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一球入魂 ~二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて~  作者: とまCo
第6話 ラクラン・リード

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36/40

第22話 最高到達点の裏 ~静かなる終端~ [1/5]

 36対0。


 スコアボードに刻まれた数字は、もはや現実感を失っていた。

 だが、球場にいる誰もが、その数字を疑わなかった。

 むしろ、誰もがその数字を“受け入れてしまっている”ようだった。


 9回裏。


 ここまで来るのに、どれほどの世界線が積み重ねられたのか。

 それを知る者は、マウンドに立つひとりの投手だけだった。


 きおは、深く息を吸った。

 夜風が喉を通り、肺の奥に冷たさを残す。

 その冷たさが、むしろ心地よかった。


 球場は満員のままだった。

 誰も帰らない。

 誰も席を立たない。


 アウェイのはずのスタジアムが、

 まるで巨大な劇場のように、

 ひとりの投手のために呼吸していた。


 「キーオー! キーオー! キーオー!」


 その声は、応援ではなく、祈りだった。

 観客は、きおの投球を“見届けるため”にここにいる。

 勝敗はとうに終わっている。

 だが、物語はまだ終わっていない。


 相手監督は、腕を組んだまま動かなかった。

 諦めはある。

 だが、それだけではない。


 (……最後まで……見たい……)


 そんな感情が、静かに胸の奥に芽生えていた。

 敗北を受け入れた者だけが持つ、奇妙な期待。

 “この子はどこまで行くのか”という、純粋な興味。


 きおは、そんな視線を背中に感じながら、

 キャッチャーのラクランへと視線を向けた。


 ラクランは、ミットを構えながら、

 きおの呼吸がわずかに深いことに気づいていた。


 (……苛立ちは……消えてる……)


 そう思った。

 2回裏から続いていた、あの微かな苛立ち。

 審判の揺れに対する静かな怒り。

 世界線を戻すたびに生まれる、あの小さな軋み。


 それが、今はない。


 (……覚悟……か)


 ラクランは、きおの背中から“終端の気配”を感じていた。


 *


 第一の打者がバッターボックスに入る。

 球場のざわめきが、波のように揺れた。


 きおは、サインを一度だけ見て頷いた。


 初球。

 外角低め。

 ストライクゾーンの端に“置く”ような球。


 打者は見送る。

 審判は迷わずストライク。


 ラクランは、きおの球が“完璧に置かれている”ことを理解した。


 (……補正は……使ってない……)


 二球目。

 インロー。

 また置く球。


 打者は手が出ない。

 ストライク。


 観客席から、息を呑む音が聞こえた。


 三球目。

 外角高め。

 きおは、ほんのわずかに指先の角度を変えた。


 打者は振り遅れ、空振り三振。


 相手監督が、思わず立ち上がった。


 (……これが……完成形……)


 敗北ではなく、畏怖。

 その目には、そんな光が宿っていた。


 *


 第二の打者が歩み出る。

 球場の空気が、さらに張り詰める。


 きおは、サインを見て頷いた。


 初球。

 外角ギリギリ。


 審判の手が、一瞬止まった。


 ボール。


 ラクランはすぐにチャレンジを要求した。

 映像ではストライクに見える。


 判定は覆る。


 観客がどよめく。


 (……よし……)


 ラクランは安堵した。

 だが、きおの呼吸が一瞬だけ乱れた。


 ほんの一瞬。

 だが、確かに。


 ラクランはその変化を見逃さなかった。


 (……今の……戻した……)


 きおは、静かに息を整えた。


 (……これが……最後の……)


 二球目。

 真ん中低め。

 ストライク。


 三球目。

 外角高め。

 空振り三振。


 第二の打者がベンチへ戻ると、

 球場全体が静まり返った。


 (……あと一人……)


 きおは、静かにマウンドを踏みしめた。


 その背中は、

 静かに、確実に、

 終端へ向かっていた。

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