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『リヴァ・アルカ ―世界を確定させるアンカーと最強たちの執着譚―』  作者: Ilir Noct
第二章「交点のノイズ ― Noisy Intersection」

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6.「ハッカー、元ホスト」




 アルカ横浜拠点 制御室 同時刻


 一階の四人は陽動だった。


 カイとアルノが北側を抑えている間、一階では別のことが起きていた。


 四人が入ってきた。東側の非常口から。装備はある。拳銃を持っている。目的は明確ではなかった。ただ、動いていた。


 ユキナガは制御室にいた。


 制御室は拠点の心臓部だ。監視カメラの全映像が集まる。通信回線が集まる。電源制御がある。


 サーバールームのデータも見ることができるが、ここは窓がありもう少し居心地がいい。普段ユキナガの部屋として機能している場所だ。


 サーバールームも制御室も、ユキナガ以外の人間が中に入ることは決してない。ただ、誰も通さない。最優先の部屋であることは全員が認識していた。


 彼は椅子に座ったまま、四つのモニターを同時に見ていた。


 マルボロの箱を左手で叩いている。煙草は吸っていない。吸う暇がない。


 侵入者四人の動きを、カメラで全部追っていた。


 一番手が階段を進んでいた。


 ユキナガは端末を叩いた。


 拠点の東側の照明が、全部落ちた。


 完全な暗闇になった。


「え」という声がカメラのマイクに拾われた。侵入者の声だった。


 ユキナガは赤外線カメラに切り替えた。


 暗視映像の中で、四人が止まった。体の輪郭だけが見えている。動揺している。


「一番手、廊下の突き当たりで止まってる」と彼は通信に言った。「カイ、そっちには行かない。全員東側で足止め中」


「了解」とカイの声が来た。


「ただ」と彼は続けた。「三番手が賢い。暗闇に慣れてきてる。訓練されてる」


 モニターの中で、三番手が壁伝いに動き始めた。


 ユキナガは別のキーを叩こうとした。


 その瞬間、銃声がした。


 ドローンのカメラ映像が、一台だけ消えた。


「… …」


 ユキナガは一秒、止まった。暗闇の中で、カメラの位置を特定して、発砲した。訓練された動きだった。ただ動いているだけの人間じゃない。


 残り二機のドローンを即座に天井近くまで上げた。死角を変える。


「一機落とされた」と通信で言った。声は平坦だった。「でも位置は取れてる。続ける」


 東側の空調の吹き出し口の制御を切った。同時に、非常用の排煙システムを一部だけ起動した。廊下に白い霧が充満し始めた。煙ではない。水蒸気だ。視界がゼロになる。


「さて、見えなくなっちゃったね」と彼は言った。独り言のように。


 三番手が止まった。


「次」とユキナガは端末を叩いた。


 拠点の東側の防火シャッターを、順番に落とした。


「俺んちなんだから強制操作くらいできる」


 轟音がした。


 金属のシャッターが床に落ちる音だった。四人が分断された。


「一番手と四番手を孤立させた。二番手と三番手は同じ区画にいる」


 通信越しにカイが「処理は」と言った。


「こっちで」とユキナガは答えた。


 端末を叩き続けた。


 拠点の東側の全ドアのロックを同時にかけた。電子ロック。外からは開かない。逃げられない。進めない。緊急脱出ボタンは当然、ユキナガによって機能停止されている。


 一番手が壁を叩いている音がマイクに入った。


「出してください」という声がした。日本語だった。


「この施設は区画ごとに環境制御できるんだ。」それだけ答えた。


 マルボロメンソールの箱を叩く手が止まった。少し息を吐いて、実行する。


 モニターで数値を確認。全員に無線で伝達。


「東区画、酸素濃度を14%まで落とした。長くは動けない」


「了解」アルノが答えた。


 言いながら、拠点の外部回線を開く。


 侵入者が持っていた通信機器の周波数を特定する作業を始めた。誰かが外部と通信していた。バックに指示を出している人間がいる。その発信源を逆探知する。


「……出てきた」と彼は一人で言った。


 発信源のIPアドレスが特定された。


 国内。都内。


「アルノ」と通信で言った。


「聞こえています」とアルノの声が来た。


「外部の指示役、特定した。都内。今住所まで落とす」


 ユキナガは三十秒で住所を特定した。


 ビルの一室。法人名義の賃貸。法人の登記を調べた。さらに三十秒。


「幽霊会社。でも出資者の名前が出てきた」


「誰ですか」


 ユキナガは画面を見た。


「……グレイ・マルセル」と彼は言った。「関連会社経由で三段階隠してあった。でも繋がってる」


 通信が少しだけ沈黙した。


「送る」とユキナガは言った。


「了解です」


 彼は情報をアルノの端末に送った。


 それから椅子の背もたれに寄りかかった。


 モニターの中で、四人が分断されたまま動けずにいた。


「……やだな」とユキナガは言った。


 誰にでもなく。


 マルボロメンソールを一本出した。今度は吸った。煙を一口吸って、モニターを見た。


「グレイか」と彼は繰り返した。


 小さい声だった。






 アルカ横浜拠点 共用スペース 午前1時


 侵入者は全員拘束された。


 四人は東側の区画に閉じ込められたまま、アルカの別部隊が回収した。


 拠点の損傷はなかった。


 データの流出もなかった。


 共用スペースに全員が集まった。


 カイがHK416を壁に立てかけた。腕を組んだ。


 アルノが袖を直しながら入ってきた。眼鏡が少し曲がっているのを、リヴァはずっと気にしていた。


「眼鏡」と私は言った。


「え?」


「曲がってる」


 アルノが触った。少し眉をひそめた。自分でフレームを直した。


「……ありがとうございます。気づきませんでした」


 ユキナガが制御室から来た。マルボロメンソールを指に挟んでいた。半分まで吸った状態で。


「お疲れ様」とリヴァが言った。


「まあ」と彼は言った。「陽動だと分かれば、やることは決まってるから」


「四人を一人で止めた」


「動けなくしただけ。誰とも会ってない」


「それが凄い」


 ユキナガは煙草を吸った。


「普通でしょ」と彼は言った。


 でも、顔が少しだけ違う方向を向いていた。


 カイが口を開いた。


「グレイだ」と彼は言った。


 部屋の温度が少し変わった。


「今夜の件、全部繋がってる。陽動、本命、外部の指示役。全部グレイが関わってる会社から出てる」


「俺たち、今は奴と直接関わる案件、動かしてなかったはずだけど」


「唯一違う点は」とアルノが言った。


 全員が少し止まった。


 私を見た。


「私が来たこと」


「それ以外にはあまり考えられません」


「…」


「あなたが組織に合流したことが、外部に知れた。それに対する探りだと考えるのが自然です。今夜は本格的な攻撃ではなく、情報収集と戦力の確認。ユキナガが東をを守り、私がサーバールームを抑えた。それを全部、見られました」


「探られた、ということか」とカイが言った。


「そうです。防いで当然の侵入を防がせた。こちらがどう動くかを見ている。…リヴァとカイがサボっていたのは不幸中の幸いとでもいうべきでしょうか」


 部屋が静かになった。


「グレイって」と私は聞いた。「どんな人なの」


 誰も最初に答えなかった。


 カイが壁を見た。


 ユキナガが煙草を灰皿で消した。


 アルノが眼鏡のブリッジを押し上げた。


「今夜のような手を、使う人間です」と彼は言った。「焦らず、虎視眈々と自分が手を下すために状況を整えてきます」


「嫌な感じ」と私は言った。


「はい」とアルノが言った。


 ユキナガが新しいマルボロメンソールを出した。火をつける前に少しだけ止まった。


「さっき発信源を逆探知したとき」と彼は言った。「三段階、隠してあった。普通じゃない手間をかけてた。でも最終的には出てきた」


「出てきたというのは」とアルノ。


「出てくるように作ってあったんじゃないか、と思ってる」


 部屋がまた静かになった。


「出るように隠した?」とカイが言った。


「そう。俺が追えばたどり着けるけど、俺じゃなければ追えないくらいの隠し方。俺のことを知ってる人間が設計した隠し方だった」


「ユキナガがすごいだけじゃなくて?」


「いや…技術を知られてると考えるのが自然だ」とユキナガは言った。「俺がここにいることも、ここまでできることも、全部把握したうえで、俺が解ける難易度に合わせてあった…とか」


 煙草に火をつけた。


「こっちを見てるんだとしたら」と彼は言った。「ずっと前から」


 共用スペースに、深夜の静けさが戻ってきた。


「少々待機時間です」とアルノが全員に言った。「この後の対応を決めます。長い夜になりますので覚悟してください。ただ」


 一拍。


「グレイへの対応は、今後の最優先事項の一つに格上げします」


 カイが頷いた。


 ユキナガが煙草を一口吸った。


 私は共用スペースのテーブルを見た。何もないテーブル。でも今夜、拠点に人が入ってきた。私が来たから。


「ごめん」と私は言った。


「何が」とユキナガが聞いた。


「私が来て、面倒が増えた」


「別に」と彼は言った。「元から面倒だった。お前がいなくても遅かれ早かれグレイは動いてた。むしろいい機会かも」


 カイが私を見た。何も言わなかった。


 アルノが立ち上がった。


「今夜のことは、正確に記録します。あなたのせいではありません」と彼は言った。「あなたがここにいる理由が、今夜少し明確になっただけです」


「明確に?」


「グレイが動いた。それはあなたに価値があるからです。その価値の正体を、私たちはまだ全部は知らない。でも、知っていく必要がある」


 眼鏡のブリッジを押し上げた。


「それが、これからの仕事です」



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