第20話 淡々なる支配
1回裏。
アウェイ球場の熱気はまだ高く、歓声は鋭かった。
だが、きおは静かにマウンドへ立った。
初球、外角低め。
ストライクゾーンの端に“置く”ような球。
打者は見送る。
審判は迷いなくストライク。
ラクランは受けながら思う。
(……置きにいってる……?)
二球目、インロー。
また“置く”球。
打者は手が出ない。
ストライク。
三球目、外角高め。
これも“置いた”。
空振り三振。
(……三球三振……なのに……負担がない……)
2人目も三球三振。
3人目も三球三振。
球場がざわつく。
(……異常だ……)
ラクランだけが理解していた。
*
1回表の満塁HRで4点。
1回裏も三球三振で終わり、
静かな異常が積み上がっていく。
*
2回表。
1番は初球を叩き、ライト前ヒット。
2番は送りバントではなく、
バスターで三遊間を抜いた。
ノーアウト一・二塁。
3番は初球を強振し、
センターフライ。
ランナーは動けない。
ワンアウト。
4番は粘って四球。
満塁。
ラクランの打席。
(……ここで1回と同じ“内野ゴロ調整”は使えない……
きおの前に“ツーアウト満塁”を作るには……)
ラクランはバットを握り直した。
初球、外角ギリギリ。
見逃し。
ストライク。
二球目、インロー。
見逃し。
ストライク。
(……これで追い込まれた……
あとは……見送るだけだ)
三球目、外角低め。
ラクランは微動だにしない。
ストライク三振。
ツーアウト満塁。
(……これでいい……
きおに回すための……最適なアウトだ)
六番・きお。
相手監督は迷った。
申告敬遠の手が一瞬上がりかける。
その瞬間、
ラクランは“一瞬の揺れ”を感じた。
(……今……世界線が……揺れた……?)
きおが、
ほんのわずかに視線を落とした。
(……5年くらい……戻したな……)
申告敬遠のサインは消え、
相手は勝負を選んだ。
きおは静かに打席へ入り、
静かに振り、
静かに打球を飛ばした。
右中間スタンドへ吸い込まれる。
満塁ホームラン。
8対0。
*
2回裏。
きおは淡々と三球三振を積み重ねる。
だが、この回は二度、
外角ギリギリの球がボール判定された。
ラクランはすぐにチャレンジを要求した。
映像ではストライクに見える。
判定は覆る。
(……よし、今日は全部成功してる……)
ラクランには、
きおが“戻した後の世界線”しか見えていない。
だから、
審判が揺れているなどとは思いもしなかった。
ただ──
(……きお……少し、苛立ってる……?)
ほんのわずかに、
きおの呼吸が荒くなった気がした。
理由は分からない。
投球は完璧。
チャレンジも成功している。
なのに、
きおの内側で何かが“軋んでいる”ように見えた。
ラクランは首を振った。
(……気のせいだ……)
そう思うしかなかった。
*
3回表。
1番はセカンドゴロ。
だが送球が逸れ、内野安打。
2番は送りバントを決め、
一死二塁。
3番はライト前ヒット。
ランナーは三塁へ。
一・三塁。
4番は浅いフライで二死。
(……ここで満塁にする……)
ラクランは打席に入る。
相手監督は迷っていた。
申告敬遠のサインを出しかけて、
引っ込める。
(……まだ3回……まだ早い……)
ラクランは粘り、
フルカウントから四球を選ぶ。
満塁。
六番・きお。
相手監督はついに決断した。
「申告敬──」
その瞬間、
空気が“跳ねた”。
ラクランは息を呑む。
(……今のは……さっきより……大きい……)
きおは静かにバットを握り、
静かに振り、
静かに打球を飛ばした。
また左中間スタンドへ。
満塁ホームラン。
12対0。
ラクランは震えた。
(……今の戻し……
どれだけ……使ったんだ……)
きおは表情を変えない。
ただ淡々と、
ベースを踏んでいく。
*
4回裏〜8回裏。
すべて三球三振。
ただし、
ギリギリのコースは何度もボール判定された。
ラクランはそのたびにチャレンジを要求し、
そのたびに成功しているように見えた。
(……全部成功してる……
なのに……)
なのに、
きおの“寿命の砂”が、
少しずつ減っているように見えた。
(……どうして……)
ラクランは答えを持たない。
*
4回表〜8回表。
毎回満塁HR。
相手監督は諦めに近く、
申告敬遠の確率は下がり続けた。
きおは淡々と、
静かに、
狂気の精度だけを研ぎ澄ませていく。
8回表が終わった時点で、
スコアは **32対0**。
球場は静まり返っていた。
きおはダグアウトで、
静かにグラブをはめた。
(……あと二回……)
その背中は、
静かに、確実に、
終端へ向かっていた。




