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一球入魂 ~二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて~  作者: とまCo
第6話 ラクラン・リード

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第14話 2人の実験 ~世界線の分岐と観測者~ [2/2]

 ラクランはノートを閉じ、しばらく黙っていた。

 その沈黙は、きおを責めるものではなく、

 ただ事実を慎重に扱おうとする静かな集中だった。


 やがてラクランは口を開いた。


 「きお。

  お前の戻りは……“世界線の移動”に近いのかもしれない」


 きおは息を呑んだ。


 「世界線……?」


 ラクランは頷いた。


 「世界は巻き戻る。

  でも、人間の選択は完全コピーじゃない。

  揺らぎがある。

  その揺らぎの結果、

  “別の選択肢を選ぶ世界線”に移動している可能性がある」


 きおは震える声で言った。


 「……じゃあ、ぼく……

  みんなの行動を変えてしまってたんですか……?」


 ラクランは即座に首を振った。


 「違う。

  きおが“変えた”んじゃない。

  “その選択肢を選ぶ世界線に飛んだ”だけだ」


 きおは目を見開いた。


 ラクランは続けた。


 「きおは誰の人生も操作していない。

  ただ、世界線の“枝”を選んでいるだけだ。

  責任を感じる必要はない」


 きおの肩が少し震えた。

 その震えは、恐怖ではなく、安堵に近かった。


 「……よかった……

  ぼく……誰かを変えてしまってたんじゃないかって……

  ずっと……」


 ラクランは優しく言った。


 「きお。

  お前は誰も変えていない。

  ただ、選び直しているだけだ」


 ――――


 ラクランはノートに三つの動作を書き込んだ。


 ① 右手を上げる

 ② 左に一歩動く

 ③ ペンを指で弾く


 「きお。

  この三つの動作を、俺は“揺らぎを感じた瞬間”に行う。

  どれを選ぶかは……揺らぎ次第だ」


 きおは首をかしげた。


 「揺らぎ……次第?」


 ラクランは頷いた。


 「普通の人間なら、巻き戻されても“同じ行動”を選ぶ確率が高い。

  でも俺は……揺らぎを感じる。

  だから、違う行動を選ぶ可能性が高い」


 きおは不思議そうに眉を寄せた。


 「……でも、戻したら同じ世界になるんですよね?

  だったら、同じ行動を選ぶはずで……」


 ラクランは微笑んだ。


 「それを確かめるための実験だ」


 ――――


 きおは声を出し始めた。


 「一、二、三、四、五……」


 きおが意志を向ける。


 世界が揺れ、巻き戻る。


 ラクランは揺らぎを感じた瞬間、

 “② 左に一歩動く” を選んだ。


 きおは驚いたように目を瞬いた。


 「……あれ?

  さっきは右手を上げてましたよね?」


 ラクランは頷いた。


 「揺らぎを感じたからだ。

  揺らぎがあると……“同じ行動”を選びにくくなる」


 きおは混乱したように言った。


 「でも……世界は戻ってるんですよね?

  だったら、同じ行動を選ぶはずで……」


 ラクランは静かに言った。


 「きお。

  お前は“同じ世界”に戻っていると思っている。

  でも実際は……

  “似ているけど別の世界線”に移動している可能性がある」


 きおは息を呑んだ。


 「……世界線……」


 ラクランは続けた。


 「世界線が分岐する瞬間──

  それが“揺らぎ”だ。

  俺はその揺らぎを感じるから、

  選択が変わる確率が高い」


 きおは震える声で言った。


 「……じゃあ、ぼくが戻すたびに……

  世界線が……少しだけ変わってる……?」


 ラクランは頷いた。


 「そうだ。

  でも、それは“悪いこと”じゃない。

  世界線は無数にある。

  きおはその中から“選び直している”だけだ」


 きおは胸に手を当てた。


 「……ぼく……

  誰かを変えてしまってたんじゃなくて……

  “変わる世界線に移動してただけ”なんですね……」


 ラクランは優しく言った。


 「その通りだ。

  きおは誰の人生も壊していない。

  ただ、別の枝に移動しているだけだ」


 きおは涙をこらえながら頷いた。


 「……よかった……」


 ――揺らぎは、きおの“意志”が生む。

 ――世界線は再演されるが、選択は完全コピーされない。

 ――観測者ラクランは揺らぎを感じ、選択が変わる可能性が高い。

 ――きおは誰も変えていない。ただ、別の世界線を選んでいるだけ。


 冬の光が、二人の間に落ちていた。

 静かで、深い光だった。


 実験がひと段落し、二人はベンチに腰を下ろした。

 冬の光は傾き始め、練習場には長い影が伸びていた。


 ラクランはノートを閉じ、静かに言った。


 「きお。

  お前の能力は……危険じゃない。

  誰も変えていない。

  ただ、世界線を選んでいるだけだ」


 きおは胸に手を当て、小さく息を吐いた。


 「……ありがとうございます。

  そう言ってもらえて……少し、楽になりました」


 ラクランは頷いた。


 「これからも一緒に調べよう。

  お前の能力も、世界線のことも」


 きおは微笑んだ。


 「……はい」


 その時だった。


 きおのスマホが震えた。

 画面を見たきおの表情が、わずかに固まる。


 ラクランは気づいた。


 「……どうした?」


 きおは少し迷ってから、画面をラクランに見せた。


 そこには、チームの連絡アプリの通知があった。


 ――【重要】三日後、きお選手のトレードに関する最終調整があります。


 ラクランは息を呑んだ。


 「……トレード……?」


 きおは静かに頷いた。


 「はい。

  前から噂はありましたけど……

  正式に“最終調整”って言われたのは、初めてです」


 ラクランはきおの横顔を見つめた。


 きおは、笑っていた。

 けれど、その笑顔はどこか張りつめていた。


 「……大丈夫ですよ。

  まだ決まったわけじゃないですし」


 ラクランは胸の奥に、

 言葉にならない不安が広がるのを感じた。


 (……きおは……どうするつもりだ?)


 冬の風が、二人の間を静かに通り抜けた。


 そして──

 この“トレードの通知”が、

 後に大きな世界線の分岐を生むことを、

 ラクランはまだ知らなかった。

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