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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

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記憶ない

 アルノが煙草をリヴァにくわえさせた。


「もう寝ます」アルノが言った。


 リヴァはアルノからもらった煙草を見て、視線を下げた。


「これ以上ここにいて、カイたちに見られたら面倒です」


「見られても平気だよ」


「あなたはそうでしょうね」


 アルノがこめかみを押さえた。


 まだ自分の腰に座っているリヴァを下ろそうとした、その時だった。


 足音がした。


 アルノが止まって、リヴァも振り返った。


 ガラス戸が開いた。


 カイだった。


 カーキのTシャツで、髪が少し乱れていた。寝起きの顔で、視線だけが鋭かった。


 デッキの上の二人を見た。仰向けから起き上がりかけたアルノと、その腰のあたりに座ったままのリヴァ。


 カイの目が、一拍止まった。


「探した」


 カイがそれだけ言って、リヴァを見て、それからアルノを見た。


 アルノがこめかみを押さえたまま、視線を逸らさなかった。


「……何をしている」カイが言った。


「部屋に運びました」アルノが言った。「眠れないと、出てきてこの状態です」


 カイがアルノを見て、アルノもカイを見ていた。


 間があった。


 その真ん中で、リヴァが欠伸をした。


「カイも座れば」


 アルノの煙草を吸い切って火を消した。


 カイの視線が、リヴァに戻った。


 カイが、息を吐いた。


 アルノも息を吐いた。


 二人の間にあった空気が、リヴァの一言で行き場をなくした。


 カイがデッキに入ってきた。


「酔い過ぎだ」カイがアルノに言った。「帰れ」


「あなたこそ、確認が済んだならもう戻っては」


「リヴァがいる」


「はい。それで?」


 リヴァが二人を見上げた。


 それから立ち上がろうとして、膝が少しふらついた。


 アルノの手が、すぐに伸びて腰を支えた。


 同時にカイの手も、反対側から肩に添えられた。


 二人の手がリヴァの左右にあった。


「中、入ろ」リヴァが言った。「外じめじめして暑いから」


 二人がリヴァを真ん中にして室内に入った。


 部屋は暗く、ベッドサイドの灯りだけが点いていた。


 リヴァはまっすぐシャワーを浴びに行った。


「……」


 何も言わずに、アルノとカイが残された。


 カイはソファに座り、アルノは壁際に立っていた。


「……」


 二人とも何も言わなかった。


 波の音と、リヴァのシャワーの音だけを聞いていた。


 出ていく素振りはなかった。


 二人は目を合わせなかった。


 カイの足だけが揺れていた。


 リヴァがキャミソールで出てきて、ベッドの端に座った。


 アルノがため息をついた。


 ドライヤーを持ってきて、リヴァの髪を乾かし始めた。


 リヴァは目を閉じて、何も言わずに受け入れていた。半分寝ていた。


 カイが横から水入りのグラスを渡した。


 そのまま、リヴァの隣に座った。


「飲め」


「ん」


 リヴァが一口飲んで、カイにグラスを渡した。カイはグラスをサイドテーブルに置いた。


 アルノがドライヤーを止めた。


 髪はまだ少し湿っていた。


 リヴァがゆっくりとカイの方に傾いた。


 カイの胸に、頭を預けた。


 カイの手が、リヴァの後頭部に回って、指が髪に絡んだ。


 アルノが見ていた。


 リヴァが目を閉じて、カイの心臓の音を聞いていた。


「……カイ、しんぞうの音、する」


 カイの指が、髪の中で一瞬止まった。


 アルノがカイと反対側に腰掛けた。リヴァの背中側だった。


 手をリヴァの肩に置いて、冷えていた肩をゆっくり撫でた。


 カイの胸に頭を預けたまま、リヴァが薄く目を開けた。


「アルノの手、あったかい」


「……」


 二人とも答えなかった。


 カイが、リヴァの顎に手をかけて、上を向かせた。眠そうなリヴァの顔が、灯りの中にあった。


 カイが、低く言った。


「眠いか」


「ん……すこし」


「寝かせてくれない気だ」リヴァが言った。


 ほとんど目を閉じて、笑っていた。


 カイが、目の前にいた。


 至近距離で、リヴァを見た。


「アルノに、甘えすぎだ」


「…カイにも」


 リヴァが小声で言った。


 カイが黙った。


 背中でアルノが笑ったのがわかった。


「……今のは、効きましたね」アルノが言った。


「……黙れ」


 アルノの手が、リヴァの腰に回って引き寄せた。


 リヴァの指が、カイのTシャツを握った。


 もう片方の手が後ろに回って、アルノの腕に触れた。


 リヴァはどちらも離さなかった。


 灯りが、ひとつだけ点いていた。


 窓の外でラグーンが黒く、静かに揺れていた。


 朝だった。


 雨の音で、目が覚めた。


 昨夜の星空が、嘘みたいだった。空が灰色に潰れて、ラグーンの水面が、無数の雨粒でざわついていた。


 リヴァは横向きで寝ていた。


 前に、アルノ。後ろにカイがいた。


 動こうとして、動けなかった。


 後ろから、カイの腕が腰に回って、抱え込まれていた。指がリヴァの腹のあたりで絡んで、眠っていてもほどけなかった。


「……雨、すご…」


 リヴァが、小さく言った。


 返事は、両側から来た。


「起きたか」後ろで、カイの声がした。


「おはようございます」前で、アルノが言った。


 アルノの唇が、リヴァの額に触れた。


「…起きてたの」


 リヴァが、身じろぎした。


 昨夜の酔いが、もう抜けかけていた。


「……なにがおきたか、覚えてない」


 リヴァの一言に、二人が止まった。


「へえ」アルノが言った。


 カイが笑った息が、後頭部にかかった。


 リヴァが二人の間から抜け出そうとした。


 頬が、熱を持っていた。


「どこへ行くつもりですか」アルノが言った。


「えっと……」


 カイが腕を少し緩めた。リヴァは動かなかった。


 アルノがリヴァの前髪を指で払った。その指でリヴァの頬の輪郭をなぞった。


「顔が赤いですよ」


「……雨で暑いだけ」


「雨で、暑い」


 アルノが繰り返した。笑った。


「ええ、そういうことにしておきましょう」


 リヴァが目を伏せた。


 後ろで、カイがリヴァのつむじに唇を寄せた。触れるか触れないかの距離で、息だけがかかった。


「逃げないなら、なぜ固まってる」


「……っ、なってない」


「……二人とも」


「はい」


「なんだ」


「いじわるしすぎ」


 アルノが笑った。前髪を払っていた指を、リヴァの唇の端に移した。


「覚えてないんですもんね」


 頬が熱くなった。


 その熱を、アルノが指の腹で確かめた。


「ほら、また」


「うるさい。覚えてる」


 カイが息をついた。


「よかった」


 リヴァがカイの腕を持った。


「よかったって何」


「…悪い」


 アルノがふと動きを止めた。


 ベッドサイドの内線に、手を伸ばした。


「朝食、頼みましょう。ここに」アルノが言った。


「……ユキナガ、部屋に一人なんじゃないの」リヴァが言った。


 アルノが受話器を取りながら言った。


「あれは、まだ寝ています」


「あれだけ飲むと昼まで起きない」カイが言う。


「ええ」アルノが言った。「間違いありません」


 リヴァが笑った。やっと、二人の手が少し緩んだ。


 アルノがルームサービスに何か伝えていた。カイはその間もリヴァとくっついていた。


 雨が窓を叩いていた。


 今日は、外に出られそうになかった。


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