↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/247

ブリティッシュブレックファースト

 



 朝の共用スペースに、油の匂いが満ちていた。


 フィンが台所に立っていた。フライパンが二つ。片方でベーコンとソーセージ、もう片方で卵とトマト。


 鍋ではベイクドビーンズが温まっていた。トースターからパンが二枚、跳ね上がった。


 ユキナガがソファに沈んでいた。顔が半分クッションに埋まっていた。


「死んでる」フィンが笑った。


「死んでる」ユキナガが返した。


「飯できるよ」


「いらない」


「紅茶は」


「……コーヒーがいい」


 カウンターに皿が並び始めた。フィンが手際よく盛りつけていく。ベーコン、ソーセージ、目玉焼き、焼いたトマト、ビーンズ、ブラックプディング、トースト。一皿が、茶色で埋まった。


 ユキナガがそれを見て、起き上がった。


「何これ。全部茶色」


「ブリティッシュブレックファーストだよ」


「色がない」


「ビーンズはオレンジだろ」


「茶色寄りのオレンジ」


「トマトは赤」


「赤茶」


「君、難癖つけたいだけだよね」フィンが笑った。


 アルノがコーヒーを持って、テーブルの端に座った。


 いつもの席ではなかった。灰皿のある側を避けて座った。


 コーヒーを置いてから初めて、少しだけ眉が動いた。



 フィンがアルノの前に皿を置いた。


「アルノ、食べて。朝、糖分でしょ」


 アルノがポケットからチョコを出しかけて、止めた。皿のビーンズを、フォークで掬った。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 カラムが、壁際の椅子に座っていた。皿が前に置かれた。フォークで、ブラックプディングをどけた。それから、ソーセージだけ食べた。


「ブラックプディング、嫌い?」


 フィンは返事を待たず、ブラックプディングを自分の皿へ移した。


「…」


「イギリス育ちなのに?」


「黙って」


 カイが、リヴァの隣に座っていた。リヴァの前にも皿があった。


 リヴァはトーストを小さくちぎって、紅茶に手を伸ばしていた。


 リヴァが立ち上がって、ミルクを取りに行った。カイの視線が、動いた。リヴァが座ると、カイが食べ始めた。


 リヴァが、診療室の方を見た。


「オラヴルは」


 フィンが、手を止めずに答えた。


「さっきミント入ってったから、たぶん部屋で寝てる」


 リヴァは、それ以上聞かなかった。


 紅茶にミルクを入れた。少し入れすぎた。


 カイの前に自分の皿をよせた。


 ブラックプディングとビーンズだけ残していた。


 カイは何も言わず、リヴァの前に空になった自分の皿を置いた。



 ヴィクトルが入ってきた。シャツの袖をまくっていた。シャワー上がりだった。拠点に泊まったようだった。


「俺の分は」ヴィクトルが言った。


「あるよ」フィンが皿を出した。


「豪華だな」


「焼くだけだよ。実家で毎朝出てた」


「さすが。いいとこの坊ちゃん」


「うるせえ」


 ヴィクトルが座って、フォークを取った。


 ユキナガがコーヒーを両手で持って、ようやく落ち着いていた。


「…結局あのおっさん、何者なんだよ」ユキナガが言った。


 手が止まった。フィンの手も、一瞬だけ止まった。


 ヴィクトルが、ソーセージを切った。


「知らない方が長生きする」


 それ以上は、言わなかった。


 フォークを口に運んだ。ユキナガが、何か言いかけて、やめた。コーヒーを飲んだ。


 カイが、コーヒーをテーブルに置いた。


「……アンカーって何だ」


 音が止まった。


 部屋が静かになった。リヴァが固まった。


 フィンがパンを齧る。


「俺も詳しくは知らない」フィンが言う。「沖縄で一回聞いただけ」


「意味は」


「説明されませんでした」アルノが言った。


 アルノがフォークを置いた。


「……裏社会で、その単語が出た結果、人が死んだ。それだけ知っています」


「コアは、知っていた」カイがリヴァに言った。「…何か思い出したか」


 リヴァはマグカップを強くつかんでいた。


「……わかんない」リヴァは言った。「言葉だけ、知ってる気がする」


 ポケットから煙草の箱を出して、テーブルに置いた。


「でも思い出せない」


 フィンは肩を落とした。


「…あんたは」カイがヴィクトルに言った。


 全員ヴィクトルを見た。


「俺も知らん」首を横に振った。


「ヴィクトルでも?」ユキナガが眉を寄せた。


 ヴィクトルは肩をすくめた。


「何でも知ってるように見えるか」


「見える」


「買い被りだ」


 ヴィクトルはコーヒーを飲んだ。


 間があった。


 外はいい天気だった。七月の暑さが今日も始まろうとしていた。




 フィンが、最後の一皿を自分の前に置いた。エプロンを外した。


 椅子に座って、紅茶を一口飲んだ。


「よし。いい朝だ」


「すげえなお前」ユキナガが言った。


 ナイフとフォークの音だけが続いた。


 誰もテレビをつけなかった。


 全員が耳を空けていた。


 誰も次の話題を探さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。