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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

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負け

 



 硝子戸が閉まった。


 足音が遠ざかっても、誰も動かなかった。


 誰も惣一が帰ったと思えなかった。


 まだ部屋のどこかに座っているようだった。


 灰皿で、燃え残りが細く煙を上げていた。


 カイがリヴァのところへ行った。戸口で固まったままの体を、抱え上げた。


 バッグが床に落ちた。


 オラヴルの座る椅子の、隣に下ろした。カイはその前にしゃがんだ。リヴァの手首に、指を当てて脈を確かめた。


 フィンがリヴァのバッグを持ってきて、リヴァの隣に置いた。



「俺、入る組織間違えた?」ユキナガが言った。


「今さら?」フィンが言った。


「初日に来て人の過去抉る上司、普通いる?」


「いないね」フィンが認めた。「普通の入口なんて初めから無かったでしょ」


「知った口きくな」


「新人の目線でもやばい」


 ユキナガがカズマを見た。


「お前。なんであいつと話してたんだよ」


「面白そうだった」


「お前な」


「変なの。怒ることじゃないだろ」


 カズマが立ち上がった。煙草を指に挟んだまま、伸びをした。


 戸口まで行って振り返った。


「お前らが負けてるとこ、見れて気持ちよかった」


 カズマがフィンとカラムの方を見た。


「新人さんたち、よろしく」


 フィンが軽く手を上げた。カラムは見なかった。


 カズマが出ていった。硝子戸が、また鳴った。


「あいつ、ほんと嫌い」ユキナガが言った。


 ユキナガがいつものテーブルに座った。肘をついた。


 ポケットから煙草を出した。一本を取り出さず、箱を見ていた。


「…そういうことかよ」独り言のように言った。


  部屋は静かだった。


「…全部、繋がった」


「何がだ」ヴィクトルが言った。


「俺、ずっとあの人の手のひらの上じゃん」


「常連から裏の仕事学んだって言ってたやつか」


「そう」ユキナガが言った。「あの頃スーツだったから一瞬わかんなかった。名乗んなかったし」


 一拍あった。


 共用スペースの時計の秒針が鳴っていた。


「……ってか俺、釣られただけかよ」


 フィンはユキナガを見て、何も言わなかった。


 ヴィクトルが小さくため息をついた。


「……明智なんて、名前も最悪じゃん」ユキナガがつぶやいた。


「どうして」フィンが言った。


「主君を裏切った男の名字だ」カイが言った。


「へえ」フィンは言った。「ちなみに、主が悪かった可能性は?」


 ユキナガがフィンを見た。


「何だよ。お前日本史の議論したいの」


「違うよ。あの人がどっち側なのかと思って」


「どっち側でも嫌だよ」


「裏切った側でも?」


「裏切らせた側でも」


 フィンが黙った。


 ユキナガは端末へ目を落とした。キーボードを叩き始めた。


 しばらく間があった。


「……うわ。嘘だ」


 もう一度叩いた。


「何も出てこない」


「何がだ」ヴィクトルが言った。


「明智惣一。何も。経歴も、戸籍も、逮捕歴も。名前だけで、後ろに何もない」


 ユキナガが端末から顔を上げた。


「……まじで本職なの?アルカのコア」


 誰も答えなかった。


「ヤクザってもっとこう…記録あるだろ。なんで何もないんだよ」


「偽名名乗った?」フィンが言った。


「いや」ヴィクトルが言った。


 ヴィクトルは腕を組んだまま、オラヴルの肩へ体を預けていた。


 うつむいたままのオラヴルを見ていた。


「聞いたことがある」


「どこで」ユキナガが言った。


「……どこだったか」


 ヴィクトルは、それ以上言わなかった。


 煙草を出して火をつけた。


 オラヴルの肩に一度手を置いて、いつものカウンターに座りにいった。


 ユキナガがため息をついた。


「てか。オラヴルどしたの。そっちの方が怖かったんだけど俺」


 フィンが、オラヴルの方を見た。


「オラヴル」


 返事がなかった。


「オリ」


 オラヴルは俯いたまま、動かなかった。


 リヴァが隣に座っているのに、あれからオラヴルは一度もリヴァを見なかった。


「放っておけ」ヴィクトルが言った。


 フィンが目を細めた。


 ユキナガが肩を落とした。端末に戻った。



 ヴィクトルが、アルノを見た。


 アルノは灰皿の燃え残りに目を落としたままだった。


「合理性が、ない」


 アルノが呟いた。誰に聞かせるでもなかった。


「負ける日もある」ヴィクトルが言った。


 アルノが、ヴィクトルを睨んだ。


「そういう日だ」ヴィクトルは肩をすくめた。


 部屋が、また静かになった。


「…最悪」ユキナガが言った。


「情報量が違いすぎる」フィンが言った。


 誰も返さなかった。



 リヴァが口を開いた。


「……私の、せい」


「違う」


 カイが言った。間を置かなかった。


「お前じゃない」


 リヴァは答えなかった。


 床から、目が上がらなかった。


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