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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

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雑魚寝




 陸に戻ると、ロッジに夕食が並んでいた。


 その日に揚がった魚のグリルだった。レモンとハーブが乗っていた。ほかに、ココナッツで煮た魚のカレー、揚げたパンのようなものと、米。


 南国の甘い匂いのする料理だった。皿がランプの下で湯気を立てていた。


「うまい」フィンが言った。「これ何の魚」


「知らん」ヴィクトルが言った。


「うまけりゃいいだろ」レッドが言う。ひたすら食べていた。


 リヴァは、まだマンタの話をしていた。両手を広げて、大きさを示していた。


 フィンが律儀に相槌を打っていた。同じ話題に、初めて聞いたみたいに笑っていた。


 カイが、その隣で黙って食べていた。


 ユキナガだけが、隣のテーブルで端末を開いていた。頬杖をついていた。皿に、手をつけていなかった。


 ヴィクトルがグラスを片手に近づいた。ユキナガの画面を、横から覗いた。


「お前、まだ働いてるのか」


「もうちょい」


「飯、冷めるぞ」


「わかってる」


 ヴィクトルがユキナガの肩に手を置いて、隣に座った。画面を見た。


「何見てる」


「拠点のログ」ユキナガが画面をスクロールした。「なんか、変なのいる気がして」


 ヴィクトルが、グラスを持ったまま止まった。


「変なの」


「踏み込まれてはない。けど」ユキナガが眉を寄せた。「見られてる感じ。外から、ずっと」


「誰だ」


「わかんない」ユキナガが言った。「それが気持ち悪い」


 アルノはその場にいなかった。部屋で自分の仕事をしているようだった。


「アルノはなんて」


「報告はした」ユキナガが言った。「様子見でいいって」


「そうか」


 ヴィクトルが、ユキナガのグラスに、自然な動作でワインを注いだ。


「飲め」


「いや、だからまだ仕事」


「仕事は終わった」ヴィクトルが言った。「お前が今見たって、その変なのは消えない」


「……それはそうだけど」


「だったら英気を養うべきだ」


 ユキナガは端末を閉じようとした。一瞬止まった。


「…気のせいか」


 ユキナガが端末を閉じた。


 グラスを取って、一口飲んだ。


 ヴィクトルがすかさず注ぎ足した。


「ねえ」ユキナガが言った。「なんか潰そうとしてない?」


「まさか」


「してるだろ」


「もてなしてる」ヴィクトルが言った。「区別もつかないのか」


 リヴァが、長椅子の端で笑っていた。ユキナガが見た。


「リヴァ、こっち来て食べれば」ユキナガが言った。


 リヴァの隣にいたカイが、無言で睨んでいた。


「ユキナガの隣、椅子狭くない?」


「狭くない」


「俺の隣のほうが広いぞ」ヴィクトルが言った。


「は?」ユキナガがヴィクトルを見た。「なんでお前が誘うんだよ」


「悪くない椅子だ」


「俺が先に言ったんだろ」


 ヴィクトルが笑った。ユキナガのグラスに、また注いだ。


 ユキナガが対抗するように飲み干した。


 レッドが横で見ていた。テキーラのボトルを引き寄せた。


「アメリカ式でいくか」


「アメリカ嫌い」


「テキサスのテキーラだ」


「テキサスも嫌い」


「飲め」


 レッドがショットグラスをユキナガの前に置いた。ユキナガがそれも飲んだ。意地になっていた。


 顔を歪めた。



「そういえば」リヴァが言った。「レッドって、なんでレッドなの」


 レッドがテキーラのボトルを持ったまま、リヴァを見た。


「かっこいいだろ」レッドが笑った。


「うん。おわり?」


「おわり」レッドが言った。「イーサンもだぜ」


 テキーラのボトルで、少し離れたところにいたイーサンを指した。


 イーサンが顔を上げた。


「え」リヴァが言った。「イーサンって通り名だったの」


「レッド」


「いいだろ。別に」


 レッドは気にせず、ショットグラスの下から紙のコースターを抜いた。


 ヴィクトルに手を出した。


「ペン」


 ヴィクトルが一拍躊躇して、胸元からペンを出し、レッドに渡した。金の装飾が凝った、上質なペンだった。年季が入っていた。


 レッドは気にも留めずそのまま豪快にペンを掴み、コースターとペンをイーサンの前へ滑らせた。


「書いてもらえ」レッドは笑った。「アイルランドの名前だ」


「お前これ何回やるんだ」


 イーサンはそう言いながら、ペンを取った。


 コースターに書いた。


 リヴァの前へ置いた。


『Caoimhín』


 リヴァが、文字を見た。カイが覗き込んだ。ユキナガも見た。


「……なんて読むの」


「カオイム…ヒン」ユキナガが言った。


「キーヴィン」イーサンが言った。


 一拍あった。


「え、アルファベット合ってないだろ」ユキナガが言った。


「すげえだろ」レッドが得意げだった。「だからイーサンって名乗ってる」


 いつの間にかアルノが合流して、ヴィクトルの隣に座った。


「ケヴィンとかにしなかったんですね」アルノが言った。「そちらの方が近い響きなのに」


「部隊にいた」


「ケヴィンが?」


「ああ」


「それだけ?」リヴァが言った。


「充分だ」イーサンが言った。


 レッドが声を出して笑った。


「こだわりとか無いんだよこいつ」


 ヴィクトルがペンを回収して胸ポケットに戻した。


 リヴァはコースターを持ち上げた。もう一度、書かれた文字を見た。


「キーヴィン…」


 確かめるように言った。見ても確かめようがなかった。


 イーサンがリヴァを見た。


「ああ」


「イーサンの方がいい?」


「呼びやすい方でいい」


 リヴァは少し考えて、コースターをテーブルに戻した。


「じゃあ、イーサン」


「ああ」


 レッドが新しいショットグラスをユキナガの前へ押した。自分とヴィクトルのグラスにも注いだ。


「だからなんでだよ」


「ほら次。Bottoms up,(乾杯) y'all!」


 三人がグラスを合わせた。小さく鳴った。


 三人とも飲み干した。


 フィンが、テーブルの下で指を一本折った。


「今、数えた?」ユキナガが言った。


「数えてないよ」


「指折っただろ」


「ストレッチ」フィンが笑った。


 レッドは自分の空けたショットグラスに注いで、イーサンに渡した。


「ほれ、キーヴィン」レッドが言った。


 イーサンが飲んだ。




 しばらくして、ユキナガがテーブルに肘をついた。


 リヴァがヴィクトルを見た。


「ユキナガ、大丈夫?」


「…ん」


「あいつは溜めるタイプだ」ヴィクトルが言った。「抜かないと駄目になる。だから、先に倒しておく」


「理屈おかしいよ」


「理屈ではない」


 ヴィクトルが煙草に火をつけた。煙を吐いた。


 リヴァが少し離れたところにいたイーサンを見た。


「イーサン」


 イーサンが立ち上がってリヴァの方に来た。腰を曲げてリヴァの顔に近づいた。


 リヴァはヴィクトルを見た。次に、レッドを見た。


 小さく指をさした。


「二人も」


 イーサンも二人を見た。


「了解」


 口角が上がっていた。


 グラスを持って、二人の方へ移った。


「え、暗殺指示?」フィンが言った。


 アルノは既に、テーブルの端で静かに頬杖をついて赤くなっていた。




 数十分後。


 ユキナガが、テーブルに頬をつけた。


 数秒動かなかった。


「……寝たか」レッドが言った。


「さすがにバーテンはしぶとかったな」ヴィクトルが言った。


 レッドとヴィクトルが頬杖をついて脱力していた。


「大健闘だな」イーサンが横からレッドとヴィクトルにワインを注いだ。


「おい」レッドが目を細めてイーサンを見た。


 イーサンは表情を変えなかった。自分のグラスにも同じ量を注いだ。


「終わりか?」


 イーサンはレッドとヴィクトルのグラスに、自分のグラスを静かに合わせた。


「Sláinte(スロンチャ)」


 小さく音が鳴った。


「なんだそれ、アイルランド語か?」ヴィクトルが言った。


 ため息をついて、レッドとヴィクトルはグラスを持ち上げて飲んだ。




 カイが自分のジンロックを飲み干してから、立ち上がった。


 ユキナガの脇に手を入れて、肩に担いだ。ユキナガが、ぐったりと体重を預けた。


「カイ、運べる?」リヴァが言った。


「軽い」


 カイがユキナガを担いだまま、ドアの方へ歩いた。


 その間も、イーサンは二人のグラスが空くたびに同じ量を注いだ。


 レッドの声が先に減った。


 ヴィクトルの返事も、少しずつなくなっていった。



 カイが戻ってきた。


 レッドとヴィクトルを見た。二人とも下を向いていた。次に、顔色の変わっていないイーサンを見た。


 イーサンが、新しいワイングラスをカイの前に置いた。赤ワインを入れた。


 カイは黙って座った。


 無言で二人はグラスを持った。なみなみと注がれていた。


 二つのグラスが鳴った。カイはイーサンを睨んだまま飲んだ。


 イーサンは一瞬口角を上げ、飲んだ。


 リヴァが、それを見て少し笑った。


「最終決戦だあ」


 カイがリヴァを見て、口角を上げた。今にも眠りそうなリヴァにクッションを渡した。


 波の音が一定だった。卓の上に瓶とグラスが散らばっていた。


 リヴァは目が半分閉じていた。クッションを抱えて、ぼんやりと海を見ていた。


「海の音、する」


 リヴァが誰にともなく言った。


 リヴァが、卓の上に手を伸ばした。半分眠ったままだった。近くにあったグラスを持ち上げた。ヴィクトルの赤ワインだった。


 ヴィクトルが腕を組んで下を向いたまま、薄く目を開いた。


 一口飲んで、眉が寄った。


「しぶい」


「高いぞ」ヴィクトルが顔を上げて言った。


「いらない」


 リヴァがグラスを戻して、また目を閉じた。


 フィンが吹き出した。


 ヴィクトルがそのグラスを見て、リヴァを見た。何も言わなかった。同じグラスを持ち上げて、一口飲んだ。


 カイが顔をしかめた。


 リヴァの体が傾いて、近くにいたアルノの方に倒れかけた。


 目が薄く開いた。アルノの顔に、手を伸ばした。


「リヴァ?」


 アルノが動く前に、リヴァの指が眼鏡に触れた。外した。


 アルノが固まった。


 酔っていて、反応が遅れた。


 リヴァは眼鏡を両手で抱えた。胸に抱え込むように持って、そのまま目を閉じた。


「……」アルノが手を伸ばしかけた。「リヴァ」


 リヴァは答えなかった。眼鏡を抱えたまま、深く眠っていた。


 フィンが声を殺して笑った。


「あとで…返してくださいね」アルノが言った。


 リヴァはもう眠っていた。


 しばらく、波の音だけがした。


 リヴァが小さく寝言を言った。


「……左」


 間があった。


「……風、待って」


 イーサンが、声に反応して顔を上げた。声を出そうと何か言いかけて止まった。


 壁際にもたれて座っていたカラムが、立ち上がって、一歩動いた。フィンがカラムを見た。そこで止まった。


「……右、二」


 言いながら、リヴァの右手が少し揺れた。


 ヴィクトルがリヴァの右手を掴んだ。


 その指が引き金を引く前に、人差し指と中指を手で包んだ。


「作戦中止(アボート)だ」ヴィクトルが言った。「帰るぞ」


「……」


 リヴァはまた寝息を立て始めた。


「オラヴル、銃、なんでないの……?……」リヴァが寝言を言った。


 ヴィクトルが笑った。


 カラムは戻った。フィンが座るソファの横の床に座った。


 会話はもうなくなっていた。


 イーサンがAmerican Spiritを灰皿に押しつけた。カイが壁際で腕を組んで、目を閉じた。フィンがソファの背に頭を預けていた。


 卓の上で、ヴィクトルのワインが灯りを受けて、底の方で赤く沈んでいた。


 リヴァの腕の中で、アルノの眼鏡が小さく光っていた。

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