第13話 冬の静かな部屋で ~触れられた境界~ [1/2]
第13話 冬の静かな部屋で(前編)
十二月の夜は、空気が薄い。
吐く息が白くなるほど冷え込んだ日、きおとラクランは球団施設の片隅にある小さな練習室にいた。
シーズンが終わって二ヶ月。
きおはメジャーで二試合投げただけだが、
マイナーでの三ヶ月の成績が異常すぎたせいで、
オフに入ってからも名前があちこちで囁かれていた。
「弱小球団は若手を出すかもしれない」
「素材としては面白い」
「メジャーでの二回無失点も評価されている」
そんな噂を、きおは知らない。
だがラクランは、球団関係者の雑談や記者のSNSで何度も耳にしていた。
(……このままじゃ、きおは“商品”にされる)
その焦りが、ラクランの胸を締めつけていた。
きおは無邪気に言う。
「ラクランさん、来年はもっと勝ちたいです。
球速も上げたいし、スライダーももっと良くしたいです」
その“もっと”が寿命を削ると知っているラクランは、笑顔を返すのが苦しかった。
「……ああ。そうだな」
きおは気づかない。
ラクランの声が震えていることに。
――――
その夜、ラクランは決意した。
(……もう、言わなきゃいけない)
きおが気づかずに寿命を削り続けていることが怖かった。
このままでは、いつか取り返しがつかなくなる。
まだ“死ぬ”ほどではない。
だが、きおがこの異常に気づいていないことが、何より恐ろしかった。
練習室の片隅で、ラクランは静かに口を開いた。
「きお……お前、投げる前に“何かしてる”だろ?」
きおの肩がびくりと震えた。
「……何のことですか?」
目をそらす。
声がわずかに上ずっている。
ラクランは追い詰めるような言い方はしなかった。
ただ、静かに、確信ではなく“観察に基づく推測”として言った。
「良い結果の瞬間だけ、世界が揺れる。
あれは偶然じゃない。
お前が“何かしてる”から起きてるんだろ?」
きおは黙った。
沈黙が落ちる。
その沈黙は、観念ではなく“恐怖”だった。
――――
ラクランは深く息を吸った。
「きお……俺にも隠してたことがある」
きおが顔を上げる。
ラクランは、ずっと胸にしまっていた秘密を明かした。
「俺には“寿命が見える”。
そして……お前の寿命が、少しずつ減ってる」
きおの目が揺れた。
「……寿命……?」
ラクランはノートを取り出した。
そこには、きおの登板ごとに記録された数字が並んでいた。
・揺らぎの瞬間
・寿命カウントの減り
・ベース値の変化
・三ヶ月で一ヶ月分減る異常性
「お前が気づいてないのが……怖いんだ。
このままじゃ、いつか取り返しがつかなくなる」
ラクランの声は震えていた。
きおを責めるためではない。
ただ、守りたかった。
きおは唇を噛んだ。
ラクランの言葉が、胸に刺さる。
(……ラクランさんは、ずっと僕を守ってくれていた)
その事実が、きおの心を揺らした。
――――
だが同時に、恐怖がきおを襲った。
(……バレた。
どうしよう。
言ったら……終わる。
でも……ラクランさんは……)
きおの胸が締めつけられる。
そして──
**恐怖のあまり、きおは“戻してしまった”。**
世界が揺れた。
ラクランが何か言う前に。
――――
ラクランは息を呑んだ。
(……今の揺れは……俺が言う前だ)
つまり──
**きおが“何かに反応した”。**
俺がこれから言おうとしたことに。
ラクランは静かに言った。
「……今、揺れたな」
きおは震えた。
ラクランは続けた。
「俺が言う前に揺れた。
きお……お前、本当に“何かできる”んだな」
ラクランはまだ“戻す”とは言っていない。
ただ、きおの反応を見て、言葉を選んでいる。
きおは震える声で言った。
「……ラクランさん。
僕……言わなきゃいけないことがあります」
ラクランは静かに待った。
きおは唇を噛み、そして言った。
「僕……戻せるんです。
自分の意志で。
“もっと良くしたい”って思うと……戻れるんです」
ラクランは息を呑んだ。
きおは続けた。
「ラクランさんが……自分の能力を明かしてくれたから……
僕も、隠していられないと思いました」
ラクランはまだ何も言っていない。
だが、きおは“ラクランが能力を明かした”と・・・
その瞬間──
ラクランは理解した。
**きおの能力は本物だ、と。**




