短すぎる禁煙
東京拠点 処置室 午前十時十分
オラヴルは、在庫表を開いていた。
数字が縦に並んでいた。目が同じ行を三度なぞって、意味が像を結ばないまま滑っていった。
ミントの匂いのする茶が、飲みかけのまま冷めていた。
ドアが鳴った。
顔は、上げなかった。
「オラヴル」
カイだった。処置台まで来て、腰を下ろした。
三角筋に沿って、斜めに裂けた傷。浅くない。
弾は抜けていた。貫通ではない。掠めた弾道が、皮膚と筋膜を浅く削っていた。
その血が、目に入った。
「……」
体だけが動いた。
足が処置台へ向かい、トレイを引いて、気づいたときには手袋をはめていた。
火薬の匂いの奥に、薄く煙草の匂いが残っていた。リヴァの煙草の匂いがした。
手が、一瞬止まった。
「……一晩置いてるね」
「今朝、帰ってきた。気づいたら寝ていた」
「…」
オラヴルは生理食塩水のボトルを取って傷口に流した。
「痛むかい」
「問題ない」
オラヴルがため息をついた。
洗浄を続けた。ピンセットの先が、傷の底を探った。
カイの息が浅かった。吸うたびに少し止まっていた。
「上げて」
シャツの裾を上げさせると、左胸の肋に赤黒い痣が広がっていた。指を当てて押した。
「……」カイが目を細めた。
「折れてはいないね。縫うよ」
麻酔を打ち、針を持って縫った。
糸を引いた。
指が、止まった。
「彼女は」
そこまで言って口を閉じた。
カイは少しだけ目を伏せた。
「洗濯をしに行った」
「……そう」
「ローマまでには治る」オラヴルは言った。
言ってから、少し手を止めた。
針を進め、ガーゼを当てて留めた。
「終わったよ」
カイが、確かめるように腕を上げかけた。
「動かすな」とっさに、低い声が出た。「縫ったばかり」
カイの腕が止まった。
「……」
カイが立ち上がった。ドアの前で、止まった。
「オラヴル」
「なんだい」
「助かった」
「……」
ドアが閉まった。
針を置いた。
手袋を外して、捨てた。
オラヴルは煙草を一本出して、火をつけた。
カルテを開いた。
書き終えて、角を揃えた。日付の抜けを、一枚ずつ確かめた。棚に戻した。
在庫表を、もう一度開いた。
一行目に目を落とした。指が、上から順に数字をなぞっていった。




