第15話 世界線の選択
三日後の朝。
ラクランは胸の奥に強烈な“揺らぎ”を感じて目を覚ました。
(……今の……何だ……?)
世界が一瞬だけ二重に見えた。
だが理由は分からない。
ただ、不安だけが胸に残った。
――きおが、何かをした。
その確信だけが、朝の空気に残った。
午後。
練習が始まったばかりの時間帯だった。
ラクランは、きおの姿を見た瞬間に息を呑んだ。
きおの寿命カウントが、
**十五年分、減っていた。**
(……やっぱり……
朝の揺らぎ……あれは……“戻した瞬間”だったんだ……)
(……十五年……?
そんな……馬鹿な……)
胸の奥で、恐怖が静かに膨らむ。
その時だった。
練習場の入口から声が響いた。
「──きおのトレード、無しだってよ!」
ラクランの胸で、安堵と恐怖が同時に爆ぜた。
(トレード……無し……?
よかった……
でも……十五年……?
いや……そんなはず……)
心臓が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
だが、ほんの数秒遅れて理性が追いついた。
(……違う……落ち着け……
“十五年”じゃない……
ベース値は……統計上は“十五日”のはずだ……)
ほんの一瞬、安堵が胸をかすめた。
しかし──
その安堵はすぐに冷たい恐怖に変わる。
(……いや……違う……
実際にどれだけ減ったかなんて……
“明日にならないと分からない”んだ……)
統計はあくまで統計。
実際のベース値の減少幅は、翌日にならないと確定しない。
きおはボールを止め、
ゆっくりとラクランの方を振り返った。
その表情は、どこか覚悟を決めたように静かだった。
「ラクランさん」
ラクランは声が出なかった。
きおは小さく息を吐き、
ほんの少しだけ笑った。
「やっと……掴みましたよ」
揺らぎの強さ。
寿命カウントの異常な飛び。
きおの表情。
すべてが、ただ事ではないと告げていた。
ラクランは震える声で言った。
「……きお。
何を……した?」
きおはボールを胸に抱え、
静かに答えた。
「……トレードされない世界線を……選びました」
ラクランの背筋に冷たいものが走った。
(……朝まで戻して……
何度も……繰り返して……
“掴んだ”んだな……)
きおは続けた。
「ぼく……トレードされる通知が来たんです。
でも……嫌だった。
どうしても……ここにいたかった」
ラクランは言葉を失った。
きおは、世界線を“選んだ”のだ。
自分の未来を変えるために。
ラクランは震える声で言った。
「……きお。
お前は……自分の寿命を……十五……」
言いかけて、ラクランは口を閉じた。
(……違う……“十五年”じゃない……
ベース値は……十五日……
そうだ……十五日で済んでいるはずだ……
だが……本当にそうかは……明日にならないと……)
きおは静かに頷いた。
「……はい。
でも……後悔はしてません」
ラクランはきおの肩を掴んだ。
「きお……
本当に……大丈夫なんだな……?」
きおはラクランの手をそっと外した。
「ラクランさん。
ぼく……怖くなかったんです」
ラクランは目を見開いた。
きおは続けた。
「だって……
“変えた”んじゃないんですよね?
ラクランさんが言ってくれた通り……
ぼくはただ……“その世界線を選んだ”だけなんです」
ラクランは息を呑んだ。
きおは、あの日の言葉を信じていた。
「ぼくは誰も変えてない。
ただ……自分の未来を選んだだけ。
だから……怖くなかった」
ラクランは胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
(……俺の言葉が……
きおを……ここまで追い込んだのか……?)
きおは静かに言った。
「ラクランさん。
ぼく……ここにいたいんです。
このチームに。
ラクランさんの隣に」
ラクランは言葉を失った。
きおは続けた。
「だから……選びました。
“トレードされない世界線”を」
ラクランは深く息を吸い、
震える声で言った。
「……きお。
これからは……一人で決めるな。
世界線を選ぶのは……
お前一人の問題じゃない。
俺も……一緒に考える」
きおはゆっくりと頷いた。
「……はい」
冬の風が、二人の間を静かに通り抜けた。
世界線は、確かに変わった。
そして──
その代償が“本当に十五日で済んだのかどうか”は、
まだ誰にも分からなかった。




