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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

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モブ



 東京拠点。午後九時四十七分。



 アオイの部屋のドアが鳴った。


 開けると、フィンが立っていた。


 指にCamel Menthol Oneを挟んでいた。火は半分ほどまで燃えていた。


「飲める?」


「強くはないですけど……」


「ちょうどいいね。来て」


「ちょうどいいってなんですか…」


 フィンは階段の方へ歩き出した。


 アオイは部屋の鍵を閉めた。フィンの後ろをついて、一階へ下りた。


 共用スペースの奥。


 バーの扉が開いていた。


 カウンターの照明だけがついていた。暖色の光が、背面のボトルに反射している。


 ユキナガがカウンターの中にいた。黒いシャツを肘で折って、煙草を持っていた。青いライターで火をつけた。


 灰皿の縁に、火のついたMarlboro Double Burstを置いた。


「あなたメカニックじゃなかったですか…?」


 ユキナガは笑った。冷蔵庫から瓶ビールを出した。


「はい。モブ用」


 ユキナガが栓を抜いた。


 グラスは出さず、瓶のままアオイの前へ置いた。


「あ、ありがとうございます…」


 カウンターには、小さな皿が一つあった。柿ピーが半分ほど入っていた。


「これ、何の集まりですか」


「飲み会」


 フィンが隣の席を引いた。


「歓迎会だよ」


「どっちですか」


「歓迎する気持ちのある飲み会」


「こんなオシャレな空間で柿ピー…」


 フィンが煙草の火を消した。


 柿ピーを一粒取った。


「夕食は食べたでしょ」


「そういう問題ですかね……」


 アオイはポケットからMEVIUSを取り出した。


 一本抜いた。


 横目で見たユキナガが青い使い捨てライターを滑らせた。


「おお。喫煙者に優しい空間」


「違えよ。ジッポじゃないだろうなって」


「共有事項はちゃんと読みましたよ」


 アオイは火をつけ、ライターをカウンターへ戻した。


 壁際のソファに、カラムがいた。


 背もたれに深く沈み、長い脚を前へ出していた。


 火のついていないRothmansを指に挟んでいる。


 カラムのテーブルにはマグカップが置かれていた。


 アオイが見た。


 カラムも見た。


 アオイは煙草を持ったまま、遠慮がちに瓶ビールを持ち上げた。


「どうも…」


「……うん」


 カラムの視線が扉へ戻った。


 リヴァが入ってきた。


 薄いグレーのワンピースだった。髪は片側に流して、ゆるく編んでいた。


 その後ろにカイがいた。


「歓迎会?」リヴァが言った。


「飲み会」ユキナガが言った。


「歓迎会だよ」フィンが言った。


 リヴァがアオイの一つ空けた隣に座ろうとした。


 カイが先に椅子を引いた。


 リヴァを座らせ、その隣に自分が座った。


 アオイとの間に、カイの体が入った。


「カイ、見えない」


 リヴァがカイの腕を押した。


 カイが椅子を数センチ引いた。


 カイの肩が、アオイの視界の端を塞いだ。


 アオイは少し椅子を引いた。


「今日ずっとそうですよね」


「何がだ」カイが言った。眼光が鋭く見えた。


「あ。いえ……」


 ユキナガがリヴァの前にウイスキーを置いた。


 カウンターのライターを拾った。


 ウイスキーの横へ、Marlboroと青いライターを置いた。


 リヴァが一本抜き、火をつけた。


 ユキナガの端末が短く震えた。


 画面を確認し、カウンターの下へ伏せた。


 アオイの視線が、その手元についていった。


 ユキナガがカイに水を出した。


「……」


 カイがユキナガを見た。


「肩、縫ったばっかじゃん」


「問題ない」


「駄目だよ、俺がオラヴルに怒られる」


 カイはグラスを見た。そのまま飲んだ。


 ポケットからGauloisesを出した。一本くわえ、リヴァからライターを受け取って火をつけた。リヴァの前にライターを戻した。


 アルノが入ってきた。


 カウンターの端へ座った。片手に持った端末を置かず、画面を指で送った。


 ユキナガが白ワインを出した。


 アルノは胸ポケットから箱を取り出し、JPSを一本抜いた。


 リヴァがカウンターでライターを滑らせた。


「えい」


 アルノが左手で受け止めて火をつけた。


「仕事しながら飲むんですか」アオイが聞いた。


「急ぎの連絡が一件あります」


「一生こんな感じなの。うちの指揮官」ユキナガが言った。


 アオイが首をかしげてユキナガを見た。


「あなたも…通信も監視も、電子錠も一人で見てるって聞きましたけど…」


「見てるよ」


「まだ二十四ですよね。……大変ですね……」


 ユキナガが瓶を棚へ戻す手を止めた。


「その話終わり」


 ユキナガが煙草を取り、灰を落とした。


 柿ピーの皿をアオイの方へ押した。


「食って黙ってて」


 バーの扉が開いた。


 ヴィクトルが立っていた。


 その半歩後ろに、オラヴルがいた。


 白衣のままだった。


 二人が並ぶと、開いた扉の向こうがほとんど見えなかった。


「座れ、オリ」


 ヴィクトルがカウンターの端の椅子を引いた。


 オラヴルの背に手を添えた。押して椅子の前まで連れてきて、座らせた。


 リヴァが顔を上げた。


 オラヴルの視線がリヴァに止まった。


 リヴァが煙草を持ったまま、グラスを少し持ち上げた。


「オラヴル」


 オラヴルが、困ったように少し笑った。


 ヴィクトルがオラヴルの白衣のポケットからDunhillを出した。一本抜き、口元へ渡した。


 アルノが遠くから、カウンターにライターを滑らせた。アオイが手を引いて避けた。ライターがリヴァとカイの前を滑った。


 ヴィクトルがライターを受け取り、火を寄せた。


「…禁煙してたのに」


「ポケット入れてて?」ヴィクトルがオラヴルの白衣を脱がせて、背もたれにかけた。


 オラヴルが吸った。


 ヴィクトルはSobranieを一本抜いた。同じライターで火をつけた。


「いつものウォッカ」


 ヴィクトルが、オラヴルを指差しながらユキナガに言った。


 ユキナガが無言で冷凍庫から瓶を出した。小さなグラスへ注ぎ、オラヴルの前に置いた。


「歓迎会だってさ」ヴィクトルが言った。


「飲み会らしいです」アオイが言った。


「本人がそう言ってる」ユキナガが言った。


 ヴィクトルがオラヴルの隣に座った。


「偽造師を、そんな自由に出入りさせて大丈夫なんですか」


 ヴィクトルがアオイを見た。


「俺が何を偽造すると思ってる」


「鍵とか、身分証とか……この建物そのものとか」


「最後は少し難しいな」


「島はできるじゃん」ユキナガが言った。


「島……?」


 アルノが端末から目を上げた。


「ヴィクトルは元アルカですので」


 アオイはビールを飲んだ。


 少し間があった。


「元なら、今は外部ですよね」


「細かいな」ヴィクトルが言った。「お前はどこに居た」


「警察です…」


 ヴィクトルの指が止まった。口元の笑みは変わらなかった。


 Sobranieの煙が、指の間から上がっていた。


「なんで辞めた」


 アオイは一瞬止まった。


「事務作業、多かったんで……」


 アオイは瓶を口へ運んだ。


 リヴァがアオイを見た。


「フィン、事務の人を推薦した?」


「そういうまとめ方されると困るんですが……」


 フィンが隣で笑った。


「何ですか」


「いや。アオイらしい答えだなと思って」


「事実ですよ」


「日本の警察は、事務員に近接制圧を教えるのか」ヴィクトルが笑いながら言った。


「研修は色々あるので……」


 カラムがソファから立った。


 空になったカップを持って、カウンターへ来た。


 アオイの後ろを通った。


 肩越しに影が落ちた。


 アオイが顔を上げた。


 カラムはユキナガにマグカップを渡した。


「……甘いの」


「今日何杯目?」


「……しらない」


「寝る気ある?」


「……」


 ユキナガが角砂糖を三個落とし、コーヒーを渡した。


 カラムはRothmansを口にくわえた。


 青いライターをヴィクトルが差し出し、カラムは受け取って火をつけた。ライターをカウンターに戻した。


 アオイはソファに戻るカラムを見ていた。


「この人も、正式な構成員なんですか」


 アルノが端末を置いた。


「現在は東京拠点に滞在しています」


「所属を聞いたんですけど……」


「今の回答が最も正確です」


 アオイはカラムを見た。


 カラムが煙草を持った手で、コーヒーを飲んでいた。


「給与は出てるんですか」


「出ています」アルノが即答した。「以前の沖縄作戦についても、外部協力費は精算済みです」


「聞いてないところまで説明されました……」


「未払いを疑われるのは不本意ですので」


 ヴィクトルが笑った。


「よかった」リヴァが言った。


 アオイはビールへ視線を戻した。


「自分、一般的には小さい方じゃないと思ってたんですけど」


 アオイが言った。


「でけえじゃん」ユキナガが言った。


「今、あの人が後ろ通ったら、何も見えなくなったんで……」


 扉の近くでは、オラヴルが脚を組んでいた。大きな手が、ウォッカの小さなグラスを包んでいる。


 反対の手には煙草があった。


 その隣にヴィクトル。


 アオイの前にはカイの肩があった。


「医療担当まで大きいの、必要あります?」


 思わずリヴァが笑った。


「…にしても、皆日本語堪能でありがたいです」


 アオイが言った。


「それはマジでそう」ユキナガが言った。「トップが日本人だったから今なら納得」


 リヴァが煙草を灰皿へ置いた。


 ウイスキーに手を伸ばした。


 カイが見た。カラムがソファから目を上げた。オラヴルがDunhillを持つ手を止めた。アルノの視線が向いた。


 アオイの視線が、一人ずつ動いた。


「今日、少し見てたんですが」


 アオイが言った。


「何を?」リヴァが言った。


「カイ以外の人も、ずっとリヴァを見てません?」


 リヴァがウイスキーを持ち上げた。カイがもう一度見た。フィンの視線が向いた。ユキナガが一瞬手を止めた。


 アオイが全員を見た。


「ほら」


 ユキナガがシェイカーを持った。それだけが音を立てていた。


「リヴァは要保護戦力です」アルノが言った。


「それで全員が?」


「状況によります」


「今日、ずっと状況悪かったんですか」


 アルノが黙った。


 リヴァがウイスキーを少し飲んだ。


「私も、アオイのこと見てたよ」


「……ん?」


「搬入口から入ってきたから」


「まだ洗濯業者を疑ってたんですか……」


「違った」


「そこはもう知ってて……」


 フィンの空いたグラスを見て、ユキナガがボトルを手に取った。


「あ、これもあった」


 ユキナガがカウンターの下から、袋を出した。


 ミックスナッツだった。


 柿ピーの隣へ大袋のまま置いた。


「増えたよ」フィンが言った。


「歓迎の料理が一品増えましたね……」


「二品じゃん」


「ほぼ似たような……」


「細かいな、元警察は」


 ユキナガがアオイの瓶を見た。


「次何飲む」


「まだいいです…」


 フィンが新しい煙草を出した。


 カイが青いライターをカウンターから拾って、フィンに投げた。


 そのライターで、フィンが火をつけた。


 アオイがライターを見ていた。


「え、よく考えたらここ、喫煙率100%の職場ですか」


「…そうかも」リヴァが言った。


「天国ですね…」


「天国なんだ」


 オラヴルが手を額に当てた。


「リヴァの時はみんなでもっと飲んだよな」


 アオイがユキナガを見た。


「彼女の時も、こんな感じだったんですか」ミックスナッツの大袋を見た。


 少し間があった。


「マッカランのいいやつと、カクテル作った」ユキナガが言った。


「フレンチ系の軽食もあったな」ヴィクトルが言った。「あれはなかなか良かった」


「アルノがチョコを渡していた」カイが言った。


「ヴィクトルはドレスと靴を送ってました」アルノが言った。


「洗濯できないやつ…」リヴァが言った。「パリからお取り寄せ……」


 アオイは柿ピーの大皿を見た。


「差が…」


 リヴァがアオイを見た。


「アオイもドレスいる?」


「あ、要らないですそれは」


 ユキナガが吹き出した。


 ヴィクトルがアオイを見た。全身を視界に入れた。


「似合うものは探せるぞ」


「探さなくていいで……あ、それ貰っといたら資産になったりしますか」


「だって、アオイは戸籍あるじゃん」フィンが言った。


「…あると扱いが下がるんですか」


「身元が確かで安心してるってこと」


「そう言われると文句言いづらいですね……」


「フィン先輩加入の時はモルディブに行ったな」ヴィクトルが笑った。


「そんな馬鹿な……?」


 ヴィクトルがグラスを持ち上げた。


「では、身元の確かな森葵に」


「ええ……」


 フィンがグラスを持った。


「三日以内に辞めませんように」


「縁起悪いです」


「一週間にする?」


「期間の問題じゃないです」


「辞めるとかないだろこの組織。粛正」ユキナガが言った。


「嘘…だろ……」


 リヴァがウイスキーを持ち上げた。


「じゃあ洗濯上手のアオイに」


 カイが水のグラスを上げた。


 アルノは白ワイン。


 オラヴルはウォッカ。


 カラムは砂糖の多いコーヒーだった。


 全員のグラスが、ばらばらの高さで中央へ寄った。


 軽い音が重なった。


 柿ピーの皿だけが、カウンターの中央に残っていた。

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