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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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Marlboro Ice Blast



 ローマ拠点の二階、一番奥の通信室は、窓がなかった。


 光の届かない場所に、六枚のモニターが並んでいる。会場のカメラ、通りの映像、ログの流れる黒い画面。


 机の上に、食べかけのパンと、冷めたコーヒーがあった。


 ユキナガは椅子に座り、会場の観測システムのログを見ていた。


 開いた扉の外に、ルカがいた。通信室には入らず、廊下の床に座り、膝の上でラップトップを開いている。


 アルノが自室で、全班の回線を一つずつ確認していた。


『車を降りた』ヴィクトルの声が入った。


「二十分ずらした甲斐、あった?」ユキナガが言った。


『さあな』


 会場の二筋手前で、黒いセダンが停まっていた。


 ヴィクトルが先に降り、上着の襟を直した。歩幅を、観光客の速さに落とす。アオイが続いた。


 ヴィクトルは、地下搬入口を見ていた。許可証の要る鉄扉。車の入る角度。壁に貼られた工事の告知。見るべきものを、順に見ていた。


 アオイは半歩下がって、ときどきショーウインドウへ目をやっていた。


 人の流れの中に、速度の合わない影が一つあった。


 薄いジャケットの男。観光客の服装。歩き方にも、不自然なところはない。二つ前の角から、同じ距離を保っていた。


 アオイは顔を動かさなかった。並んだ靴の硝子の前で足を止め、後ろの通りを反射で見た。


 男は、新聞スタンドの前で止まった。


 アオイはコートのポケットへ右手を入れた。


「……一人います」


『どこですか』アルノの声。


「後方。薄いジャケット。二つ前の角から」


 ヴィクトルが振り返ろうとした。


「見ないでください」


 ヴィクトルの首が止まった。前を向いたまま、歩き続けた。


「いつからだ」


「車を降りて、二つ目の角から。おそらく」


『続けてください。目的を探ります』アルノが言った。


 ヴィクトルが、通りの先を見たまま言った。


「目的はリヴァじゃないかもな」


 アオイは答えなかった。地下搬入口の位置と、男との距離だけを測っていた。


 通信室で、ユキナガの指が止まった。


 観測システムのログに、行き先の合わない線が一本あった。


 地下会議室の観測値を、解析側へ送る経路だった。


 まだ誰もいない会議室を、システムだけが待っていた。音声、視線、心拍、発話の間隔。項目だけが並び、集めた数字が、どこかへ流れていく。


 ユキナガはログを遡った。


 扉の外で、キーを叩く音が止まった。


「ユキ」


「何」


「二十七番、見てる?」


 二人とも、同じ場所を見ていた。


「……お前が足した?」ユキナガが言った。


「足してない」


「研究室の誰かとか?」


「この権限、俺と教授しか持ってないはず」


 ルカは床に座ったまま、ラップトップの画面をユキナガの方へ回した。


 ユキナガが部屋の中から見た。


「教授じゃねえの」


 ルカが時間を確認した。


「今は試験監督やってる時間。今、口頭試問に入ってる頃」


 中継を三度噛んだ送信先が、一つ。研究室でも、会場でもない。


「収集先が、もう一つある」ルカが小声で言った。「内部じゃない」


「消せる?」


「消したら気づかれる」


 アルノが、二つの回線を同時に聞いていた。


 外から、アオイの声がした。


『男、電話してます。……口は、動いてません』


 アルノの指が二度、机を叩いた。


「両方、そのままで」アルノが言った。「動かないでください」


 外の男は、しばらくして携帯電話を下ろした。


 来た方向へ、戻っていく。追ってはこなかった。


 アオイは振り返らず、硝子でその背を確認した。


「戻ります。……こっちの用は、済んだみたいですね」


『済んだ、ね』ヴィクトルが言った。


 通信室の戸口で、ルカが別の照会画面を開いた。


「ユキ」


 ラップトップをユキナガの方へ向けた。ユキナガが一歩部屋を出て、覗き込んだ。


 分岐経路の認証欄に、古い識別番号が出ていた。


「……これ、お前の鍵?」


「旧版の開発鍵」


「旧版って?」


 ルカは画面から目を離さなかった。


「大学の元環境。あそこの端末にしかない」


「……確認できんの」


「大学に行けば」ルカが言った。


「もし大学関係者にバレてても、外部から入られててもまずいだろ」ユキナガが言った。


「分かってるよ」


 ユキナガはポケットからMarlboro Double Burst 5mgを取り出した。黒地に緑とピンク色のパッケージ。


「あ。惜しい」ルカが言った。


「は?何」


 ルカはポケットに手を入れて、Marlboro Ice Blast Mega 5mgの箱を出した。黒地に、青色のパッケージ、デザインはほぼ同じで、色だけが違った。


「予想外れた。アイブラじゃなかったんだ」


 そう言いながらルカは一本取り出して、火をつけた。


 ユキナガの手から煙草が一本、床に落ちた。

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