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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

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森ですけど




 リネン室は、いい匂いがした。


 リヴァはシーツを抱えて、搬入口の方へ回った。


 搬入口の扉が半分開いていた。外の光が細く入っている。認証ランプが緑に点いていた。


 そこに、男が立っていた。


 見たことのない男だった。紺の髪は、目元にかかる重い前髪と、丸みを残したマッシュに整えられていた。表面の毛先だけが、細く不規則に重なっていた。


 紺の薄いシャツの下に、白い無地のTシャツ。黒い細身のパンツ。黒い革のスニーカー。肩から荷物を下げて、搬入口から中へ入ろうとしていた。


「洗濯業者の人……?」


 リヴァはシーツを抱えたまま、足を止めた。


「森ですけど…」


「……誰…?」


 リヴァは動かなかった。


「今日から入るって、ハクスリーから聞いてないですか」


「……」


「え?」


 リヴァは黙って、両手で持っていたシーツを左手で全て支えた。顔がシーツに埋もれた。ふらつきながら、右手を腰に伸ばした。


「待っ……てください!」


 間があった。


 暗い茶色の目が、リヴァではなく、抱えているシーツへ落ちた。


「それ、分けた方がいいですよ。…持ちます」





 東京拠点 会議室。午前十一時二十分。


「フィン、共有を頼んだはずですが」アルノが言った。


「ごめん、言った気でいた」フィンはカップから口を離した。


 男が少し眉を寄せた。


「自分の方には今日ってありましたけど……」


「森葵(モリ・アオイ)。近接制圧・拘束の担当です」アルノが言った。「フィンの推薦で、審査を通しました」


「アオイ…」リヴァが繰り返した。


 ユキナガが男を見た。それからフィンを見た。


「お前いつの間に人材推薦とかしてたの」


「昔一回組んだんだよ」フィンは言った。「お片付けが得意な感じだったなって思い出してさ」


「その言い方、やめてもらえません?」


「褒めてるよ」


「ホントですか…?」


 ユキナガがもう一度、アオイを上から下まで見た。


 地味な男だった。


 立っていても、部屋の背景に溶ける。


「……モブ?」


「その呼び方もやめてもらえますか」アオイは言った。


 会議室の扉が開いた。


 カイだった。


 左肩に包帯が入っているせいで、シャツの片側だけ少し浮いていた。


 その目が、リヴァの後ろで止まった。


「誰だ」


 低い声だった。


 アオイは一拍置いた。


「森です…」


「何の森だ」


「人名ですけど……」


 リヴァが言った。


「洗濯業者の人じゃなかった」


「ああ」カイは言った。「洗濯業者には見えない」


 カイはリヴァの隣の椅子を引いた。アオイとの間に、自分の体を置いた。


「ほかの椅子空いてるのに…」呟いた。


 再び会議室の扉が開いた。


 ヴィクトルだった。


「悪いな、少し遅れた」


 ヴィクトルは室内を見た。アルノ、ユキナガ、フィン、リヴァ。それから、最後にアオイで視線を止めた。


「誰だ?」


「森葵。近接制圧・拘束の担当です」アルノが言った。


「へえ」


 ヴィクトルが近づいた。アオイの前に立ち、右手を出した。


「ヴィクトル・ミハイだ」


 アオイは一拍だけ遅れて、その手を握った。


「森です」


「いくつだ」


「三十ですけど…」


 ヴィクトルが手を離した。


「なんだ、また地味なのが入ったな」


 アオイの眉が少し寄った。


 ユキナガが少し笑った。


「ほら、モブじゃん」


「その呼び方、定着させないでもらえます?」


 ヴィクトルは握手を解いたあとも、アオイの手元を見ていた。


 フィンが紅茶のカップを持ったまま笑っていた。


「あとね、アオイ。ここのボス、ヤクザだったから」


「またまた」


 全員が少し目を逸らした。


「……え?」


 沈黙があった。


「Bad life choice.(地獄へようこそ)」ヴィクトルが言った。


「挨拶行くの怖いんですけど…」


「今朝方まで居ましたが、出たようです。挨拶は不要と言伝っています」


「さようですか……」


 ため息をついて、アルノが端末を閉じた。


「紹介は以上です。フィン、拠点の案内をお願いします。部屋はカラムの隣です」


「了解」


「ついでに共有漏れの反省も」


「はーい」


 フィンは笑ったまま立ち上がった。


「行くよ、アオイ」


「先に部屋に荷物を置かせてください」


 アオイは肩の荷物を掛け直した。リヴァの横を通る時、少しだけ距離を取った。


 フィンが扉を開けた。


 廊下に出た瞬間、アオイの足が止まった。


 向こうからカラムが歩いてきていた。


 長い髪。アンバーの目。火のついていない煙草を指に挟んでいる。


 アオイは見上げた。


 見上げたまま、一拍止まった。


「でか…」


 カラムが視線を落とした。アオイを見た。フィンを見た。もう一度アオイを見た。


「……だれ」


「森です」


「……しらない」


「今日からなんで……」


「……ふうん」


 カラムはそれだけ言って、リヴァのいる会議室の方を見た。


 アオイは半歩だけ横にずれて視界を開けた。


 カラムが通り過ぎたあとも、アオイはしばらくその背中を見ていた。


「……あの人も、同行ですか」


「しないよ」


「よかったです」


「今の聞こえてたら撃たれるかもね」


「……気を付けます」


 フィンは楽しそうに笑った。


「あれがカラムだよ。部屋隣の」


「……」


「長距離専門の狙撃手」


「…オーラが違いました」


「懸賞金300万だって」


「……円?」


「ドル」


「……部屋って変えられないんですか」


 フィンがアオイを見た。


「いいね、アオイ」


「何がです」


「生き残りそう」


「………デフォルトは死ぬんですか」


 アオイが部屋に荷物を置いた。


「彼女の資料は読んだ?」


「要保護戦力とありました」


「彼女、ぼんやりして見えることあるけど、撃つ時はちゃんと撃つから」


「支援時はカイ・レオンの護衛線を侵害しないこと、とあったのでその通りにします」


「カイ、本当に怒ってくるから」


「拠点内に地雷多すぎません?」


「みんないい奴らだよ」


「今のところ、あまりわからないですが……」


 フィンは笑った。


 医務室の前で、フィンが足を止めた。


「ここが医務室。怪我したらオリ」


 扉が内側から開いた。


 オラヴルだった。白衣の袖を肘までまくっていた。部屋に煙草の匂いが残っていた。目の下に薄い影があった。


「オリ。新入りのアオイ」


 オラヴルはアオイを見下ろした。


「…そう」


「アオイ、こっちがオラヴル。医療担当」


 オラヴルが手を出した。アオイが握った。


「森葵です。近接です」


「怪我を作る側だね」


 オラヴルは目を伏せた。


「なるべく、あなたの仕事は増やさないようにします」


「それは助かる」


 それだけ言って、扉を少し開けたまま中へ戻った。


 アオイは閉まりきらない扉を見た。


「……疲れてますね」


「みんなね」フィンが言った。

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