ルカ
ローマ拠点 中庭 午後八時五分。
到着から五時間近く経っていた。武器の受領、回線試験、荷解きは終わり、今は中庭に夕食が並んでいた。
噴水から水が出ていた。壁灯が黄褐色の柱を下から照らし、長いテーブルには背の低いキャンドルが並んでいた。
料理はローマのものが数品だった。薄く切った生ハム、パスタ、仔牛肉、パン。赤ワインの瓶が二本、テーブルの端に置かれている。
リヴァの右にカイ、斜め向かいにジュリオ。ユキナガはテーブルの端に座り、その隣にヴィクトルがいた。アルノは正面扉と通用口の両方が見える位置を取っていた。アオイは居なかった。
ジュリオはリヴァが食べるたびに顔を見ていた。
「どう?」
「おいしい」
「よかった。俺が作ったことにしよう」
「作ってないでしょ」
「君に褒められるなら、過去は変えられる」
カイが一度だけジュリオを見た。ジュリオはワインを飲んだ。
アルノがフォークを置き、端末を確認した。
「ユキナガ、研究室側の担当者が、今夜会場設備の資料を持ってくるそうです」
「今夜?」ユキナガが顔を上げた。
「あと二十分で行くと突然連絡がありました」
ユキナガは端末をテーブルへ戻した。
「なんでここ教えてんの」
「会いたいと」
アオイが中庭に出てきた。個人装備の確認を最後までしていた。
「やっと来た。先始めてたよ」フィンが言った。
「すみません気になって……」
椅子に座る直前、正面扉が大きな音を立てて開いた。
中庭へ、先に声が届いた。
「ユキーーーーーー!」
ユキナガの手が止まった。
回廊から男が現れた。ユキナガによく似ていた。目元も、鼻筋も、輪郭も、似ていた。背丈は若干ユキナガより高く見えた。
ただ、表情は違っていた。その男は最初から人懐こく笑っていた。ユキナガ以外を見ていない。止まる気配がなかった。
アオイが動いた。
ユキナガが顔を上げるより早く、アオイはテーブルの外側を回っていた。
「あ……」リヴァがアオイの動きを見て声を漏らした。
飛び込んできた男がユキナガへ腕を伸ばした瞬間には、その手首を取り、もう片方の手を肘へ添えていた。腕を外側へ返し、肩が上がる直前で止めた。手から資料ケースが落ちた。
アオイが男の手首を取るのと同時に、カイも立った。椅子を引いてリヴァの前へ半歩出た。右手が、すぐ動く位置にあった。
男は止められても、ユキナガを見ていた。
「え?動けない」
あと一歩踏み込めば、石畳へ膝をつく角度だった。
「いでででで」
「待って。双子」ユキナガが言った。
アオイは手を離した。
「……先に言ってください」
フィンが、アオイの手元を一度見た。
「顔そっくりじゃん」
「すみません反射で……」
カイは男を見たまま、リヴァの横へ戻った。
手が自由になった瞬間、男はユキナガへ行った。
座っているユキナガの後ろから両腕を回し、身体ごと抱き寄せる。肩へ顔を埋め、息を吐いた。腕に力を込めたまま、離れない。
ユキナガは腕の置き場を失った。
「……ルカ。重い」
「何年ぶりだと思ってるの、ユキ」
「離れろ」
「無理」
ルカは抱いたまま、ユキナガの髪を撫で、首へ触れ、少し身体を離したと思うと、回り込んで正面から両手で顔を挟んだ。
ルカの目は濡れていた。
「九年だよ、ユキ」
「……泣くなよ」
頬を見て、顎を上げ、目の下へ親指を寄せ、耳の後ろまで覗き込む。
「やっと見つけた」
アオイが座って顔を両手で覆った。
「……ごめんなさい……」
ルカはユキナガの手を引いて立たせ、もう一度抱きしめた。
「ユキ、痩せた。背も伸びたね…でも俺より低いんだ」
「うるせえ、遺伝子一緒なのになんでお前の方が伸びてんだよ」
「夜寝ないからでしょ。昔から」
額へキスをした。右の頬、左の頬、こめかみへ、続けた。ユキナガが顔を押し返すと、その手は肩を掴み、肩を払われると髪へ触れ、髪を払われると手首を取った。
「あああもう、ベタベタすんな」
「やだ」
アオイがジュリオを見た。
「……これもイタリアの挨拶ですか」
「流石に違う」ジュリオが両手を上げた。
ヴィクトルはワインを飲んでいた。グラスを置いた。
「邪魔だ。座れ」
ルカが、ようやくヴィクトルを見た。にこにこして、何も言わなかった。
「俺は昨日もお前のメールを見た」ヴィクトルが言った。
「ユキが返さないから」
「俺に送るな」
「全員に送るなよ」ユキナガが腕の中から言った。
「返事すれば送らない」
「返事したら増えるだろ」
ルカは片手をユキナガから離さないまま、もう片方で空いた椅子を引き寄せた。ヴィクトルとは反対側へ置き、間を詰めて座る。太ももがぴったり触れていた。
片腕をユキナガの椅子の背へ回す。ユキナガが前へ座り直しても、その腕は下がらなかった。
アルノが端末を見た。
「到着予定は二十分後でしたが」
「待てなかった」
リヴァが、二人を見比べていた。
「同じ顔」
「双子だからね」ルカが言った。「君がユキの好きな人?」
「おい」ユキナガが言った。
リヴァはしばらく二人を見ていた。
「ユキナガとルカ。…なんか、名前が双子っぽくないね」
ルカが笑った。
「行長と、瑠珂。親がユキに継がせる気満々だったの、わかるでしょ?」
「もう話すな、お前」
ヴィクトルが使用人に視線を向けると、ルカの前にナイフとフォークが置かれた。
「お前も食っていいぞ」ヴィクトルが言った。「その代わり静かにしてろ」
「俺はいいや」ルカが言った。「ユキ見てる」
「見んな」
夕食は進んだ。会話はほかの席にも戻り、ジュリオがリヴァへ何か言い、フィンが笑っていた。
ユキナガが皿へ手を伸ばした時、ルカがその手首を取った。
「何」
「ああ、本当にいる」
「いるだろ」
「九年もいなかった」
ユキナガが一瞬黙った。
それから手を引こうとした。ルカは強く掴まなかった。ただ、すぐには離さなかった。
ルカの指がユキナガの手首に残ったまま、噴水の水音が中庭に低く続いていた。




