アルノの朝
横浜拠点、アルノの自室 午前6時00分
目覚ましが鳴った。
6時だった。
4時間しか寝ていなかった。
手を伸ばして止めた。
止めてから、もう1度目を閉じた。
3秒だった。
起きた。
デスクに向かった。デスクに置いたままにしてあった眼鏡をかける。
着替えていなかった。
白いシャツのまま、昨夜寝た格好のままだった。
第1ボタンが外れていた。
直さなかった。
どうせ着替える。
端末を開いた。
画面が明るかった。
目が痛かった。
輝度を下げた。
3段階下げた。
それでもまだ明るかった。
もう1段階下げた。
報告を確認した。
夜間のログだった。
ユキナガが上げたものだった。
フォーマットが崩れていた。
また崩れていた。
何度言っても直さない。
「……」
小さく舌打ちをした。
フォーマットを修正した。
自分でやった。
言っても直らないから、自分でやる。
それがわかっていても、腹が立った。
「次こそ言う」と小声で言った。
毎朝言っている。
毎朝言って、毎朝自分で直している。
JPSを取り出した。
一本抜いた。
銀のライターで火をつけた。
一口吸った。
煙を吐いた。
今日で3箱目だった。
先週の月曜から数えて。
多い。
わかっていた。
もう一口吸った。
コアへの定期報告を書いた。
週次の報告だった。
フォーマットは決まっていた。
案件の進捗、人員の状況、拠点のセキュリティ、費用の概算。
全部、数字で出す。
感情を入れない。
それがコアへの報告だった。
人員の状況の欄を書いた。
カイの欄だった。
先週の報告書、まだ来ていない。
「……」
2回目の舌打ちをした。
「毎回」と小声で言った。「毎回だ」
カイの欄に、括弧書きで追記した。
(報告書未提出、3回目の督促予定)
3回目だった。
督促のたびに「わかった」と言う。
わかっていない。
チョコレートを取り出した。
デスクの引き出しの中にあった。
個包装のリンツだった。
1粒食べた。
甘かった。
もう1粒食べた。
低血糖ではなかった。
わかっていた。
もう一粒食べた。
煙草を一口吸った。
煙を吐いた。
ローワンの医療費の欄を確認した。
ハーブの購入費が増えていた。
先月の倍だった。
「……」
3回目の舌打ちをした。
ハーブティーの材料費だとわかっていた。
わかっていたが、倍は多い。
申請書を確認した。
丁寧な字で、丁寧に書いてあった。
「丁寧に書けば通ると思いやがって」と小声で言った。
通した。
通しながら、舌打ちをした。
ユキナガの通信費の欄を確認した。
また増えていた。
「……またか」と小声で言った。「毎月だ」
申請書を探した。
なかった。
申請書なしで使っていた。
「あいつは」と小声で言った。
言いかけてやめた。
書いても意味がない。
自分でフォーマットを作って、ユキナガの名前を入れて、数字を埋めた。
代理で申請書を作った。
毎月やっている。
毎月やりながら、毎月腹が立つ。
煙草が3本目になっていた。
チョコレートが6粒なくなっていた。
時刻を確認した。
7時15分だった。
端末を閉じた。
背もたれに体を預けた。
天井を見た。
白い天井だった。
何もなかった。
目を閉じた。
3秒だった。
開けた。
着替えた。
シャツを替えた。
白い、新しいシャツだった。
ボタンを上から順番に留めた。
全部留めた。
袖口を確認した。
左右同じ幅で止まっていた。
ジャケットを着た。
ネクタイを締めた。
鏡で確認した。
問題なかった。
眼鏡をかけた。
位置を確認した。
問題なかった。
デスクを見た。
JPSの吸い殻が4本、灰皿にあった。
チョコレートの包み紙が6枚、端に重ねてあった。
端末が閉じてあった。
報告書が3種類、揃えてあった。
問題なかった。
全部、問題なかった。
部屋を出た。
廊下を歩いた。
共用スペースに向かった。
時刻を確認した。
7時29分だった。
1分早かった。
廊下で1分待った。
7時30分になった。
共用スペースのドアを開けた。
カイがいた。
リヴァがいた。
コーヒーがあった。
「おはようございます」とアルノは言った。
声は、いつも通りだった。
完全に、いつも通りだった。




