、応答を」


 返ってきたのは、砂の混じった無音だった。もう一度呼んだ。同じだった。


 十一時二十分。


 二階の窓の奥に、四角い影があった。細部を見る時だけ、倍率を上げた。棚の下段に置かれた、黒いハードケース。窓際に、それだけがあった。


 搬入口には、まだ誰も来ない。


 十一時二十三分。


 カラムはスコープから目を離した。無線に手を当てた。


「……持ち場を離れる」


 返事はなかった。


「回収に向かう」


 もう一度言った。やはり、返事はなかった。


 L115A3をドラッグバッグへ収め、背負った。腰の拳銃を確認した。梯子へ足をかけた。


 北側の整備階段は、途中で塞がれていた。溶接された鉄板が、降り口を潰していた。カラムは少しそこを見てから、上ってきた梯子で降りた。



 搬入口の内側で足を止め、一階を見渡した。柱の陰、積まれた木箱の裏、事務室の硝子。人影はない。


 奥の鉄階段へ進んだ。足裏を静かに置き、一段ずつ上がった。二階の突き当たりから、二枚目の扉を開けた。棚の下段に、黒いハードケースがあった。


 留め金には触れず、取っ手だけを掴んで持ち上げた。



 照明が落ちた。


 非常灯も、数秒遅れて消えた。窓の外の港湾灯だけが、床へ細く差した。


 左手が、胸元の暗視単眼鏡へ動いた。


 その動きを待っていたように、最初の一人が来た。


 カラムはケースを壁際へ滑らせ、自分がその前に立った。突進を左半身で流し、襟を掴んで壁へ叩きつけた。骨の当たる音がした。


 二人目が横から腕を伸ばしてくる。その肘を掴み、逆へ捻って落とし、膝で背中を潰した。


 三人目が銃を抜こうとしていた。抜き切る前に手首を殴り、銃身を握って引き剥がして、床へ滑らせた。


 三人が沈んで、四人目が来た。


 腹へ膝が入った。カラムは相手の顎へ肘を入れようとして、止めた。肩を半歩引き、利き手を見せない立ち方。昔、同じ手順を聞いたことがあった。読まれている。


 カラムは銃口を外した。四人目の腕を折り、膝を潰した。殺さず、床へ落とした。


 腕を取った分だけ、身体が近づいた。


 わき腹に違和感があった。


 視線だけを落とすと、針が入っていた。


「……」


 カラムは何の反応もせず、針を打った腕を掴んで捻った。骨の鳴る音がして、男が床へ落ちた。針を抜いた。


 暗闇から声がした。


「まだ効いてない」


「分かってる。近づくな」


 次の一人が間合いの外へ下がった。カラムが追う。


 踏み込んだはずの足が、床を半歩遅れて捉えた。


 距離がずれた。


 その隙間へ拳が入った。頬を打たれ、顔が横へ流れた。


「……」


 口の中で、歯が頬の内側を切った。


 鉄の味が広がった。


 カラムはすぐに顔を戻した。


「右から」


 声と同時に、別の一人が来た。腹へ膝が入った。


「っ、」


 息が全部抜けた。吸い直そうとした。喉の奥で、短い音だけが鳴った。空気が入らない。


 それでもカラムは腕を伸ばした。相手の襟を掴み、引き寄せる。


「まだ動くぞ」


「体重かけろ」


 二人分の重みが肩へ乗った。カラムは一人を振り落とした。もう一人の顔へ肘を入れた。男がよろめく。


「薬入ってんのに、しぶといな」


 足元へ蹴りが来た。膝裏を払われ、片膝が床へ落ちた。


「……っ、は」


 今度は、漏れた息が戻らなかった。視界の端が遅れて揺れた。手をついた床が、柔らかく沈んだように感じた。


「効いてきた」


「頭は打つな」


「手も潰すな。使えなくなる」


 カラムの目が動いた。


 立ち上がろうとした。右脚が伸びなかった。肩を押され、床へ伏せられた。頬が冷たいコンクリートへ当たった。背中へ膝が置かれる。


 壁際に滑らせたケースが、視界に入った。カラムは右腕を伸ばした。


「……ケース」


「まだ届くのか」


 指先が取っ手に触れた。握った。


「離させろ」


 手首を掴まれた。それでも離さなかった。


「指から外せ」


 人差し指を外された。中指。薬指。


 カラムの喉から、低い息が漏れた。


「……それ」


 声が続かなかった。


 カラムは息を吸った。浅くしか入らなかった。


「……持って、帰る」


「まだ任務の話してるぞ」


 別の男が言った。


「外せ」


 最後の一本が、取っ手から剥がされた。


 カラムの指は、何もない場所を一度だけ握った。


「確保」


 港湾灯の細い光が、遠くなった。誰かがカラムの髪を避け、首筋へ指を当てた。


「問題ない」


「よし、運べ」


 声が頭上を通り過ぎた。カラムの頬は、まだ床についていた。


 肩を持ち上げられた。


 カラムは腕を振りほどこうとした。動かなかった。


 足が床を擦った。


 視界は揺れていた。意識ははっきりしていた。


 身体だけが、自分のものではなくなっていた。


 黒いケースを持つ人間が、前を歩いていた。取っ手を握る手が見えた。


 カラムは手を伸ばそうとした。


 伸びなかった。



 カラムが椅子へ座らされた。身体が横へ傾いた。肩を押され、背もたれへ直された。


 両手首が背後へ回された。拘束具が締まった。


 足首にも拘束具がついた。


 カラムは目を開けていた。


 正面で、作業灯が点いた。白い光が、顔に当たった。


 背もたれに、濃い跡が広がっていた。椅子の脚の横へ、一定の間隔で血が落ちていた。


 空気に、葉巻の匂いが混じっていた。乾いた、甘い匂い。


 磨かれた革靴が、光の外から一歩視界へ入ってきた。


 カラムの顎から、血が一滴落ちた。



「反省しましたか?」



 カラムが視線を上げた。

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