第九十八話 「最強」の意味
稲妻が周囲一帯を消し飛ばす寸前に、リコリスの無尽蔵の魔力を借りたアンブレラによって全員の避難は間に合った。
アンブレラ自身が、魔法少女たちを地形や空間ごと転移させるというかなり無茶な魔法の使い方でかなり消耗してしまったので、そう何度も使えそうにはない手段だったが。
遠くから轟音が徐々に近づいてきて、光の点滅が次第に激しくなっていく中で、リリィは改めてブラックリリィの二つ目の作戦を思い返していた。
ブラックリリィは、結芽の中に潜む世界の意思に、人類を減らすことを諦めさせようとしていたのだ。そのためには結芽をボコボコにするか――あるいは殺さなければならず、彼女はそれが許せなかったから一つ目の作戦をメインに進めたのだ。
結芽を袋叩きにできることが前提で話が進んでいたが、決して結芽の戦力を過小評価していたわけではなかったのだろう。単純に、結芽が想定よりもずっと強かったというだけの話で。
「選んでって、結芽は言ってた。選べなかったのはお前。この結果を招いたのはお前。……なんて言って責めてあげれば満足?」
「……選べなかったんじゃなくて、選ばなかっただけ」
「どっちでもいいし、どうでもいい。それよりどうするの? まだ結芽を止めるだなんて抜かすつもり?」
ぼんやりと立ち尽くしているリリィに近づいて話しかけたダイヤモンドは見た。こんな状況にもかかわらず、好都合とでもいうようにリリィが笑っているのを。
「……世界に分からせるためには、世界の意思が結芽ちゃんの表面にないとダメなんだよ」
「……結芽が表面にないと、あの稲妻を抑え込めない。一撃必殺って意味、分かる? 当たったら死ぬんだよ?」
「それがどうしたの?」
リリィは浮遊魔法を発動させて浮かび上がり、怯えて動けなくなっている魔法少女たちを一瞥したのちに、結芽がいるであろう閃光が弾けている方角を見据えた。
結芽の一番恐ろしい所は、稲妻でも身体能力でもなく、あのずば抜けた戦闘センスだとリリィは思っていた。また、それは事実だろう。
いかにしてマリーゴールドの魅了を当てるかという先ほどの戦闘で何人もの魔法少女を入れ替わり立ち代わり戦わせたのは、リリィの作戦だった。
それは、結芽に必要以上に戦い方を学習させないためだった。
世界の意思は意思でしかなく、そこには知性も思考も感情も無い。参照するのは結芽の体に染みついた動きなのだ。だからこそ、港町で戴冠したときはローズ一人でも対処が可能だった。
しかし結芽が魔法を用いた戦い方を覚えれば、もはや誰も手が付けられなくなってしまう。しかし、結芽が弱いまま叩きのめしても、世界の意思は再び結芽の中に潜り、次の機会を待つだけになる。五年前はそうだった。
ゆえに、ブラックリリィの作戦を聞いたリリィは考えたのだ。ある程度強くした結芽を叩けばいいのだと。
「ここにいる全員が力を合わせたって、私には勝てないんだからさ。私以外が戦って強くしちゃえば、それだけで解決なんだよね。私が嫌いだからって、難しく考えすぎなんだよ、百合は」
「百合」の魔法少女リリィ。「最強」の異名を持つ魔法少女。最強とは、ただ強いだけではダメなのだ。何よりも強いからこそ、誰も彼女に勝てないからこそ、彼女は最強と呼ばれるのだ。
複製で転移を発動させ、全身から稲妻を迸らせながら周囲一帯を瓦礫一つ残さずに消し飛ばしている結芽の元へ移動するリリィ。
その姿を目にした瞬間、無差別だった放電はすぐさまリリィを標的にする。だが彼女は、飛行魔法一つで稲妻を容易く回避して見せた。それだけではなく、蹴り飛ばす余裕まで見せつける。
いくら結芽の体が強くても無理があると理解したのか、世界の意思が腕を振るう。そしてそれに呼応するように、上空の裂け目が広がった。
落ちてくるのは、無数の黒奴だ。どれもこれも金冠か銀冠ばかりで、相手が本気でリリィを潰す気でいることが分かる。
リリィたちの戦っている場所ではなく、旧都心全体に分散するように落下させているのも、リリィに対処を強要するためなのだろう。
――その程度でどうにかなるなら、彼女は「最強」などと呼ばれていなかったが。
「転身。よし、これで二人っきりだね」
リリィが指を鳴らすと同時にコスチュームが変化し、同時に落下してきていた黒奴が死んだ。
黒奴に何が起きたのかと聞かれれば、リリィが指を鳴らした音を聞いてしまったとしか言いようがない。
「鏖殺」の魔法少女リリィ・マサクル。それが誰よりも黒奴を殺し、魔法少女を殺し、民間人を見殺しにしてきた彼女の第二名だった。
第二専用魔法「鏖殺」の効果は、あらゆる行為で敵に死を与えるというもの。格下にしか効果はないが、今のように音を聞いただけの黒奴を殺すようなことも可能なのだ。
純白のコスチュームは鮮血のような赤が混じり、専用武器のグローブには血を固めたような爪が取り付けられている。
あまり地上波でお届けできない姿ゆえに普段は転身を避けるリリィだが、この状況であれば躊躇う理由はなかった。
「小細工は無駄。雑魚は集めても無意味。ねえ、世界さん。私のかわいい結芽ちゃんを使ってるんだから、まさか情けない姿は晒さないよね?」
結芽が砕いた冠が姿を取り戻し、結芽の全身が黒奴と同じように真っ黒に染まる。
冠状器官は、世界が人間の魂を自分たちの意思に従わせるために用いる道具だ。冠を通じて力を与え、魂を支配する。普通の魂ならば、一度冠を被せてしまえば黒奴にすることができる。
とはいえそれは死者の魂に限った話。生者の魂までは支配できない。ゆえに、生者の魂が増えすぎて世界のバランスが崩れかけているのだが。
身勝手な話だが、自分たちのシステムに首を絞められているから世界は黒奴を作り、人類を減らそうとしているのだ。
ただし、滅ぼすつもりはない。これまた勝手な話だが、世界の維持のためには死者と生者のバランスが必要なのだ。
「冠を復元して、支配を強めて、流し込む力も増やして――それでその程度!? 私の結芽ちゃんがそんなに弱いわけないでしょ!!」
よく分からない方向性でキレながら、リリィは器用に爪が刺さらないようにしながら結芽を殴り飛ばす。結芽も負けじと稲妻を放つが、やはり当たらない。それどころか反撃でさらにダメージを蓄積させられるだけだ。
殴られ、蹴られ、反撃しても躱され、魔法を撃ち込まれ……そのやり取りを何度か繰り返してようやく、結芽の放った稲妻がリリィの片腕を消し飛ばした。
すぐに魔法で回復されてしまうが、ようやく世界が結芽のポテンシャルを引き出せるようになったのだ。
これを先ほどの戦いでやられていたら、絶望でしかなかった。だがここにいるのは、「最強」の異名を持つ魔法少女だ。
リリィはいっそ狂気的なまでの満面の笑みで拳を構え、叫ぶ。
「最後の喧嘩をしよう! 結芽ちゃん!!」




