大富豪
カラムとフィンとヴィクトルのコテージに集まっていた。
土砂降りは止む気配がなく、今日は外には出られなかった。
ローテーブルを囲んでトランプが配られていた。配っているのはフィンで、手際がよかった。
「大富豪な。革命あり、しばりあり、八切あり。負けたら飲む」フィンが言った。
「シンプルだな」レッドが言った。
「…………嫌です」アルノが言った。
「ほんとだよもう」ユキナガがヴィクトルとレッドを睨んだ。「頭いてえんだって。今起きたとこだし」
ヴィクトルは赤ワインのボトルを自分の脇に置いていた。グラスではなくボトルだった。
「勝てばいいだけだろ」
「カラムとイーサンは?」リヴァが言った。
「さっきカラムは出てっちゃった」フィンが言った。
「イーサンは部屋。雨だから足痛いらしい」レッドが言った。「……という建前で逃げた」
「つまんないやつら」フィンが笑った。
カードが配られた。リヴァが自分の手札を開いて、眉が動いた。
「……」
全員がリヴァを見た。
「リヴァ、顔に出ています」アルノが言った。
「出てない」
「いいのが来たでしょう」
「……来てない」
第一戦が始まって、卓が静かになった。
アルノが最初のカードを置いた。淡々として、何も読ませなかった。ヴィクトルが受けて、その所作が流れるようだった。カイが無言でカードを置いて、表情がなかった。強いのか弱いのか、わからなかった。
「カイ、お前、顔が動かなすぎて逆に怖い」ユキナガが眉を寄せた。
「黙ってろ」
「それも情報なんだよなあ」
フィンが柔らかく笑って、カードを置いた。
まだ最初の一周で、全員が探り合っていた。場にQが出て、順番がフィンに回った。
アルノがフィンの手元を見た。
「フィン、それで上がりにいきたいでしょう」
「……。いきたいね」
「なら、ここでKを切るべきです」
フィンが少し考えた。
「…まあ確かに」
フィンがKを出した。
アルノが2を被せて、場が流れた。
次の親がアルノに移って、アルノが小さいカードから刻み始めた。フィンの手に、大札がもう残っていなかった。
「……ハメられた」フィンが天井を見た。
「定石を言っただけです」アルノが言った。
「言い方が親切すぎたんだよ」
「親切なほうが、人は乗りますので」
ヴィクトルが低く笑った。
第一戦はリヴァが最下位だった。
「なんかみんな終わってた…」
ヴィクトルがリヴァのグラスに軽く注いだ。
「飲め、ルールだ」
リヴァが飲んだ。
第二戦に入って、アルノがユキナガを見た。
「ユキナガ、ジョーカー持っていますね」
「は?なんでわかんだよ気持ちわりい」
「さっきから、右端の一枚だけ抜き差ししない、温存しているカードがある時の手です」
「こわ」
ユキナガは二日酔いの顔でこめかみを押さえながら、それでも反撃する目をしていた。フィンがカードを置いたのを、横目で見た。
「フィン、それブラフと見た」ユキナガが言った。
「何で」
「今の作り笑い」
フィンが止まった。
「女口説く時と同じ顔ー」
「例えが最悪」
ユキナガは人の顔だけは異様に読めた。だが盤面を見ていなかった。フィンのブラフを暴くのに気を取られて、自分の番の出し方が雑になった。場をアルノに支配されて、出せるカードがなくなった。
「ユキナガ、今のは待つべきでした」
「……わかってるよ、うるさいな」
その直後にリヴァがカードを四枚出した。
「えい」
「あ」レッドが言った。
「革命じゃん」ユキナガが言う。
場がひっくり返って、強さの順が逆になった。アルノが眼鏡を上げた。
数秒あって、最初に困ったのはリヴァだった。
「……革命って何」
フィンが笑った。
「強いのが、弱くなるの」
「えっ、じゃあ私のさっきの、損?」
「ぽいな」
「やだ」
第二戦もリヴァが負けて、飲まされて、目が少しずつ眠そうになってきた。その様子をカイが見ていた。
リヴァが次の手札を、また正直に並べていた。強いカードを隠そうともせず、隠し方を知らないようだった。
「使わずに、いられてる」カイが言った。
アルノがカイに頷いた。
カイはカードを置いた。
フィンがカイに向いた。
「カイ、今、2持ってる?」
「持ってない」
「ふーん」
数手後、カイが2を出した。
「あるじゃん!」
「……」
「さっき、持ってないって言ったろ」
「……悪い」
「お前はほんと素直なんだから」レッドがカイの肩を叩いて笑った。
フィンがまたカイを向いた。
「カイ、今めちゃくちゃ強い手だろ」
「違う」
「絶対強い、じゃなきゃそんな黙らない」
「違う」
「リヴァ、聞いた?カイ今めちゃくちゃ焦ってる」
「えー?」リヴァが笑った。横に揺れていた。
「焦ってない」
「焦ってるやつが言うやつ、それ」
カイが眉を寄せてフィンを見た。
「2はもう3枚出てる。1は4枚出た。ジョーカーは後1。8はあと3。リヴァはさっきからKの1枚を2回パスしているが反応が遅い」
場が止まった。
「……お前、全部覚えてんのか」レッドが言った。
「覚えるしかない」
フィンが口を閉じた。
ヴィクトルが低く笑って、リヴァの方に体を寄せた。
「リヴァ」
「なに」
「2を持ってるなら、出すな」
「なんで」
「俺が勝つ」
「なにそれ」
「交渉だ。いいカードをつぎにやる」
「私がビリな前提やめてよ」
リヴァが手札を見て、2があった。言われた通り、出さなかった。数手後にヴィクトルが上がった。
「ずるじゃん」ユキナガが言った。
「交渉と言え」
カイはレッドのテキーラがリヴァの方へ回ってくると、リヴァが気づく前に飲み干していた。
「忠犬め」ヴィクトルが言った。
カイがヴィクトルを睨んだ。
代わりに、ヴィクトルはユキナガのグラスに注いだ。
「ユキナガ」
「飲まない」
「カイは酔わなくてつまらん」
「俺ももう酔わない、酔いたくないいいい」
「じゃあアメリカ式でいくか」レッドがテキーラのボトルを引き寄せて、ショットグラスをユキナガとフィンの前に置いた。
「お前もな」
「俺?俺、負けてないけど」
「細かいなーSASは」
ヴィクトルとレッドが左右からユキナガとフィンを飲ませにかかっていた。ユキナガは二日酔いの上に飲まされ、フィンはブラフが冴えていたのに酒で崩れ始めていた。
崩れ始めたのは、フィンだけではなかった。
アルノも、昨夜から残った二日酔いと寝不足の上にヴィクトルが注ぐそばから飲んでいて、断る理屈を探す元気がなくなっていた。こめかみを指で押さえる回数が、増えていた。
そのアルノが、レッドを見て言った。
「レッド、あなた、ジョーカーですね」
「違う」
「いや、持っています」
「違うって」レッドが困った顔で笑った。
レッドがそのまま刻んで上がって、手札が空になった。ジョーカーは、最後まで一度も場に出なかった。
アルノが、空になったレッドの手元を見て、黙った。
「……酔ってる?」レッドが言った。
「……酔って、ません」
眼鏡を外して目頭を押さえた。
フィンが、酔いの回った目で、もう一度アルノに絡みにいった。
「アルノ」
「……何ですか」
「俺の手札弱いと思う?」
「……」
「今回は本当に弱いよ」
「……」
「どう思う?」
アルノが、何か言い返そうとした。フィンが笑って、カードを置いた。
革命だった。
アルノが止まった。
「今の顔、撮っとけばよかった」フィンが言った。
ユキナガが、フィンのその得意顔を見て、ぼそりと言った。
「フィン、女に貢がせる顔」
「お前さあ……」フィンが言った。「俺を悪い奴に仕立て上げるのやめろって」
ヴィクトルが、ボトルを傾けながら、卓全体をゆっくり見た。
「お前ら、わかりやすいな」
「は?」ユキナガが言った。
「ユキナガは判断がまだ若い」ヴィクトルがユキナガのグラスに注いだ。「アルノは責任感で飲む」
アルノが、注がれたそばから飲んだ。「うるさい」
「フィンは挑発に乗る」
「乗ってないよう」フィンが言った。
「カイは、正直すぎる」
カイが黙った。
「俺とリヴァは?」レッドが聞いた。
ヴィクトルがリヴァを見た。少し、間があった。
「しらん」
「くくんないでよレッドと」リヴァが言った。
「ひどい」レッドが言った。
「アルノ、やってた資料できたのか」ヴィクトルが言った。
アルノが、こめかみを押さえたまま少し考えた。
「……ああ、あれは、できました」
「じゃあもっと飲ませても大丈夫だな」
「何の資料」フィンが聞いた。
「……イタリアの計画書」アルノの呂律が、わずかに溶けていた。「ローマ」
言ってから、一拍、止まった。
「げ。」ユキナガが言った。
全員がユキナガを見た。
「なんだよ」レッドが言った。
「……べつに」
ユキナガが目の前のショットを勢いで飲んで、顔を歪めた。それから言った。
「……弟がいる」
「へえ、ローマにいんの」フィンが言った。
「いる」
「兄弟か」レッドが言う。もうバーボンに移っていた。「似てんのか」
「……双子の」
一拍あって、全員の手が止まった。
「双子!」フィンが言った。「一卵性?」
「……うん」ユキナガが頭をかいた。
「双子…」リヴァが言った。
「もう一人、お前がいるってことか」レッドが言った。
「同じじゃない、向こうのほうが、……整えてるっていうか優秀っていうか」
「何だそれ」
ユキナガがもう一口飲んだ。
ヴィクトルがグラスを傾けながら、低く言った。
「なるほど」
「……なんだよ」
「優秀な双子がいると、片方はだいたい夜に逃げる」
ユキナガがヴィクトルを見て、言い返そうとして、言葉が出なかった。
「……うるさいな」
ユキナガがショットをもう一杯あおって、やけになっていた。
リヴァがその横で、ぐらりと傾いた。
「リヴァ?」
「大丈夫か」レッドが言った。
「だいじょうぶ」
立ち上がった。部屋を出ようとした。
ふらついて、サンダルのかかとを踏んでいた。
「送る」カイが腰を浮かせた。
「カイいらない」
カイが固まった。
フィンが酔った顔のまま肩を揺らして笑った。
リヴァがドアを開けると、雨の音が一段大きくなって、それからドアが閉まった。
「さて」ヴィクトルが言った。「狙撃手が全員居なくなったところで。続けるか」
「ユキナガ、まだ飲むか」レッドが言った。
「……もういい」ユキナガが、テーブルに突っ伏した。
フィンも、ろれつが回っていなかった。テーブルに肘をついて、頬杖がずるずると落ちていった。
「ユキナガ、双子の写真ないのか」
「ない」
「見たいな」
「やめろ」
アルノが眼鏡を外して、目頭を押さえた。雨が降り続いていた。




