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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十一章「情熱の死角 ― Blind Spot of Desire」

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ルカ




 ローマ拠点 中庭 午後八時五分。


 到着から五時間近く経っていた。武器の受領、回線試験、荷解きは終わり、今は中庭に夕食が並んでいた。


 噴水から水が出ていた。壁灯が黄褐色の柱を下から照らし、長いテーブルには背の低いキャンドルが並んでいた。


 料理はローマのものが数品だった。薄く切った生ハム、パスタ、仔牛肉、パン。赤ワインの瓶が二本、テーブルの端に置かれている。


 リヴァの右にカイ、斜め向かいにジュリオ。ユキナガはテーブルの端に座り、その隣にヴィクトルがいた。アルノは正面扉と通用口の両方が見える位置を取っていた。アオイは居なかった。


 ジュリオはリヴァが食べるたびに顔を見ていた。


「どう?」


「おいしい」


「よかった。俺が作ったことにしよう」


「作ってないでしょ」


「君に褒められるなら、過去は変えられる」


 カイが一度だけジュリオを見た。ジュリオはワインを飲んだ。


 アルノがフォークを置き、端末を確認した。


「ユキナガ、研究室側の担当者が、今夜会場設備の資料を持ってくるそうです」


「今夜?」ユキナガが顔を上げた。


「あと二十分で行くと突然連絡がありました」


 ユキナガは端末をテーブルへ戻した。


「なんでここ教えてんの」


「会いたいと」


 アオイが中庭に出てきた。個人装備の確認を最後までしていた。


「やっと来た。先始めてたよ」フィンが言った。


「すみません気になって……」


 椅子に座る直前、正面扉が大きな音を立てて開いた。


 中庭へ、先に声が届いた。


「ユキーーーーーー!」


 ユキナガの手が止まった。


 回廊から男が現れた。ユキナガによく似ていた。目元も、鼻筋も、輪郭も、似ていた。背丈は若干ユキナガより高く見えた。


 ただ、表情は違っていた。その男は最初から人懐こく笑っていた。ユキナガ以外を見ていない。止まる気配がなかった。


 アオイが動いた。


 ユキナガが顔を上げるより早く、アオイはテーブルの外側を回っていた。


「あ……」リヴァがアオイの動きを見て声を漏らした。


 飛び込んできた男がユキナガへ腕を伸ばした瞬間には、その手首を取り、もう片方の手を肘へ添えていた。腕を外側へ返し、肩が上がる直前で止めた。手から資料ケースが落ちた。


 アオイが男の手首を取るのと同時に、カイも立った。椅子を引いてリヴァの前へ半歩出た。右手が、すぐ動く位置にあった。


 男は止められても、ユキナガを見ていた。


「え?動けない」


 あと一歩踏み込めば、石畳へ膝をつく角度だった。


「いでででで」


「待って。双子」ユキナガが言った。


 アオイは手を離した。


「……先に言ってください」


 フィンが、アオイの手元を一度見た。


「顔そっくりじゃん」


「すみません反射で……」


 カイは男を見たまま、リヴァの横へ戻った。


 手が自由になった瞬間、男はユキナガへ行った。


 座っているユキナガの後ろから両腕を回し、身体ごと抱き寄せる。肩へ顔を埋め、息を吐いた。腕に力を込めたまま、離れない。


 ユキナガは腕の置き場を失った。


「……ルカ。重い」


「何年ぶりだと思ってるの、ユキ」


「離れろ」


「無理」


 ルカは抱いたまま、ユキナガの髪を撫で、首へ触れ、少し身体を離したと思うと、回り込んで正面から両手で顔を挟んだ。


 ルカの目は濡れていた。


「九年だよ、ユキ」


「……泣くなよ」


 頬を見て、顎を上げ、目の下へ親指を寄せ、耳の後ろまで覗き込む。


「やっと見つけた」


 アオイが座って顔を両手で覆った。


「……ごめんなさい……」


 ルカはユキナガの手を引いて立たせ、もう一度抱きしめた。


「ユキ、痩せた。背も伸びたね…でも俺より低いんだ」


「うるせえ、遺伝子一緒なのになんでお前の方が伸びてんだよ」


「夜寝ないからでしょ。昔から」


 額へキスをした。右の頬、左の頬、こめかみへ、続けた。ユキナガが顔を押し返すと、その手は肩を掴み、肩を払われると髪へ触れ、髪を払われると手首を取った。


「あああもう、ベタベタすんな」


「やだ」


 アオイがジュリオを見た。


「……これもイタリアの挨拶ですか」


「流石に違う」ジュリオが両手を上げた。


 ヴィクトルはワインを飲んでいた。グラスを置いた。


「邪魔だ。座れ」


 ルカが、ようやくヴィクトルを見た。にこにこして、何も言わなかった。


「俺は昨日もお前のメールを見た」ヴィクトルが言った。


「ユキが返さないから」


「俺に送るな」


「全員に送るなよ」ユキナガが腕の中から言った。


「返事すれば送らない」


「返事したら増えるだろ」


 ルカは片手をユキナガから離さないまま、もう片方で空いた椅子を引き寄せた。ヴィクトルとは反対側へ置き、間を詰めて座る。太ももがぴったり触れていた。


 片腕をユキナガの椅子の背へ回す。ユキナガが前へ座り直しても、その腕は下がらなかった。


 アルノが端末を見た。


「到着予定は二十分後でしたが」


「待てなかった」


 リヴァが、二人を見比べていた。


「同じ顔」


「双子だからね」ルカが言った。「君がユキの好きな人?」


「おい」ユキナガが言った。


 リヴァはしばらく二人を見ていた。


「ユキナガとルカ。…なんか、名前が双子っぽくないね」


 ルカが笑った。


「行長と、瑠珂。親がユキに継がせる気満々だったの、わかるでしょ?」


「もう話すな、お前」


 ヴィクトルが使用人に視線を向けると、ルカの前にナイフとフォークが置かれた。


「お前も食っていいぞ」ヴィクトルが言った。「その代わり静かにしてろ」


「俺はいいや」ルカが言った。「ユキ見てる」


「見んな」


 夕食は進んだ。会話はほかの席にも戻り、ジュリオがリヴァへ何か言い、フィンが笑っていた。


 ユキナガが皿へ手を伸ばした時、ルカがその手首を取った。


「何」


「ああ、本当にいる」


「いるだろ」


「九年もいなかった」


 ユキナガが一瞬黙った。


 それから手を引こうとした。ルカは強く掴まなかった。ただ、すぐには離さなかった。


 ルカの指がユキナガの手首に残ったまま、噴水の水音が中庭に低く続いていた。

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