第17話 静かなる狂気収束
ワイルドカードシリーズは、驚くほど静かに始まり、静かに終わった。
初戦、きおは七回無失点。
淡々と、まるで練習の延長のように投げ続けた。
相手打線はきおの球に触れることすら難しく、
打球はほとんど内野の正面に飛んだ。
ラクランは、きおが送ってくる球筋の“未来”を受け取り、
必要な場面でだけ確実に打った。
派手さはない。
だが、点は入る。
チームは二勝一敗で突破した。
歓声が上がるロッカールームの中で、
きおだけが、まるで次のページをすでに読んでいるかのように静かだった。
*
ディビジョンシリーズ。
相手は地区優勝チーム。
戦力差は歴然だった。
だが、きおは揺れなかった。
初戦、七回無失点。
中三日で第四戦、また七回無失点。
打線は相変わらず弱かったが、
ラクランがきおの送る球筋を受け取り、
必要な場面でだけ打った。
シリーズは三勝一敗で終わった。
きおは、ただ静かにマウンドを降りるだけだった。
その背中には、勝利の重さも、歓声の熱も、何も乗っていないように見えた。
ラクランは、その静けさに薄い恐怖を覚えた。
(……こいつは……
勝つことに何の感情も持っていない……)
*
リーグチャンピオンシップシリーズ。
ここでもきおは淡々と勝ち続けた。
初戦、七回無失点。
中三日で第五戦、七回無失点。
打線は相変わらず貧弱だったが、
ラクランが必要な場面でだけ打ち、
チームは四勝二敗で勝ち抜いた。
ロッカールームは歓声に包まれた。
だが、きおだけは静かだった。
ラクランはその横顔を見て、
胸の奥がざわつくのを感じた。
(……こいつは……
もう次を見ている……)
*
ワールドシリーズ進出が決まった夜。
クラブハウスの片隅で、
きおはラクランを呼んだ。
「ラクランさん。
話があります」
ラクランは息を呑んだ。
きおは椅子に座り、
静かに言葉を紡いだ。
「最高の1試合を……作ります」
ラクランは黙って聞いた。
きおは続けた。
「ワールドシリーズは七戦あります。
ぼくは……第七戦に合わせて調整します」
「……七戦目?」
きおは頷いた。
「はい。
シリーズは三勝三敗まで持っていきます」
ラクランは言葉を失った。
きおは淡々と説明した。
「勝ちすぎてもいけません。
負けすぎてもいけません。
七戦目が必要な世界線を……選びます」
その言い方は、
まるで天気予報のように淡々としていた。
ラクランは喉が乾くのを感じた。
きおは続けた。
「七戦目だけ……二刀流で出ます。
6番で打たせてもらいます。
それ以外の試合では……
七戦目に支障が出ない範囲で投げます。
勝ち負けは……必要な形に整えます」
ラクランは息を呑んだ。
「……整える?」
きおは静かに頷いた。
「はい。
七戦目が“最高の1試合”になるように。
そのために……必要な世界線を選びます」
その言葉は、
静かで、
しかしどこまでも重かった。
ラクランは、
その覚悟を正面から受け止めることができず、
ただ黙って頷いた。
きおは立ち上がり、
ロッカーに向かって歩き出した。
その背中は、
もう“戻れない地点”へ向かっていた。
ラクランは、
きおの寿命カウントがまたわずかに減っていることに気づいた。
(……お前……もう動いているのか……)
だが、
ラクランは“見ないふり”をした。
静かに潜んでいた狂気は、
ゆっくりと一つの点へ凝縮していった。




