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一球入魂 ~二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて~  作者: とまCo
第6話 ラクラン・リード

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37/40

第22話 最高到達点の裏 ~最後の舞台の裏側で~ [2/5]

 23時58分29秒。


 9回裏、2アウト。

 ランナー無し。


 スコアは36対0。


 球場は満員のまま、誰ひとり席を立たない。

 観客は息を呑み、ただひとりの投手の背中を見つめていた。


 きおの寿命は、残り332秒。

 日付が変わるまで、あと91秒。


 頭上の数字は、静かに減り続けていた。


 ——332

 ——331

 ——330


 その数字を“見ている”のは、キャッチャーのラクランだけだった。


 (……間に合う……まだ間に合う……)


 そう思い込むしかなかった。


 *


 解説者が低くつぶやく。


 『……ロペス選手、まだ打席には入っていません。

  ここからが、本当の勝負です。』


 ロペスがバットを握り直した、その瞬間だった。


 ラクランがミットを抱えたまま立ち上がり、

 マウンドへ向かって全力で駆け出した。


 スパイクが土を蹴る音が、

 スタジアムのざわめきの中でもはっきりと響く。


 実況席が反応する。


 『おっと……ここでラクラン選手がマウンドへ向かいます!

  今季から“1イニングに1度だけ”許されるマウンド訪問……

  この場面で使ってきました!』


 ラクランは走りながら、

 きおの表情を確認するように視線を合わせる。


 きおは微動だにせず、ただ静かに待っていた。


 23時58分34秒。


 ラクランはミットを胸に抱えたまま、

 きおの目の前で立ち止まる。


 「……よし、ナイスピッチ。まだ全然いける。」


 ミット越しにボールを渡し、

 軽くポン、ときおの胸元を叩く。


 その仕草は、

 “いつも通り”を演出するための儀式だった。


 きおは小さく笑う。


 「うん、大丈夫。」


 ほんの数秒、

 ふたりは短い雑談を交わす。


 「ロペス、外角振ってこないよ。

  今日ずっと腰が引けてる。」


 「了解。」


 「あと……肩の開き、ほんの少しだけ我慢して。」


 「分かった。」


 その会話は、

 どこにでもある“バッテリーの会話”に見えた。


 だが、ラクランの胸の奥では、

 別の数字が激しく点滅していた。


 審判が腕時計に目を落とし、

 眉をひそめる。


 右手で“残り時間わずか”のジェスチャー。


 実況席が反応する。


 『おっと、審判が時間を確認しています!

  マウンド訪問は30秒以内……そろそろ戻らないといけません!』


 ラクランは一瞬だけ視線をそちらに向け、

 小さく舌打ちした。


 (……時間がない)


 焦りを悟られないように、

 きおの胸をポンポンと叩く。


 そして、

 声を潜めて言った。


 「寿命は……きっかり5分だ。」


 23時59分01秒。

 日付まで59秒。


 きおは一瞬だけ目を見開く。

 だが、すぐに静かにうなずいた。


 「……分かった。」


 審判が近づいてくる。

 「戻れ」という無言の圧力。


 ラクランは最後にもう一度だけ、

 きおの肩を軽く叩いた。


 「絶対いける。

  お前なら、いける。」


 ラクランが走り出す。


 所要時間、5秒。


 23時59分06秒。

 日付まで54秒。


 きおの寿命は、300 → 295秒。


 ——残り寿命、295秒。

 ——日付まで、54秒。


 実況席が声を張り上げる。


 『さあ、黄金バッテリーの短い会話はここまで!

  代打ロペスとの勝負……いよいよ始まります!』


 観客席のざわめきが、再び波のように揺れ始める。


 「キーオー! キーオー! キーオー!」


 敵地なのに、

 完全に“きおの舞台”になっていた。


 ラクランがホームベースへ戻ると、

 ロペスがゆっくりと打席へ足を踏み入れた。


 バットを構え、

 深く息を吸い込む。


 その表情には、

 覚悟と恐怖が入り混じっていた。


 実況席が声を震わせる。


 『さあ……ロペス選手が打席に入りました!

  ここからが本当の勝負です!』


 きおは、ゆっくりと帽子のつばに触れた。


 ——静寂。


 次の瞬間、

 ラクランがサインを出す。


 運命の対決が、いよいよ始まろうとしていた。

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