第12話 九月の呼び出し
九月二十日。
マイナーのクラブハウスは、夏の熱気が抜けて静かになっていた。
そんな午後、きおは突然、監督室に呼ばれた。
「きお、準備はできてるか?」
監督の声はいつもより低く、慎重だった。
「……はい?」
きおは意味が分からず首を傾げた。
監督は短く言った。
「メジャーに行ってこい」
きおの目が大きく開いた。
「……えっ?」
ラクランは息を呑んだ。
ついに来たか──そう思ったが、同時に胸がざわついた。
監督は続けた。
「心配するな。二試合だけだ。
完全な消化試合だし、来季のローテを考える材料が欲しいだけだ」
その言葉に、ラクランは胸を撫で下ろした。
(……二試合だけなら、まだ……)
きおは震える声で言った。
「……行きたいです」
監督は笑った。
「だろうな。行ってこい」
――――
メジャー球場に着いたのは、九月二十二日。
ロッカールームは広く、静かで、空気が重い。
マイナーとはまるで別世界だった。
きおは圧倒されていた。
「……すごい……」
ラクランは隣で、きおの寿命カウントを見た。
昨日の清算で戻った数字は、初登板の頃より“わずかに”低い。
三ヶ月で一ヶ月分の寿命が減る──そんなこと、普通は絶対に起きない。
(……一年で一年四ヶ月分減る計算だ。
不摂生でも、こんな減り方はしない。
この比率そのものが、異常なんだ)
胸の奥が冷たくなる。
だが、きおは無邪気に笑っていた。
「ラクランさん、ついに来ましたね……メジャー!」
「……ああ」
笑顔を返すのが、こんなに苦しいとは思わなかった。
――――
メジャーはDH制のため、きおに打席は回ってこない。
今日は投げることだけに集中すればよかった。
初登板は九月二十四日。
相手は同じく最下位争いのチーム。
完全な消化試合。
五回裏、監督が言った。
「きお、行くぞ」
きおは深呼吸してマウンドに立った。
初球。
ストレートが伸びすぎて、打者が完全に振り遅れた。
ズバンッ。
観客席がざわつく。
ラクランの視界が揺らいだ。
(……まただ)
良い球が出た瞬間だけ、世界が歪む。
そして寿命カウントが減る。
(メジャーでも……変わらないのか)
――――
二球目。
スライダーが異様な角度で曲がり、空振り。
揺らぎ。
寿命が減る。
三球目。
打者が完全に振り遅れ、三振。
揺らぎ。
寿命が減る。
きおは嬉しそうに笑った。
「ラクランさん、メジャーでもいけますね!」
「……ああ」
声が震えた。
――――
きおは一回だけ投げ、無失点。
監督は満足げに言った。
「よし、次も投げさせる。
シーズン最後の試合だ。思い切っていけ」
きおは目を輝かせた。
「はい!」
ラクランは胸が痛くなった。
(……最後の試合。
これで今年は終わりだ。
頼む……無事に終わってくれ)
――――
二試合目は九月三十日。
きおは二回を投げ、また無失点。
揺らぎは何度も起きた。
寿命はまた確実に減った。
だが、シーズンは終わった。
監督はきおの肩を叩いた。
「きお、来年は本気でローテを狙え」
きおは涙ぐんでいた。
「……はい!」
ラクランはその笑顔を見て、胸が締めつけられた。
(……来年なんて、本当にあるのか?
この比率で寿命が減って……)
だが、きおは知らない。
監督も知らない。
チームメイトも知らない。
知っているのは、ラクランだけ。
そして、九月の終わりの静かな球場で、
きおの寿命はまた確実に削られていた。




