↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/247

白のシャツ




 リヴァがベッドスペースに入った。ルーバーで緩く仕切られた一角だった。


 イーサンが、奥に入った。


 ルーバーたった一枚を挟んで、隣だった。


 気配が、通った。


 レッドのいびきが、リビングから響いていた。ファンがゆっくり回っていた。


 リヴァがベッドに座った。シャワーを浴びたばかりの髪を、肩の前に流した。イーサンのシャツがぶかぶかだった。


 隙間越しに、イーサンが自分のベッドに座るのが見えた。濡れた髪がまだ湿っていた。


 二人とも、しばらく動かなかった。


 リヴァが片膝を軽く引き寄せた。


 その動きをイーサンが見ていた。見て目を外さなかった。


「……リヴァ」


 低かった。レッドに届かない音量だった。


 立ち上がった。仕切りを回って、リヴァの方に来た。足音がしなかった。


 ベッドの脇に立った。リヴァが見上げた。闇の中で、イーサンの目だけが、見えた。


 イーサンが、ベッドの端に座った。マットレスがわずかに沈んで、リヴァの体が自然に傾いた。


「嫌なら言え」


 リヴァが、イーサンのシャツの裾を掴んだ。


 手がリヴァの顎に触れて、上を向かせた。


 唇が触れた。


 軽すぎて、リヴァが息を止めた。


 止めた息ごとイーサンが奪った。後頭部に手が回って引き寄せられた。


 リヴァの声をイーサンが塞いだ。確実に、レッドに届かないように。


 一度、離れた。


「声」


 低かった。


「……」


「出すな」


 リヴァが頷いた。


 イーサンが肩で息を吐いた。長かった。


 リヴァの手が無意識にイーサンの髪に回った。まだ、少し湿っていた。軽く握った。


「あれから…どれくらい待ったと思っている」イーサンは言った。


「……?」


 イーサンが動いて、視界が暗くなった。ベッドが軋む音が、いびきの合間に消えた。


「シャツは着てろ」


 リヴァが唇を噛もうとした。イーサンが、それを自分の唇で止めた。


「噛むな」


 レッドが寝返りを打った。


「ううん…」


 ソファベッドが軋んだ。


 二人が、同時に止まった。


 息を、殺した。


「……」


 レッドが、口の中で何か呟いた。


 聞き取れなかった。


 二人とも、息を止めて待った。ファンの音だけが、回っていた。


 それから、レッドがまたいびきを立てた。低く。規則正しく。


 二人が息を吐いた。


 闇の中で目が合った。


「……キーヴィン」リヴァが言った。


 イーサンが、わずかに口角を上げた。


 リヴァがそれを見て息を吐いた。


「黙ってろ」


 イーサンが動いた。


 レッドのいびきが、続いていた。ファンが回っていた。




 何時頃かわからなかった。


 リヴァが、イーサンの胸に頬を寄せた。心臓の音が聞こえた。


 イーサンの手が、背中に回ったまま離れなかった。


 天井でファンがゆっくり回っていた。レッドのいびきが続いていた。


 イーサンがリヴァの額に軽く唇を落とした。


 リヴァが寝息の中でわずかに動いた。胸にもう少し頬を寄せた。


 イーサンの手が背中の位置を、わずかに強めた。




 朝だった。


 ラグーンの光が、ルーバーの隙間から細く差し込んでいた。


 イーサンは、もう起きていた。


 キッチンに立って、コーヒーを淹れていた。黒いリネンのTシャツ。


 いつも通りだった。


 豆を挽く音が、低く響いた。


 リヴァはベッドの中にいた。


 起き上がらなかった。


 シーツが、肌にまだ夜の温度で触れていた。髪が、枕の上で広がっていた。光がその先を、ゆっくり這っていた。


 天井でファンが回っていた。


 ルーバーの隙間越しに、イーサンがリヴァを見た。


「……起きてるか」


 低かった。


 リヴァがわずかに頷いた。声は、出なかった。


 イーサンがそれを見ていた。何も言わなかった。


 ソファベッドの方で、レッドが唸った。


 寝返りを打った。タオルが、床に落ちた。


「……ん」


 レッドが、半分目を開けた。鼻を鳴らした。


「お。コーヒー、あんの」


 掠れた声だった。


「ある」


「もらうわ」


 レッドが大きく伸びをした。骨が鳴った。


「今日は晴れたか」


 立ち上がってキッチンの方に歩いてきた。リヴァの方は、見なかった。


 振り返らず、ルーバーの方に親指を指した。


「姫はまだ寝てんのか」


「ああ」


 イーサンがカップを差し出した。


「疲れが溜まってたんだろ」


 レッドがコーヒーを受け取った。一口、飲んだ。


「……うま」


 リヴァはベッドの中で、目を閉じていた。


 起きていることを、悟られたくなかった。


 まぶたの裏に、夜がまだ残っていた。


「なあ」


 レッドがカウンターに寄りかかった。コーヒーを、もう一口飲んだ。


「俺のいびき、うるさかった?」


 イーサンが自分のカップに、口をつけた。


 一拍。


「ああ」


 短かった。平坦だった。


 リヴァの肩がベッドの中で跳ねた。


 レッドの寝言。ファンの音だけが回っていた時間。


 リヴァが目を閉じたまま、シーツを握った。


 レッドは気づかなかった。


「悪いな。テントだと、文句言われんだわ」


「だろうな」


 イーサンが淡々と言った。


 レッドが笑った。それから海の方を見た。


「いい朝だな」


「ああ」


 イーサンがルーバーの隙間越しに、もう一度リヴァを見た。


 リヴァは目を閉じたままだった。


 イーサンがわずかに口角を上げた。


 それから、三つ目のカップにコーヒーを注いだ。


 リヴァの分だった。


 ラグーンの光が、白い天井を流れていた。


 ファンが回っていた。


 レッドがコーヒーを啜る音だけが響いていた。


 朝が、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。