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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第九章「閉じた環礁 ―The Closed Atoll」

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寝落ち

 


 夕食後コテージに戻り、リヴァはシャワーを浴びた。


 髪を乾かして、薄いキャミソールのパジャマに着替えた。さっきまで着ていたものとは別の、柔らかい生地だった。


 ベッドに入った。シーツが冷たかった。


 静かで、波の音だけがしていた。


 端末を開いた。通知があった。


 アルノが、帰国後の任務内容を一斉送信しているのが見えた。


 リヴァは見ずに端末を閉じた。


 目を閉じた。




 どれくらい経ったか、わからなかった。


 ドアが、少しだけ開いた音がした。


 閉じた。




 数分後、また開いた。


 リヴァがその音に、薄く目を開けた。


 カラムが少し屈んで覗いていた。黒いTシャツを着ていた。手ぶらだった。


「……カラム?」


「……ん」


 間があった。


「…入っていいよ」


 カラムが部屋に入った。


 緩いウェーブの髪が、エアコンの風に揺れた。


「どうしたの」


 カラムは俯いて答えなかった。少し玄関で立っていた。


「寝れないの?」リヴァが聞いた。


 カラムがこちらを見て、小さく頷いた。


 リヴァがシーツを少し持ち上げた。


「ん」


「……床でいい」カラムが言った。


「なんで。ベッド広いよ」


「……寝たら、動けない」


 リヴァが少し笑った。


「いいよ。動けなくて」


 カラムはしばらく動かなかった。


「来て」


 少しして、カラムの控えめな足音がした。


 それから、もぞもぞとベッドに入ってきた。リヴァの隣に横になった。丸まった。


 リヴァの腹に顔を埋めた。


「……」


 カラムが顔を押し付けた。


 リヴァが、カラムの髪に手を乗せた。


 カラムの肩の力が、抜けた。


「カラム」


 反応がなかった。


 代わりに、小さな吐息が聞こえた。


「え」


 リヴァが小声で笑った。


 急にリヴァの瞼も重く感じた。






 朝だった。


 部屋に白い光が入っていた。ラグーンからの反射が、天井で揺れていた。


 腰のあたりに、重さを感じた。


 カラムが腰に腕を回して、絡みついていた。まだ、頭をリヴァの腹に埋めていた。


 もう片方の手が、リヴァのキャミソールの裾を握っていた。


 リヴァはカラムを見た。


 眉の間に皺がなかった。顔の力が抜けていて、幼く見えた。


 小さい寝息が聞こえた。


 リヴァが少し動いた。


 しばらくして、カラムが目を開けた。


 動かなかった。普段より目が大きく開いた。


 リヴァの腹のあたりの布を見たまま、カラムが固まっていた。


「……明るい」


 カラムが、ゆっくり体を起こした。髪が乱れていた。リヴァの裾を握っていた手が、ようやく離れた。


 ラグーンが、朝の光を反射していた。


「……なんで」カラムが呟いた。


 少し間があった。


「おはよ」リヴァが言った。


「……ん」


 カラムがリヴァを見た。


「朝ごはん、行こ」リヴァがベッドサイドの時計を見て言った。「多分もうみんな起きてる」


「……ここにいたの、カイに何か言われる?」


「なんで?」


「……夜、部屋に…居たから」カラムが言った。


「?だってカイだよ」


 カラムが黙った。


「優しいし」リヴァが言った。


 リヴァをしばらく見ていた。


「……そう」


 カラムが一度、目を擦った。


 リヴァがベッドから出て、洗面所の方に歩いた。


「歯ブラシあるよ、なんか掃除入るたび増えてる」


「……ん」


 カラムが床に足をつけた。




 朝食のロッジに、リヴァが入ってきた。


 その後ろから、カラムが入ってきた。黒いTシャツで、髪が乱れたままだった。


 ユキナガが顔を上げた。リヴァを見た。カラムを見た。


「……なにごと?」


 フィンは皿に目を落としたまま、フォークを止めた。


「……いないと思ったら」


 リヴァは髪を結びながら言った。


「寝かしつけした」


「……」カラムは何も言わなかった。


「…リヴァ、寝かしつけって何」ユキナガが言った。


 フィンが眉を寄せてユキナガを見た。


「五秒でカラム、寝ちゃった」リヴァが言った。


「え…」


 ユキナガとフィンが止まった。


 レッドがコーヒーから目を上げた。二人を見た。


「お前ら早く食え。イーサンとカイなんてとっくに食べて、ダンベル上げてるぞ」


 ヴィクトルは新聞を読みながらコーヒーを飲んだ。


 アルノが、フォークを置いた。


 リヴァを見た。それからカラムを見た。カラムの乱れた髪を見た。


 眼鏡のブリッジを押し上げた。


「リヴァ、朝食を食べたらシュノーケリングだとカイが言っていました」


「行く」リヴァが言った。


「泳ぐか」レッドが立ち上がった。






 浅瀬は、信じられないほど透明だった。


 膝の高さでも、足の指まで見えた。少し進むと、サンゴの間を魚が動いた。青と黄色の縞。手の届く距離だった。


「うわ、近い」ユキナガがマスクをつけたまま言った。声がくぐもっていた。


 リヴァが顔を水につけた。すぐに上げた。


「魚いる」


「ああ」カイが言った。


 レッドが大きな水しぶきをユキナガに上げた。


「やめろよ」


「もっと若者らしくしろ、少年」


 レッドがもう一度上げた。


「なんでテキサスゴリラと水の掛け合いしないといけないんだよ」


「テキサスゴリラ…更に強そうでいいな」


 ユキナガが本気で逃げた。


 リヴァが水面に顔をつけた。縁の向こうの、濃い青を見た。顔を上げた。


「与那国の時、海入れなかったから」リヴァが言った。「みんなで入れて良かった」


「ああ」


「やっぱり違うもの?ここと」


「与那国は、もっと青い」


「ここより?」


「ああ」カイが少し沖を見た。「海底遺跡もある」


「え!行ったことある?」


「何回もある」カイが言った。


「…素潜りじゃ行けないか」


 リヴァがカイを見た。カイは沖を見たままだった。


 カイがマスクを外した。


 息を一つ吐いた。


 そのまま、真下に沈んだ。


 身体が音もなく消えた。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


「え」


 リヴァが言った。ユキナガの方を見た。ユキナガも顔をしかめていた。


 まだ上がってこなかった。


「すげえな」レッドが言った。


 しばらくして、カイが浮上した。


 髪をかき上げた。


「今のが素潜りだ」


「無理」


「ああ」


 カイが口角を上げた。



「私ももっと深いとこ行ければな」リヴァが言った。


「ヴィクトルが、機材の準備をしてると言っていた」カイが言った。


「機材?」


「明日にはわかる」




 砂浜には、四人が残っていた。


 ヴィクトルがパラソルの下のチェアに座って、グラスを持っていた。白ワインだった。


 アルノが隣で端末を開いていた。


「フィンは」アルノがヴィクトルに聞いた。


「飯食った後、部屋でギター弾いてる」


 ヴィクトルが一口飲んだ。


 アルノが手元から、ヴィクトルのグラスに目をやった。


「朝からですか」


「南国だぞ」ヴィクトルが言った。「正午を過ぎれば夜のようなものだ」


「まだ十時です」


「誤差だ」


 アルノが端末に視線を戻した。


「飲むか」ヴィクトルがイーサンにワインボトルを差し出した。


「……」


  イーサンはヴィクトルを無視して、自分のテーブルに置いた水ボトルから、自分のグラスに水を注いだ。


 それをみてヴィクトルは笑った。


「アルノ、二日酔いしたか?」ヴィクトルが聞いた。


「誰のせいだと」


「俺も頭痛い」ヴィクトルが言った。「だから飲んでいる。迎え酒だ」


「治りませんよ、それでは」


「治す気はない」


 ヴィクトルがワインを飲んだ。


「アルノ」


「何ですか」


「機嫌が悪いな、今朝は」


「悪くありません」


 アルノが端末を閉じた。


 三秒後に、また開いた。


 イーサンが、少し離れたチェアで本を読んでいた。


 ページをめくる手を一度止めた。アルノとヴィクトルを見た。


 本を閉じた。頭にかけていたサングラスを戻して、両手を頭の下に組んで寝た。


 カラムはパラソルの外で、砂の上に直接座っていた。膝を立てて、その上に腕を乗せていた。海を見ていた。


 リヴァたちが浅瀬で遊んでいた。レッドが水をかけて、ユキナガが逃げて、リヴァが笑っていた。


 カラムはそれをただ見ていた。


 ヴィクトルがその横顔を見た。それから海を見た。


「よく眠れたか」ヴィクトルがカラムに言った。


 カラムが、少し止まった。


「……ん」


「いつも持ってる煙草は」


 カラムがポケットを探った。


 少し止まった。


「……部屋」


「忘れたのか」


 ヴィクトルが少し笑った。ワインを飲んだ。


 そのワイングラスをカラムに傾けた。


「飲め」


 カラムは目を細めてヴィクトルのワイングラスをみて、手に取った。


 一口飲んだ。


 ヴィクトルが一瞬目を開いてから、笑った。


「よしよし」


 グラスを受け取った。


 カラムが何もなかったように海を見た。リヴァが笑っていた。そのまま、視線を戻さなかった。




 リヴァ達はその後もずっと海で遊んでいた。


 途中でお昼にイタリア風サンドイ(パニーノ)ッチを食べてまったりして、それからは日陰のプールに移動し、ビーチボールで遊んでいた。それから、また海に入っていた。



 アルノはカラムを誘って少しの間、二人でテニスをしていた。


 テニスコートのベンチで、ヴィクトルが横に赤ワインを置いて寝ていた。


「一歩も動かなくていいので」


「……うん」


「あなたも、久々に打ちたいでしょう」


「……拾いに行くのはめんどくさい…」


 アルノは正確にカラムの右手側に落とした。


「……左利き(サウスポー)相手だとめんどくさい」


「それは我慢してください」


 一度もラリーが途切れないまま、しばらくそうしていた。



 いつのまにか午後の日差しが、少し傾き始めていた。


 リヴァはシャワーを浴びて、海水を流したところだった。髪をタオルで挟んでいると、ノックが二回した。


「リヴァー」


 フィンだった。


 開けると、ギターケースを肩にかけて立っていた。


「今夜さ、ディナー会場にステージあるんだよ」フィンが言った。「見た?」


「見てない」


「結構スピーカーが本格的なやつ」フィンが入ってきた。「で、相談なんだけど」


「うん」


「せっかくモルディブ来たしさ」フィンが少し笑った。「俺、一曲くらいリヴァとやりたいんだよね」


 リヴァが止まった。


「マラカスとか?」


「ちがうちがう」フィンは笑った。「歌」


「……もしかして私が歌うの?」


「うん」


「無理」


「できるよ。絶対」


 フィンがソファに座って、ケースを開けた。サンバーストのハミングバードを膝に乗せた。チューニングを確かめた。


「リヴァ、普段何聴くの」


「……ノラジョーンズとか?最近聞いてるのは……」


 端末を見せた。カントリー、クラシック、ポップス、英語の曲が多かった。


「Don't Know Why、いける?」


「なんで」


「リヴァっぽいから」


 リヴァが少し止まった。


 フィンがイントロを弾いた。E、C♯m7、F♯m7、B7。音が部屋に低く広がった。


「一回だけ。試しに」


 リヴァが息を吸った。


 一節だけ歌った。


 フィンの指が、止まった。


 リヴァがフィンを見た。


「……変だった?」


 フィンは答えなかった。


 ギターを見た。


 チューナーを取り出して、弦の音程を合わせ直した。


 もう一度リヴァを見た。


 少し笑った。


「やろう。今夜」


「……本当に大丈夫?」リヴァが言った。


「俺が合わせる」フィンがもう一度イントロを弾いた。「もう一回」


 リヴァが歌った。フィンのギターが、声の下に入った。



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