第18話 均衡の調整
ワールドシリーズ第一戦。
きおはマウンドに立たなかった。
監督は迷ったが、きおの「調整したい」という言葉を尊重した。
チームは接戦の末に敗れた。
打線は相変わらず弱く、ラクランが一人で抵抗したが及ばなかった。
ロッカールームは重い空気に包まれた。
だが、きおだけは静かだった。
「……大丈夫です。
必要な形にしますから」
その言葉に、誰も返事ができなかった。
*
第二戦。
きおは五回まで投げた。
全力ではない。
球速も抑え、変化球も浅い。
それでも五回無失点だった。
ラクランが二点を叩き出し、
チームは二対一で勝利した。
シリーズは一勝一敗。
きおは淡々とロッカーに戻り、
寿命カウントを確認したラクランは、
その数字がわずかに減っていることに気づいた。
(……やっぱり……調整してる……)
だが、見ないふりをした。
*
第三戦。
きおは投げなかった。
チームは完敗した。
打線は沈黙し、投手陣は崩れた。
監督はきおを使わなかったことを悔やんだが、
きおは静かに言った。
「問題ありません。
必要な形です」
その言葉の意味を理解できる者は、
ラクランしかいなかった。
シリーズは一勝二敗。
*
第四戦。
きおは六回まで投げた。
やはり全力ではない。
だが、相手は打てなかった。
ラクランが三打点を挙げ、
チームは四対二で勝利した。
シリーズは二勝二敗。
ロッカールームで、
きおは静かに水を飲んでいた。
ラクランはそっと寿命カウントを見た。
また減っていた。
(……お前……どれだけ戻してる……)
だが、見ないふりをした。
*
第五戦。
きおは投げなかった。
チームは延長の末に敗れた。
打線は沈黙し、投手陣は踏ん張れなかった。
監督はきおに言った。
「……すまん。
お前を使うべきだった」
きおは首を振った。
「いえ。
これでいいんです」
シリーズは二勝三敗。
崖っぷち。
だが、きおの表情は変わらなかった。
*
第六戦。
きおは“最終調整”としてマウンドに上がった。
この日だけは、
ほんのわずかに強度が高かった。
球速が少しだけ上がり、
変化球のキレが戻っていた。
だが、それでも全力ではない。
七戦目に向けて、
感覚を合わせるための投球だった。
きおは四回まで投げ、無失点で降板した。
ラクランは気づいた。
(……七戦目に向けて……
ここで“整えてる”のか……)
その後は中継ぎ陣が繋ぎ、
ラクランが二打点。
チームは三対零で勝利した。
シリーズは三勝三敗。
球場は歓声に包まれた。
だが、きおだけは静かだった。
ロッカールームに戻ると、
きおはタオルで汗を拭きながら言った。
「……整いました」
ラクランは息を呑んだ。
きおの寿命カウントは、
またわずかに減っていた。
(……お前……本当に……)
だが、言葉にはしなかった。
きおは静かに続けた。
「七戦目は……
全部使います」
その声は、
淡々としていて、
どこまでも冷たく、
しかし揺るぎなかった。
ラクランは、
その静けさに背筋が冷えるのを感じた。
きおの狂気は、
音もなく収束を終えようとしていた。




