星空
全員が眠っていた。
ランプがひとつ灯っているだけだった。波の音が一定で、卓の上にグラスと瓶が残っていた。
アルノが目を覚ました。
頭痛だった。ビールと煙草と寝不足が、こめかみの奥で重なっていた。目を開けても視界が滲んで、眼鏡がなかった。
しばらく動けず、手の甲で目を押さえた。
体を起こして、視界がぼやけたまま室内を見渡した。
長椅子に、リヴァがいた。
ブランケットが半分床に落ちて、首が変な角度に曲がっていた。胸の上に、アルノの眼鏡を抱えたままだった。
アルノが、しばらく見ていた。
息を吐いた。
立ち上がってリヴァのところまで歩き、ブランケットを拾って肩までかけ直した。
戻ろうとして、止まった。
長椅子は狭く、首の角度も悪かった。このままなら朝には体を痛めるし、冷える。
リヴァの肩を軽く叩いた。
起きなかった。
「リヴァ」
「……」
「起きてください」
「……やだ」
寝言のような返事だった。
アルノが、止まった。
「いや、そういう問題では」
リヴァは答えず、眼鏡を抱えたまま深く眠っていた。
アルノが屈んで、リヴァの腕を取り、肩を支えた。
「歩けますか」
「……」
「リヴァ」
「……むり」
全体重が、アルノの腕にかかった。
アルノが、黙った。
しばらくそのままでいた。
それから片腕をリヴァの背に、もう片腕を膝の裏に入れて持ち上げた。
リヴァが眠ったまま、アルノの胸元に頭を寄せた。
壁際でカラムが起きていた。
膝を立てて座ったまま、火のついていないRothmansを指に挟んで、アルノがリヴァを抱えて立つのを目で追っていた。
声はかけず、ただ見ていた。
ソファの方で煙の匂いがした。
奥ではヴィクトルだけが起きていて、暗がりでSobranieを吸っていた。
「部屋へ運びます」アルノが言った。
「そうか」
ヴィクトルはそれだけだった。止めず、手伝わず、煙を吐いた。
アルノがリヴァを抱えて、砂浜を歩いた。
カラムの視線がついてきた。
リヴァが、腕の中で動いた。
「……アルノ」
「起きているんですか」
「……めがね」
「ええ」
リヴァが、胸に抱えていた眼鏡を持ち上げて、アルノの方へ押しつけた。
「返す」
「……今ですか」
アルノが片腕でリヴァを支え直して、眼鏡を受け取ってかけた。視界が戻った。
リヴァは、もう眠っていた。
水上コテージのリヴァの部屋まで運んだ。
ベッドに下ろすと、リヴァがシーツの中で寝返りを打って、すぐに寝息が戻った。
アルノが、しばらく見ていた。それから、ブランケットを引き上げてかけた。
頭痛は引かず、むしろ運んだぶん、こめかみが脈打っていた。
部屋の空気が、こもっていた。
アルノがデッキに出た。
水上コテージのデッキは広く、小さなプールがあって、その向こうにラグーンが黒く広がっていた。空に星が出ていて、雲がなかった。
大きなソファベッドがあった。
アルノが、そこに仰向けに寝転んで、シャツの胸元を緩めた。JPSを上にくわえて、ライターで火をつけ、煙を星に向かって吐いた。
頭痛は、まだあった。
星を見ていた。
しばらく何も考えず、煙だけが上に昇っていった。
背後で、ガラス戸が開く音がした。
足音がした。素足だった。
リヴァが出てきた。半分眠った顔だった。
「アルノー」
間延びした声だった。
アルノが顔だけ動かした。
「……寝たでしょう」
「ねむれない」
「さっき運んだばかりですよ」
リヴァは答えず、デッキを歩いてきた。
そして、仰向けのアルノの腰の上に座った。
お尻がアルノの腰に乗って、足は片側に流れて伸びて、海の方を向いていた。重さが、アルノの腰にかかった。
「……なんでそこに座るんですか」
リヴァは無視した。
アルノの手が、リヴァの腰に添えられていた。
落ちないように支えているだけで、指一本動かさなかった。
リヴァが少しだけ後ろへ体重をかけた。
アルノの喉が動いた。
「頭、いたい?」リヴァが前を向いたまま言った。
「……ええ」
アルノは煙を吐いた。
それから、くわえていたJPSを指で抜いて、リヴァの口元に運んだ。
無言でくわえさせた。
リヴァが一口吸って、煙を吐いた。
アルノがリヴァから取り返して、また吸った。
星が出ていて、波の音がして、プールの水面がわずかに揺れていた。
「アルノ」
「はい」
「星、すごい」
「そうですね」
リヴァが空を見上げていた。アルノはリヴァの後ろ姿を見て、それからまた星に視線を戻した。
しばらく、二人とも黙っていた。
リヴァが手を出した。アルノが、また吸いかけを渡した。
「……あんなところに、置いておきたくなかった」
リヴァが、振り返りかけた。
「男だらけのところに、寝かせておけますか」
「……」
リヴァがアルノに傾いて、目を覗き込んだ。近かった。
アルノが目を逸らした。
アルノの手が、リヴァの太ももの上でわずかに動いた。撫でるというより、置き直しただけだった。
星が、出ていた。
アルノはリヴァの首筋を見た。
ラグーンの黒い水面に、星が落ちて、揺れていた。




