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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

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副指揮




 東京拠点 共用スペース 二十二時〇〇分。



 共用スペースの隅で、湯が沸いていた。


 フィンはポットに茶葉を入れていた。電気ケトルから湯を注いだ。蒸らす間、戸棚からカップを一つ出した。牛乳を先に少しだけ入れた。ミルクが先で、紅茶が後だった。


 カイはさっき出ていった。封筒を一つ持って、一人で。行き先は聞いていない。


 惣一が共用スペースのソファにいた。Highlightの箱がテーブルにあった。一本を指に挟んでいた。今日はここに泊まるらしかった。


 フィンはポットを軽く回した。


「飲む?」フィンが言った。「紅茶。淹れたてだよ」


 フィンは惣一の前にカップを置いた。小さく音が出た。


 フィンは一瞬カップに視線を落とした。


 すぐにまた笑顔に戻った。


 惣一が一口飲んだ。


 フィンの手元を見ていた。


「砂糖はやめたのか」惣一が言った。


 フィンの手が止まった。


「……何?」


 惣一は何も言わなかった。


「入れないよ」フィンが言った。少し笑った。「俺はミルクだけ。ずっとそう」


「家庭教師が、お前のために入れてた」


 惣一はカップを置き、煙草を一口吸った。


「……」


 フィンは何も言わなかった。


 ポットを回す手も止まっていた。


 フィンは紅茶を一口飲んだ。それから笑った。いつもの顔だった。


「砂糖、いる?」フィンが笑顔で言った。


 フィンが向かいに座った。


 惣一はその笑顔をしばらく見ていた。




「フィン」惣一が言った。


「うん」


「副指揮をやれ」


 フィンがカップを持つ手を止めた。


「……俺?」


「アルノの下につけ。二番手だ」


「本気で言ってる?」フィンが笑った。「俺、新顔だよ。来て、まだそんな経ってない」


 フィンは一拍置いた。


 紅茶のカップを回した。


「もっと向いてる人いるでしょ。ボス」


 フィンは笑った。


 惣一は何も言わなかった。


「カイは」フィンが言った。


「カイは理由を聞く」惣一が続けた。「お前は聞かねえ」


 フィンは何か言いかけて、やめた。


 何も説明をしないこの男が何故ここまで語るのか、違和感の方が勝っていた。


 フィンの紅茶を持つ手が傾いた。


 フィンは笑った。笑顔の角度は変わらなかった。


「買いかぶりだよ」フィンが言った。


「お前は誰とでも組める」惣一が言った。「場を読んで回す」


 フィンは手元の紅茶を見た。砂糖は一つも入っていない。


「そんなに褒めてくれるんだ」フィンが言った。


 惣一は煙草の火を消した。紅茶を飲んだ。


 少しして、惣一が立った。


 フィンの笑顔のままの顔を見て言った。


「それしか残らなくなるな」


 そのまま共用スペースを出ていった。


 足音が遠ざかった。


 テーブルの上に、空のカップが残されていた。




 廊下は暗かった。


 フィンは自分のカップを持って、共用スペースを出た。


 診療室の前で、オラヴルとすれ違った。


 オラヴルは白衣のままだった。フィンを見て、足を少しだけ緩めた。


「…大丈夫かい」


 フィンが足を止めた。


 指先は白かった。


 カップを強く握っていた。


「慣れてるから」フィンが言った。笑った。


 オラヴルはその笑顔を見た。


「……そう」オラヴルが言った。


 オラヴルが診療室に入った。ドアが閉まった。


 フィンは一人、廊下に残った。


「……ここでもまた器用って、言われるのか」フィンは呟いた。


 カップはもう冷えていた。


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