Dio, siamo tutti pazzi.
多言語回
夜の共用スペースに、人が集まっていた。
ヴィクトルが荷物を持って現れたのは、十一時を少し回った頃だった。
白い箱が一つ。細長い箱が一つ。丁寧に角が折ってあった。
カイがそれを見た。それから部屋を見た。
冷蔵庫からバドワイザーの瓶を出し、蓋を開けた。
アルノが自分で白ワインを注いでいた。珍しく仕事が終わったようだった。
ユキナガはいない。
リヴァもいなかった。
Gauloisesに火をつけ、ヴィクトルに話しかけた。
「…What's in the boxes.(箱の中身は)」カイは英語で話した。
ヴィクトルは一瞬カイを見て、部屋を見渡した。
「A gift.(プレゼントだ)」ヴィクトルは箱をソファの横に置いた。「For little girl.(新入りに)」
「二つもか」
「She doesn't own anything.(あいつ何も持ってないだろ)」
カイは箱を見た。何も言わなかった。
アルノが端のスツールから、箱を一瞥した。
左手に白ワイン、右手にJPSを挟んで脚を組んでいた。
「ユキナガも張り切っていました」
「そうか」ヴィクトルは眉を上げた。「Doing what.(何やってる)」
「バーカウンターを磨いていました。For two hours.(ニ時間)」
ヴィクトルは天井を見た。
「Dio, siamo tutti pazzi.(神よ、全員どうかしてる)」
イタリア語だった。独り言の速さだった。
「なんて言った」カイが言った。
「イタリア語」アルノがそれだけを言った。
ヴィクトルがアルノを見た。
「Entspann dich mal.(少し緩めろ)」今度はドイツ語に切り替わっていた。
アルノが一拍、止まった。
「……Ich bin entspannt.(緩んでいますよ)」アルノはワイングラスを持ち上げた。
「Nein.(嘘だ)」ヴィクトルが言った。「Du warst schon immer so.(お前は昔からそうだ)」
「……Nicht immer.(いつもではありません)」一口飲んだ。
「Meistens.(大体そうだ)」
アルノはまた一口飲んだ。答えなかった。肩の位置が、ほんの少しだけ下がった。
カイもビールを一口飲んだ。
廊下に気配があった。
オラヴルだった。水差しを持っていた。
ヴィクトルが顔を上げた。
「Olí.(オリ)」ヴィクトルがアイスランド語の短縮で呼んだ。
オラヴルが止まった。水差しを持ったまま、ヴィクトルを見た。
「……珍しい組み合わせだ」
「Come in.(入れよ)」
オラヴルはしばらく入り口に立っていた。それから、入った。水差しを棚の端に置いた。
ヴィクトルとアルノの間のスツールに座った。
自然にそこに収まった。
オラヴルが煙草を取り出した。
ヴィクトルが代わりにDunhillにライターを近づけた。
「ん」
「ありがとう」
火がついた。
カイがその座り方を見た。三人を見た。
「You three go back.(三人、長いのか)」
「まあな。Long time.(長い付き合いだ)」ヴィクトルが言った。
「Figured.(だろうな)」カイは言った。「How long.(どのくらい)」
「Long enough to know his worst habits.(あいつの最悪な癖を知るくらい)」
「Which one.(どっちの)」カイが言った。
「Both.(両方)」
アルノが眼鏡のブリッジに手をかけた。押し上げなかった。
「ヴィクトル。その話は結構です」アルノがワインを飲んだ。
飲んでから、もう一杯注ぎに立ち上がった。ペースが早い。
「I say nothing.(まだ何も言ってない)」
「You look like you're about to.(言う顔をしています)」
ヴィクトルが笑った。声が出た。
アルノが立ち上がる。
ヴィクトルは止めなかった。止めても聞かないことを知っていた。
戻ってくると、両手に白ワインのグラスを持っていた。一つをオラヴルに差し出した。
アルノはヴィクトルとオラヴルの間に座った。すっぽりとそこにおさまった。
普段のアルノのパーソナルスペースより狭かった。
「はいはい」オラヴルが煙を吐いて、受け取った。
カイが煙草を灰皿で消した。
「I'm out.(抜ける)」立ち上がった。
「So soon?(もう?)」ヴィクトルが言う。
「Yeah.(ああ)」
一拍置いて、カイは肩をすくめるように笑った。
「Have fun playing Europe.(ヨーロッパ、楽しめ)」
ドアが閉まった。
ヨーロッパ出身の三人だけになった。
オラヴルがヴィクトルの箱を見た。
「派手だな」
「Two boxes.(二つだぞ)」
「大概だ」アルノが言った。敬語が崩れていた。
「ああ、大概だな」オラヴルが被せた。
「Olí.(オリ)」ヴィクトルがまた、オラヴルを短縮で呼んだ。「Don't take his side.(アルノの肩を持つな)」
「持ってない」オラヴルは煙を吐いた。「感想だ」
ヴィクトルがアルノを見た。
「Morgen wird ein guter Tag.(明日はいい日になる)」ドイツ語だった。
アルノはグラスを置いた。
「……そうだといいですね」
日本語に戻っていた。言ってから、もう一口飲んだ。
オラヴルが手を伸ばして煙草を灰皿でもみ消した。
「アルノ。もう寝ろ」
「せっかく終わったのに休ませてください」
「睡眠の方が大事」
「言ったはずです。今日の分のタスクは、完全に、終了、したと。であれば、私がここで何時に何を飲もうが、いいだろ」
まくし立てた。ヴィクトルが笑いをこらえて、手で顔を覆っていた。
アルノが言い返しながら後ろへ重心を預けた。
背中がヴィクトルの肩に軽く触れた。
ヴィクトルは避けなかった。
オラヴルだけが、小さく息をついた。
「アルノ」
オラヴルの声が一段下がった。
アルノが口を閉じた。
オラヴルはアルノの手からグラスを取った。
「今日はここまで」
「返してください」
「駄目」
「ほら怒られてる」ヴィクトルが笑った。
アルノはヴィクトルを一度見た。
JPSは火がついて、灰皿に置いたままだった。
「……」
「Schlaf gut.(よく眠れ)」ヴィクトルがドイツ語で言った。
アルノはドアのほうに歩いた。
「……返事くらいしろ」
「……」アルノが一瞬立ち止まった。
「昔はもっと素直だったのにな」ヴィクトルが言った。
アルノが振り返って、ヴィクトルを睨んだ。
ドアが閉まった。
ヴィクトルが灰皿に残されたアルノの煙草を拾って、火を消した。
慣れた手つきだった。
二人になった。
ヴィクトルがSobranieに火をつけた。
オラヴルがヴィクトルに、アルノから取り上げたワインを渡した。
「まだ怒ってる」ヴィクトルが言った。「時間だけは経つんだがな」
ヴィクトルがワインを飲んだ。
「君が抜けた時、しばらく君の名前を口にしなかった」
「ああ」
オラヴルは自分の白ワインを飲んだ。
「君が謝るとは思ってないけど」
「No accounts for apology.(謝らない)」ヴィクトルは言った。「それでも明日はいい日にしたい」
一拍あった。
オラヴルが煙草をくわえて、ヴィクトルの方に顔を近づけた。
ヴィクトルの方は見なかった。ヴィクトルはオラヴルの顔を見ていた。
煙が上がった。
「君さ」オラヴルが言った。「まだ僕の前では、格好つけるんだ」
「……医者は嫌だ」
「今さら」
二人の煙が、ゆっくり天井に向かっていった。




