拠点襲撃
アルカ日本拠点 午後11時
拠点が襲われたのは、深夜だった。
兆候はあった。
ユキナガが夕方から端末を離さなかった。マルボロメンソールを三本続けて吸って、四本目に手をかけたところでやめた。画面から目を離さない。
「何かある?」と私は夕食のとき聞いた。
「分からない」と彼は言った。「分からないのが嫌」
それが答えだった。
アルノは夕方のブリーフィングで少しだけ話した。
「外部からの侵入試行が、今日だけで三件あります。いずれも跳ねましたが」
「跳ねた、というのは」とカイ。
「ユキナガが処理しました。ただ、執拗です。同一の発信源ではない。複数の経路から、同時に試みている」
「何か来る可能性は」
「わかりません。今夜は警戒を上げます」
それだけだった。
リヴァは自分の部屋で、AXMCのクリーニングをしてから眠った。
念のため、護身用のナイフを携帯し、少し横になる。
午後十一時に、警報が鳴った。
アルカ横浜拠点 午後11時04分
警報は二秒で止まった。
ユキナガが切ったのだと、後で分かった。
部屋を出た。廊下に出ると、カイがすでにいた。HK416を持っている。コンバットナイフが腰にある。
「何人」と私は聞いた。
「ユキナガが確認中だ」と彼は言った。「下がれ」
「下がらない」
「ライフルは屋内では使いにくい」
「私も動ける」
カイが私を見た。一秒だけ。
「後ろにつけ」と彼は言った。それが彼の妥協だった。
廊下をカイが先行した。リヴァが後ろ。
カイはまだシャワーを浴びていないようだった。いつもはこのくらいの時間には浴びているはずだ。
通信が入った。ユキナガの声だった。
「侵入者、確認できてるのが四人。一階の東側から入った。ただ」
「ただ?」とカイ。
「もう一人いる。別のルートから。こっちが本命だと思う。一階の四人はたぶん陽動」
「別のルートはどこだ」
「今追ってる。……北側の非常口、そっちに向かってる」
カイが私を見た。
「お前はここで待て」
「嫌だ」
「――」
「陽動の四人をユキナガが把握してる。本命が北の非常口ならそっちの方が危ない。私も行く」
カイは三秒、私を見た。
「離れるな」
「わかった」
アルカ横浜拠点 サーバールーム 午後11時09分
北側の非常口から入った人間は、サーバールームに向かっていた。
ユキナガが「気づいた、拠点の内部データを狙ってる」と言ったのと、アルノがサーバールームのドアの前に立っていたのが、ほぼ同時だった。
私とカイが北側の廊下に入った瞬間に見えた。
廊下の突き当たり、サーバールームのドアの前。
アルノが立っていた。
白いシャツのまま。ネクタイは緩んでいる。夜の拠点の格好だ。JPSを指に挟んでいた。火はついていない。
その前に、男が一人いた。
黒い服、目出し帽。体格がある。百九十近い。腰にハンドガン。手には持っていない。でもその立ち方は、素手で充分だという立ち方だった。
「どいてください」と侵入者の男は言った。日本語ではなかった。英語でもなかった。東欧系の言語のように聞こえた。
アルノは動かなかった。
煙草を指に挟んだまま、男を見ていた。
「Don’t even think about coming through.」と彼は言った。
ここは通さない。英語で話した。言葉は強かった。
「武器もない人間が言うことか」男が英語で笑う。
「必要ないので」
男が踏み込んだ。
速かった。
体格のある人間がその速さで動くのは、相当な訓練が要る。
アルノは後退しなかった。
男の右腕が伸びた。首を狙っていた。
アルノがそれを外した。
外した、という言葉が正確かどうか分からない。体を最小限だけ動かした。それだけで、男の腕がアルノの首を外れた。
通り過ぎた男の腕を、アルノが掴んだ。
関節の向きと逆に、静かに圧をかけた。
音がした。
男が声を上げた。
体勢を立て直そうとした動きが、思ったより速かった。アルノの予測より半拍早い。膝が入ってきた。避けきれなかった。フレームに当たった。眼鏡が顔から弾けた。床に落ちた。
アルノは表情を変えなかった。
眼鏡がない状態で、男の腕を持ったまま背中に膝を乗せた。体重のかけ方が計算されていた。逃げられない場所に、逃げられない角度で乗っている。
「動かないでください」とアルノは言った。
声が変わっていなかった。
廊下のヒアリングのときと同じ声だった。
男が動こうとした。
アルノが腕の角度を、ほんの少し変えた。
男が止まった。
「動かないでください」ともう一度言った。「折れますよ」
私とカイが廊下に入ってきた。
カイがHK416を男に向けた。
アルノが顔を上げた。私を見た。
「怪我はありませんか」と彼は聞いた。
私のことを聞いていた。
「何もしてない」と私は言った。
「そうですね。遅かったですから」
カイが男を拘束した。アルノが膝を外した。立ち上がって眼鏡を拾い、シャツを少し直した。
「サーバーは」と私は聞いた。
「無事です。ドアに触れさせていません」
「……最初からここにいたの?」
「ユキナガから報告を受けたので、本命のルートで待ちました」
「武器、出さなかったの」
「必要がないと判断しました」
アルノはシャツの袖を直した。Walther PPKはホルスターに入ったままだった。一度も抜いていない。
「合理的ではない侵入でしたね」と彼は言った。男を見下ろしながら。「データを狙うなら、もう少し静かに来るべきでした」
男は何も言わなかった。
廊下に、空調の音だけが戻った。




