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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

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ダイビング




 昼。桟橋から島を出て、四十分が過ぎていた。


 クルーザーは白い船体に水色のラインが入っていた。船尾にダイビング用のラダーが下りていて、タンクがラックに並んでいた。


 空が高かった。浅いところはミルクを混ぜたような水色で、深くなるにつれて青が濃くなっていった。船の影が海底の砂に落ちて、十数メートル下が透けて見えていた。


「透明すぎて怖いな」フィンが手すりから下を覗いて言った。「底、見えるじゃん」


「泳げるだろお前」レッドが言った。


 ユキナガがタープの下でラップトップを膝に乗せていた。眉が寄っていた。


「電波ねー」


 アルノが眼鏡を押し上げた。今朝着ていたものとは違う、水色のポロシャツを着ていた。


「だから部屋でやると言いました」


「やだ」ユキナガが言った。「バカンス来てんのに部屋こもってんの、意味わかんない」


 アルノが何か言いかけて、やめた。画面に戻った。


 レッドがその二人を見ていた。コーヒーを一口飲んで、ユキナガを見て、アルノを見た。


「……お前ら、休みに来てるんだよな」


 二人とも答えなかった。


 イーサンは船尾の高いところで本を開いていた。風がページを煽って、指で押さえた。


 カラムはタープの下で柵にもたれて煙草を吸っていた。さっきからずっと吸っていた。


 カイがタンクのバルブを確認していた。レギュレーターをくわえて呼吸を一度確かめ、ゲージを見た。手が止まらなかった。


「いくつまで潜ったことあるんだ」ヴィクトルがカイに言った。


「……82まで。任務で」


「そりゃすごい」


「……それやりたくてSEALs入ったとかありそう」ユキナガが言った。


「…全てではない」カイが言った。


 リヴァが隣に来た。ウェットスーツを半分だけ着ていた。


「離れるな」カイが言った。「12メートルまでだ。耳抜きはできるな」


「うん」


 カイがフィンを向いた。


「問題は」


「大丈夫。何回かやったことある」


「何回かやったならCカード取れ」


「資格?…そこまではいいよ」


 カイは首を傾げた。


 リヴァがウェットスーツを着込み、器材を背負った。カイが肩のストラップとバルブを順に確かめた。


 カイがリヴァの胸元のインフレーターを取った。


「これが給気。こっちが排気。降りる時は自分で空気を抜け。わからなくなったら触らず俺に合図しろ」


「うん」


「浮きたくなっても、一気に入れるな」


「わかった」


 カイが左手首を上げた。黒くて厚みのある、ダイブコンピュータ。


 カイが指で画面に触れた。


 黒い画面が灯った。有機ELの深い黒から、白い数字が浮かび上がった。水深、水温、経過時間。陽の下でも表示ははっきり見えた。


「それ、時計じゃなかったんだ」


「ああ」カイが言った。


 カイが船縁へ腰を下ろした。リヴァも隣に座った。


 カイがリヴァを見た。リヴァの残圧計を確かめた。


「背中から入るか」


「……背中?って何」


 カイは無言でリヴァのマスクをつけて、髪をよけた。レギュレーターを咥えさせた。


「空気吸えるか」


 リヴァが頷いた。


「よし」


 カイがリヴァの肩を押して背中から海に落とした。


「うわあああ」


 咥えたままのリヴァの声がくぐもって響いた。大きな水しぶきが聞こえた。


 ユキナガがそれを見て笑った。


 カイはリヴァを確認してから自分も背中から海へ倒れた。フィンが船尾の梯子からゆっくり入った。


 水が体を包んだ。冷たくはなかった。


 船尾から白いラインが海中へ伸びていた。リヴァはそれを掴んだ。


 リヴァがインフレーターの排気ボタンを押した。身体がゆっくり沈み始めた。カイが正面について、下降速度を見ていた。


 青が上から下へ濃くなっていった。光が水の中で筋になって、何本も斜めに落ちていた。リヴァが手を伸ばすと、光の筋が指の間を通った。


 12メートルでカイが止まった。サンゴ礁の縁だった。浅い棚が切れて、その先が落ちていた。底が見えず、濃い青が下にどこまでも続いていた。


 棚の上に魚がいた。青と黄色の縞が群れで動いていて、リヴァが近づくと群れが割れた。割れて、また閉じた。銀色の小さい魚がリヴァの周りを囲んで、一斉に向きを変えた。


 リヴァがカイを見て、指をさした。カイは頷いた。


 フィンがリヴァの横に来た。カイと反対側で、リヴァの隣を取った。


 カイがフィンを見た。


 カイがリヴァの腕を軽く引いて、自分の側に寄せた。フィンがまた横に来た。カイがまた引いた。水の中で、二人が無言で位置を争っていた。


 リヴァはサンゴの方を見ていた。


 その時だった。


 縁の向こうの濃い青の中から、影が来た。


 マンタだった。翼をゆっくり打っていた。幅がリヴァの背丈の何倍もあって、腹が白く、黒い背中に白い斑があった。ただ滑っているようだった。


 リヴァが止まった。


 マンタが頭上を通って、光を一度遮った。影がリヴァの上を滑っていった。腹の白さがすぐ近くにあって、手を伸ばせば届きそうだった。


 マンタが旋回して、一度戻ってきた。リヴァたちの周りをゆっくり回って、それからまた縁の向こうの青に滑り落ちていった。


 消えた。


 カイはマンタではなく、リヴァを見ていた。


 リヴァがカイを見て、両手を広げた。


 カイの目が、少しだけ笑った。


 リヴァはしばらく青の中にいた。


 カイが上を指した。


 浮上して、リヴァがマスクを外した。


「見た!?」


 リヴァがラダーにつかまったまま、声を張った。


「マンタ、すぐそこ、来た」


「ああ」カイが隣で浮いていた。


「手、届きそうだった」


 フィンが先に上がっていた。デッキから身を乗り出していた。


「楽しかった?」


「うん!」


 いつもより声が大きくて、フィンが一瞬目を見開いた。それから笑った。


 リヴァの声に、イーサンが本から顔を上げた。


 アルノも端末から目を離した。そのまましばらく、リヴァを見ていた。


 リヴァがラダーを上がった。タンクの重みで、足元がふらついた。カイが下から支えた。


 デッキに上がると、ヴィクトルがタオルを投げてよこした。


「大興奮だな」


「マンタいた」


「いいなあ」奥からレッドが言った。「俺も入りゃよかった」


 リヴァがタオルで顔を拭いた。髪から水が落ちていた。まだ興奮していた。喋りたいことが、口に追いつかないようだった。


 ヴィクトルはリヴァの話を聞きながら、笑っていた。ユキナガが遠くで頬杖をしてそれを見ていた。


 カラムがタープの下から、リヴァが濡れたまま喋り続けているのを、しばらく見ていた。それから、長椅子に横倒しになった。


「船酔い頑張れ」フィンがカラムに言った。


「……黙って」




「黒海とは全然違うな」ヴィクトルが言った。


「大西洋ともな」イーサンが言った。アイルランド語の本を閉じて、横になった。「酔った」


「あーあー、本なんか読むから」レッドがイーサンに笑った。


「地中海とも違う?」フィンがカラムに言った。


 カラムは何も反応しなかった。目を閉じていた。


「死んだ?」


「……むり」


 フィンが離れた。


 日が、ゆっくり傾き始めていた。


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