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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

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I don't know why



 浜辺での夕食。


 リヴァは鏡の前に立った。


 今日、首にパールのネックレスをつけた。豪華客船の任務でヴィクトルがくれたものだった。


 オフショルダーの白いショートワンピースの裾を揺らした。足元はベージュのフラットなレザーサンダル。アクセサリーはそのパールだけにした。


「リヴァ準備できた?」


 部屋の外から、フィンの声がした。


 出るとユキナガも待っていた。


「え、かわいい」リヴァの姿を見たユキナガが言った。「南国感ある」


 リヴァが笑った。


「行こっか」フィンが言った。


「うん」


「山盛りの蟹あるらしい」ユキナガが言った。


「やば」


「早く行こ」


 フィンが走った。


 ユキナガとリヴァが追いかけた。




 両側のラグーンが、薄く銀色に光っていた。等間隔に置かれた炎が、足元を照らしていた。


 桟橋の終わりから、白い砂浜に出た。


 砂浜の中央に、長いテーブルがあった。花々が散らしてあった。


 会場の周囲を背の高いトーチが囲んでいた。火がオレンジ色に揺れて、砂浜と海の境界を曖昧にしていた。


 砂浜の奥に、ステージがあった。キーボード、チェロ、アコースティックギター、カホン。スタッフが調整をしていた。


「うわ」ユキナガが言った。「マジか」


「ヴィクトル、やりすぎ」


 リヴァが先に砂を踏んだ。サンダルを脱いで、片手にぶら下げた。砂が温かかった。


 カイがテーブルの脇に立っていた。


 黒のリネンシャツ、ベージュのリネンパンツ。素足。


 近づくと、今日は白檀みたいな匂いがした。


「カイ今日いい匂いする」


「ああ」


「綺麗な砂浜だね」


「ああ」


「何か言ってよ」


 カイが少し間を置いた。


 リヴァのワンピースを見た。


「……綺麗だ」


 カイがリヴァの椅子を引いた。


「……砂浜の話、なのに」


 リヴァが座った。カイがリヴァの真横に座った。テーブルの下で、二人の足が砂の上で並んだ。


 フィンがギターケースを、ステージの脇のスタンドに置きに行った。戻ってきて、リヴァの斜め前に座った。


 ヴィクトルがテーブルの反対側からやってきた。シャツのボタンを三つ開けていた。両手にワインボトル。


「集まってきたな」


「アルノ、今夜は仕事するなよ」


 レッドが続けて到着した。手にバドワイザーの瓶。赤いラベルだった。


「…」アルノは端末をポケットに入れた。


 ヴィクトルがリヴァのグラスに、白ワインを注いだ。


「なんでいつも白ワイン勝手に入れるの」


「お前に飲ませる名目で、毎晩良いボトルを開けてるからだ」


 ヴィクトルが鼻歌を歌い始めた。自分のグラスに注いで、そのグラスをリヴァのワイングラスに軽く当てた。


「Pentru ochii tăi frumoși!」白ワインを飲んだ。


「…なんて?」


「君の瞳に乾杯。いいネックレスしてるな」


「……」


 リヴァは一口白ワインを飲んだ。


 カラムが砂浜に現れた。黒のリネンシャツに、黒のリネンパンツ、黒のローファー。


 一度、視線を巡らせてから、テーブルに来た。海を背負わない側に進んだ。


 カラムがリヴァの斜め向かいに座った。


 リヴァが手に持っていた白ワインをカラムに渡した。


「……」


 カラムはしばらく見て、受け取って飲んだ。


 イーサンも到着した。オリーブグリーンのリネンシャツ。袖を肘まで折っていた。カラムの隣に座った。互いに何も言わなかった。


「全員揃った」ヴィクトルが言った。「乾杯でもするか」


「もう飲んでるでしょう」アルノが言った。


 その時、風が吹いた。リヴァが顔を上げた。


 振り向いて、トーチの向こうの砂浜の終わりに目をやった。そこから先は、何も見えなかった。


「どうした」


 カイが言った。


「なんか」


 リヴァが暗闇を見た。


「…狙われそう」


 カイが立ち上がり、リヴァの半歩右後ろに立った。リヴァの左肩に手を置いた。


「ポイントが無い」イーサンが言った。「ヘリは音で気づく。ボートは桟橋しかない」


 フィンがカラムを見て、軽く手を振った。


「警備コンサル」


 カラムが視線に気づいて、言った。


「……俯角、取れない」カラムが続けた。「光でぼやけて夜はもっと無理」


「水中スクーターはサンゴで音が出ます」アルノが言った。


「スタッフは身辺調査済み」ヴィクトルが言った。「食材も本土から直接だ」


 ユキナガが端末を確認して、言った。「大丈夫。異常ないよ」


「座って食えばいい」レッドが言った。


 畳みかけられて、リヴァが思わず笑った。


「ありがとう」


 ヴィクトルが奥からグラスを持ってきてリヴァの前に置いた。今度は赤ワインのコルクを抜いて、注いだ。そのあと、自分のにも注いだ。カイがそのグラスを無言でカラムの前に置いた。


「皆急に喋りはじめたの、面白すぎでしょ」フィンが笑った。


「お前ら、休暇に来てるんだぞ」レッドがバドワイザーを栓抜きで開け、一口飲んだ。


 シェフが調理を始めた。


 大皿に、オイスターが山になっていた。氷の上で、殻が銀色に光っていた。レモンとタバスコ、ソースが添えてあった。


 もう一皿に、蟹が山盛りだった。茹で上がったばかりで、湯気が立っていた。


「うわ、牡蠣もある」ユキナガが言った。「何個あるんだよ」


「蟹だー」フィンが言った。


「好きなだけ食え」ヴィクトルが言った。


 リヴァがオイスターを一つ取った。


「でか」リヴァが言った。


 レモンを搾って、すすった。


「おいしい」ヴィクトルの方を見た。ヴィクトルが笑っていた。


 リヴァが蟹に手を伸ばした。


 カイが取った。


 割って、身だけをリヴァの皿に戻した。


 もう一つ取って割った。それもリヴァの皿に乗せた。


「カイ、いいよほじくりたい」


「……わかった」


 ヴィクトルがようやく座り、自分の皿にオイスターを取り分けた。手つきが優雅だった。鼻歌を続けていた。


 アルノはオイスターを二つだけ取っていた。


「アルノ、蟹は」レッドが言った。


「結構です」


「リヴァが頼んでたやつだぞ」


「……一つ」


 ヴィクトルが蟹を一つ、アルノの皿に乗せた。


「ビール飲むか」レッドがリヴァに言った。バドワイザーを出した。


 レッドが瓶の栓を抜いて、リヴァに渡した。赤いラベルだった。リヴァが一口飲んだ。


「ありがと。おいしい」


 カイがその瓶をリヴァから少し離れた位置に置いた。


 カラムがオイスターを次々に取っていた。


「カラム、牡蠣好きなんだ」リヴァが言った。


「……牡蠣、初めて食べた」


 ヴィクトルが笑った。


 食事が終わりに近づいた頃、ステージの調整音が止まった。




 スタッフが下がった。


 フィンが立ち上がった。


「俺、ちょっと弾く」


「お前、メシは」レッドが言った。


「食べた。デザートはまた後で」


 フィンがステージの脇から、ギターケースを取った。サンバーストのギブソン・ハミングバード。スツールに腰掛けた。チューニングを確認した。指で軽くコードを鳴らした。


 イーサンが立ち上がって、何も言わずにステージに上がった。チェロを膝の間に挟んだ。


「E、C♯m7、F♯m7、B7」フィンが言った。


「ジャズフィールで」イーサンが言った。


「三度抜きで」


「了解」


「ジャズ弾くんだ」ユキナガが言った。


「呪文みたい」リヴァが言った。


 レッドが立ち上がった。バドワイザーをテーブルに置いて、ステージの端のカホンの前に座った。両手を表面に乗せて叩いた。


 フィンがリヴァを見た。


「リヴァ」


 リヴァが止まった。


「……ほんとにやるの」


 フィンが少し笑った。


「大丈夫」


 その時、イーサンが立ち上がった。チェロを膝から下ろして、ステージから降りた。リヴァの隣に立った。


 手を差し出した。


「来い」


 リヴァがイーサンの手を見た。それから、取った。


 イーサンがリヴァをステージの前まで連れていった。マイクスタンドが中央に立てられていた。それから、チェロに戻った。


 リヴァがステージに上がった。マイクの前に立った。


 砂浜より一段高くなった視界から、テーブルが見えた。全員がこちらを見ていた。


 トーチの火が、一度だけ風で揺れた。


 リヴァが、マイクとの距離を確認した。


「……しらないよ」


 フィンがイントロを弾き始めた。ジャズのスイングが、夜の砂浜に低く転がり出した。イーサンがチェロでベースラインを乗せた。低音が砂を震わせた。


 リヴァが息を吸った。


『I waited 'til I saw the sun』


 声がスピーカーに乗った。


 リヴァは、動かなかった。


 マイクを握らなかった。肩も揺れなかった。客席を探さなかった。


 ただ、前を見ていた。目は少し泳いでいた。


『……I don't know why…』


 声が、細かった。透明だった。


 声がところどころ震えていた。その震えが、語尾に乗って伸びた。


 カラムが、煙草を持つ手を止めた。


 ヴィクトルが、目を細めた。


 アルノが端末から顔を上げていた。


 ユキナガが頬杖をついてみていた。


 リヴァが、最後の一節を少しだけ伸ばした。


 声がフェードした。イーサンのチェロが、最後の和音を長く引いた。フィンのギターが終止した。レッドのカホンが消えた。


 音が消えて、波の音だけになった。



 リヴァが、マイクから少し下がった。


「……」


 レッドが先に手を叩いた。


「……上手いじゃん」ユキナガが言った。


 ヴィクトルがゆっくり拍手した。アルノもしていた。


 リヴァが、少しはにかんだ。


 カラムはまだ煙草を口元の手前で止めていた。


 カイがリヴァを見ていた。


「……いい」


「カイ語彙力失ってるよ、リヴァ」フィンが笑った。


 リヴァが笑った。


 イーサンがチェロを横にして立ち上がった。リヴァに手を差し出した。リヴァがその手を取った。ステージから降りる時、ほんの少しだけよろけた。イーサンが支えた。


「……ありがとう」


「ああ。良かった」


 リヴァが、自分の席まで歩いた。砂がまだ温かかった。


 ヴィクトルが、Sobranieに火をつけた。海の方に、煙を吐いた。


「リヴァ」


「ん」


「どこでステージに立ってた」


 リヴァが、困ったように首を傾げた。


「……そうか」


 カラムがようやく煙草をしまった。火はつけないままだった。


「いい夜だな」レッドが小さく言った。


「うん」ユキナガが言った。「いい夜」


 少しだけ間があった。


 イーサンがチェロをスタンドに戻して、戻ってきた。American Spiritに火をつけた。煙を一度、長く吐いた。


「私も」リヴァが言った。


 Marlboroを一本くわえた。


 カイがマッチを擦った。火を寄せた。リヴァが顔を近づけて、吸った。


「ありがと」


 煙をゆっくり吐いた。


 カイはリヴァに水を入れて前に置いた。カイも水を飲んでいた。


「なんでカイ水なの」


「……明日は大事な日だ。飲みすぎるな」


「…?」


 デザートが運ばれてきた。ココナッツのアイスとマンゴー。


 レッドがコーヒーを頼んだ。カラムが二つ目のアイスを取った。




 夜が、緩やかにほどけていった。


 一人、また一人と、席を立ち始めた。


「俺も寝るかなー」レッドが伸びをした。


 アルノがカイに言った。


「カイ、例の話少し詰めます」


「ああ」


「ユキナガも」


「はぁい」ユキナガも立ち上がった。


「おやすみ」


「うん」


 イーサンがチェロケースを担いだ。カラムが立ち上がった。ヴィクトルがボトルを片手に、スタッフと何か話していた。


 リヴァも立ち上がった。サンダルを手に持ったまま、裸足で砂を踏んだ。


 フィンがグラスを置いた。


 立ち上がった。ギターケースを肩にかけた。


「送るよ」フィンが言った。


「いいよ。一人で帰れる」


「……一人で帰したくない」


 リヴァが、フィンを見た。


 フィンが視線を逸らした。


「歌、すごく良かった」


 トーチの火が、二人の影を砂の上に長く伸ばしていた。


「……うん」


 二人が桟橋の方へ歩き出した。


 後ろでトーチが一つずつ消されていった。

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