白のシャツ
リヴァがベッドスペースに入った。ルーバーで緩く仕切られた一角だった。
イーサンが、奥に入った。
ルーバーたった一枚を挟んで、隣だった。
気配が、通った。
レッドのいびきが、リビングから響いていた。ファンがゆっくり回っていた。
リヴァがベッドに座った。シャワーを浴びたばかりの髪を、肩の前に流した。イーサンのシャツがぶかぶかだった。
隙間越しに、イーサンが自分のベッドに座るのが見えた。濡れた髪がまだ湿っていた。
二人とも、しばらく動かなかった。
リヴァが片膝を軽く引き寄せた。
その動きをイーサンが見ていた。見て目を外さなかった。
「……リヴァ」
低かった。レッドに届かない音量だった。
立ち上がった。仕切りを回って、リヴァの方に来た。足音がしなかった。
ベッドの脇に立った。リヴァが見上げた。闇の中で、イーサンの目だけが、見えた。
イーサンが、ベッドの端に座った。マットレスがわずかに沈んで、リヴァの体が自然に傾いた。
「嫌なら言え」
リヴァが、イーサンのシャツの裾を掴んだ。
手がリヴァの顎に触れて、上を向かせた。
唇が触れた。
軽すぎて、リヴァが息を止めた。
止めた息ごとイーサンが奪った。後頭部に手が回って引き寄せられた。
リヴァの声をイーサンが塞いだ。確実に、レッドに届かないように。
一度、離れた。
「声」
低かった。
「……」
「出すな」
リヴァが頷いた。
イーサンが肩で息を吐いた。長かった。
リヴァの手が無意識にイーサンの髪に回った。まだ、少し湿っていた。軽く握った。
「あれから…どれくらい待ったと思っている」イーサンは言った。
「……?」
イーサンが動いて、視界が暗くなった。ベッドが軋む音が、いびきの合間に消えた。
「シャツは着てろ」
リヴァが唇を噛もうとした。イーサンが、それを自分の唇で止めた。
「噛むな」
レッドが寝返りを打った。
「ううん…」
ソファベッドが軋んだ。
二人が、同時に止まった。
息を、殺した。
「……」
レッドが、口の中で何か呟いた。
聞き取れなかった。
二人とも、息を止めて待った。ファンの音だけが、回っていた。
それから、レッドがまたいびきを立てた。低く。規則正しく。
二人が息を吐いた。
闇の中で目が合った。
「……キーヴィン」リヴァが言った。
イーサンが、わずかに口角を上げた。
リヴァがそれを見て息を吐いた。
「黙ってろ」
イーサンが動いた。
レッドのいびきが、続いていた。ファンが回っていた。
何時頃かわからなかった。
リヴァが、イーサンの胸に頬を寄せた。心臓の音が聞こえた。
イーサンの手が、背中に回ったまま離れなかった。
天井でファンがゆっくり回っていた。レッドのいびきが続いていた。
イーサンがリヴァの額に軽く唇を落とした。
リヴァが寝息の中でわずかに動いた。胸にもう少し頬を寄せた。
イーサンの手が背中の位置を、わずかに強めた。
朝だった。
ラグーンの光が、ルーバーの隙間から細く差し込んでいた。
イーサンは、もう起きていた。
キッチンに立って、コーヒーを淹れていた。黒いリネンのTシャツ。
いつも通りだった。
豆を挽く音が、低く響いた。
リヴァはベッドの中にいた。
起き上がらなかった。
シーツが、肌にまだ夜の温度で触れていた。髪が、枕の上で広がっていた。光がその先を、ゆっくり這っていた。
天井でファンが回っていた。
ルーバーの隙間越しに、イーサンがリヴァを見た。
「……起きてるか」
低かった。
リヴァがわずかに頷いた。声は、出なかった。
イーサンがそれを見ていた。何も言わなかった。
ソファベッドの方で、レッドが唸った。
寝返りを打った。タオルが、床に落ちた。
「……ん」
レッドが、半分目を開けた。鼻を鳴らした。
「お。コーヒー、あんの」
掠れた声だった。
「ある」
「もらうわ」
レッドが大きく伸びをした。骨が鳴った。
「今日は晴れたか」
立ち上がってキッチンの方に歩いてきた。リヴァの方は、見なかった。
振り返らず、ルーバーの方に親指を指した。
「姫はまだ寝てんのか」
「ああ」
イーサンがカップを差し出した。
「疲れが溜まってたんだろ」
レッドがコーヒーを受け取った。一口、飲んだ。
「……うま」
リヴァはベッドの中で、目を閉じていた。
起きていることを、悟られたくなかった。
まぶたの裏に、夜がまだ残っていた。
「なあ」
レッドがカウンターに寄りかかった。コーヒーを、もう一口飲んだ。
「俺のいびき、うるさかった?」
イーサンが自分のカップに、口をつけた。
一拍。
「ああ」
短かった。平坦だった。
リヴァの肩がベッドの中で跳ねた。
レッドの寝言。ファンの音だけが回っていた時間。
リヴァが目を閉じたまま、シーツを握った。
レッドは気づかなかった。
「悪いな。テントだと、文句言われんだわ」
「だろうな」
イーサンが淡々と言った。
レッドが笑った。それから海の方を見た。
「いい朝だな」
「ああ」
イーサンがルーバーの隙間越しに、もう一度リヴァを見た。
リヴァは目を閉じたままだった。
イーサンがわずかに口角を上げた。
それから、三つ目のカップにコーヒーを注いだ。
リヴァの分だった。
ラグーンの光が、白い天井を流れていた。
ファンが回っていた。
レッドがコーヒーを啜る音だけが響いていた。
朝が、始まろうとしていた。




