Marlboro Double Burst
横浜拠点 共用スペース 午後七時二分。
カウンターの上に、皿が置かれていた。
生姜焼きと、千切りのキャベツ。ご飯。小鉢。
ユキナガがエプロンをして立っていた。
「全部作ったの」リヴァが言った。
「うん」ユキナガは答えた。
「一人で?」
「別に大したことじゃないよ」
味噌汁をよそって、リヴァに出した。
「この拠点、みんな普通に作るし」
ユキナガはカウンターの内側に立っていた。
「でも和食作るのは俺くらいかも」
包丁を洗って、布巾で拭いて、定位置に戻した。
リヴァはその手を見ていた。
「座れば」
リヴァはワンピースの裾を直して、カウンターの椅子に座った。素足の爪先が床から少し浮いた。
「ヴィクトルも作る?」
「……」ユキナガが一瞬止まった。「なんなら一番凝る」
リヴァは笑った。
手を合わせた。
「いただきます」
箸を取った。生姜焼きを一口食べた。
「美味しい」
ユキナガはカウンターに肘をついて、リヴァが食べるのを見ていた。
「あー、日本人いると安心する」
「カイは?」
「あいつ学校とかはアメリカじゃん」
「そうなんだ」
味噌汁を飲んだ。
「あち」
「猫舌?気をつけて」
出汁がちゃんと取ってあった。
ユキナガはまだ頬杖をついてリヴァを眺めていた。
「座らないの?」リヴァが言った。
「あとで」
「冷めるよ」
ユキナガの分はカウンターに置いてあった。
「俺も猫舌だから」
「そっか」
「嘘だけど」
「……」
ユキナガが笑った。
「今のは嘘。食べてるとこ見たかっただけ」
「なにそれ」
リヴァはため息をついて、キャベツを食べた。ユキナガは水のグラスをリヴァの横に置いた。
グラスの下の方を持って、丁寧にコースターに置かれていた。グラスには一点の曇りもない。置く所作が流れるようだった。
リヴァは小鉢を食べた。ほうれん草の胡麻和えだった。甘めだった。
ユキナガが、空いた皿を一枚引いた。シンクに浸けた。水を出して、止めた。
「昨日さ」
背中を向けたまま言った。
リヴァは箸を止めなかった。
「三人、落としたじゃん?」
「うん」
ユキナガが布巾で手を拭いた。カウンターに戻ってきた。肘はつかなかった。
「お前、なんともないんだ」
リヴァが顔を上げた。
「なんともない、って?」
箸を持ったままだった。ほうれん草がまだ残っていた。
ユキナガは、少しの間、返さなかった。
「……撃った後」
「うん」
「なんも、ないの」
リヴァは少し止まった。
「おなか、すいたなって思った」リヴァは言った。「撃ったあと」
「……」
「あと、風が変わったなって」
ユキナガは動かなかった。
「それだけ?」
「うん」
リヴァはほうれん草を食べた。飲み込んだ。
「昨日さ、」ユキナガが言った。「お前の心拍、見てたんだよね」
「……」
「三人落とす間、動かなかった。ずっと」
リヴァは箸を置いた。
「そうなんだ」
「一発目も、二発目も、三発目も。同じ数字」ユキナガは言った。「撃つ前と後で、一回も」
リヴァはカウンターに肘をついた。
ユキナガの手が、布巾を握ったまま止まった。
「そういうの、よくわかんない」リヴァは言った。「他の人はどうなるの」
ユキナガは答えなかった。
「でも心拍落とさないと弾当たんなくなりそう」
「まあ、スナイパーってそうなのかもしれないけど」
「でしょ」
「…今まで屈強っぽい人しか戦闘員って見たことなかったからさ、俺」
「ふうん」
「だから、かわいい女の子が戦線出てるって信じられないの」
「女の子って」リヴァは笑った。「私、大人だよ」
ユキナガはカウンターの端の端末を見た。それから、目をリヴァに戻した。
「それに引き換え、今日なんかあった?」
「別に」
ユキナガが首を傾げた。
「じゃあ、俺と二人だから?」
ユキナガが端末を見た。
「今ちょっと上がったけど」
リヴァは顔を上げた。
「なんで」
リヴァの視線が、端末とユキナガの間を、一度往復した。
目を細めた。
「……ずっと見てるの」
「うん」
「一日中?」
ユキナガが止まった。
リヴァが目を細めて、ユキナガを見ていた。
「そんな目で見るなよ」ユキナガが言った。「仕事だって」
リヴァはグラスを持って、一口水を飲んだ。
「また上がったよ」
「……」
「ちょっとは意識した?」
「してない」
リヴァが茶碗を持った。
リヴァが全部食べきった。
「ごちそうさまでした」
「うん」
ユキナガが片付けた。
「それで。ちゃんと寝れてる訳?」こちらを見ずに言った。
「寝たよ」
「四時間二十三分」
「……」リヴァが固まった。眉間にしわを寄せた。
間があった。
換気扇が回っていた。
食器から水滴が落ちる音がした。
ユキナガがリヴァの方を見て、笑った。
「……って言ったら信じる?」
ユキナガは箱から二本抜いた。
一本を自分の口に咥えて、もう一本を無言でリヴァに差し出した。
「…ちょっと黙ってくれる」
「ごめんごめん」
リヴァは受け取って、手の中でカプセルを二つ潰した。
「ほんとうるさい」
ユキナガが少し笑った。




