第九十五話 最終決戦の始まり
戦況は最初からブラックリリィ派の劣勢のまま進んでいた。
ブラックリリィは六月ごろから少しずつ動き始めていたが、準備を万全にするにはあまりに時間が足りなかった。
集められた戦力は有象無象。唯一百合園とまともにやり合えそうなのはブックとリコリスだけという始末だ。
しかもそのブックとリコリスは、百合園ですらない魔法少女数人に足止めされている。
「助けは来ないよ。残機も無いでしょ。大人しく死んで?」
「……揃いも揃って転身使っちゃうと星ごと滅ぼしかねないからって、まさか第一専用魔法だけで袋叩きにされるとはね……」
「むしろ、舐めてたの?」
「私もローズもリリィもいて、そこにマリーゴールドまでいたのに、前と同じようにいけると思ったわけ?」
「……ねえ、もういいじゃない。さっさと殺してあげたらどうなのよ」
その結果、ブラックリリィはリリィとダイヤモンドとローズとマリーゴールドに一方的に叩きのめされてしまったのだった。
前衛、中衛、後衛。火力、補助、妨害。流石のリリィも一人ではもう少し時間がかかっていたかもしれないが、四人が揃えばこんなものだ。
分断されて合流できなかったが、ここに本来ならばコーラルとアンブレラまでいたのだ。ローズの言うように、舐めていたとしか思えない。
四肢をダイヤモンドに変えられ、腹部にはバラの蕾が咲き、左目はえぐり取られ、残った右目もマリーゴールドに惹きつけられているのが、今のブラックリリィ……いや、変身すら維持できなくなった黒野 百合の姿だった。
これでもまだ死んでいないどころか、意識もはっきりと保っているのだから驚きだ。しかし五年前はもっと慎重に準備を進め、今の彼女と似たような姿の魔法少女を無数に生み出していたはず。
マリーゴールドの言う通りに殺した方がいいのかもしれないが、リリィにはまだ百合の作戦の全容が掴めていない。彼女とて万能ではないのだ。ゆえに、直接問い質さなければならない。
「百合、貴女何がしたかったの?」
「……」
日本人を虐殺したいなら、雑に天地を反転させるだけでもよかった。魔法少女を減らして滅ぼすだなんて、回りくどいことをする理由はないはずだった。
終わらない戦いから一抜けするチャンスがあったはずなのに戻ってきて、今こうしてそのチャンスをフイにしようとしているのは、リリィたちには意味が分からなかった。
しばしの沈黙の後に、百合はゆっくりと喋りだした。
「……作戦は二つ。一つ目は、可能な限り大勢の魔法少女を殺して、日本を滅ぼすこと」
「それはもう叶わない。二つ目は? それも大失敗?」
百合はリリィの質問に答えずに喋る。
「……まだ終わってないよ」
「もう終わりそうな体でよく言うね」
「始まってすらないの」
「……」
「まず前提として、魔力は他の既存の物理法則よりも優先される。世界がそういう風に設計したから。分かるよね?」
魔力や魔法というのは、物理学の領域から全く外れたものだと言われている。事実、九年間見てきても、まともに制御できたのは適性を得た少女たちと、謎の技術を用いた兵器くらいのものだった。
その話が何を意味するのか、リリィ以外には分からなかった。五年前、ブラックリリィにとどめを刺したとき、その場にいたのはリリィだけだった。三人の視線がリリィに向くが、リリィは何も言わずに百合を見下ろしている。
「私もさ、酷いことはしたくなかったから、色々頑張ったんだよ?」
百合の言う色々の中にはおそらく、協会の目の届かない魔法少女支援委員会を裏から操れるようになるまでの過程や、波並 和樹を利用したクローン魔法少女計画及び魔法兵器に関することも含まれているのだろう。
それだけならリリィにも調べられたことなので、詳しく聞こうとはしなかった。だが、酷いことはしたくなかったという言葉にリリィは反応した。
「……」
「……」
「……酷いことって、具体的には誰にどういうことをするの?」
「ダイヤモンド!」
「リリィ、私はまだ今の会話の半分も理解できてないんだけど?」
しかし、反応しておきながらリリィは話を進めようとしなかったので、ついにダイヤモンドが口を挟んだ。険悪なムードが漂うが、百合園はいつもこんな調子である。
長年共闘してきたので連携はできるが、仲間同士の絆とは無縁のチームなのだ。そのくせそれぞれが仕事だけはきっちりこなすものだから、誰も口出しできないときた。
それはさておき、ダイヤモンドの質問に百合は一言だけ返した。
「知りたい?」
知りたいのかと聞き返しておきながら、その声に込められていたのは明確な拒絶だった。しかし、百合は言葉を続ける。
「……リコリスの予知が覆されるわけだよね。因果の外にいるんだから」
「もういい、黙れ」
「話せって言ったり黙れって言ったり、どっちなの?」
「黙って!」
リリィが怒鳴るが、まず二人の会話の内容をその場の誰も理解できていなかった。しかし、次の言葉で全員が理解してしまった。
「まあとにかくさ、魔力と同じように、この世界の何よりも上位の存在があるよね? ねえ、心当たり、あるよね?」
問い質そうとしていたのに、急に何かを隠したがるように百合を怒鳴りつけるリリィ。酷いことはしたくないという言葉。上位の存在。
一人、いる。ダイヤモンドたちは、百合が何をそこまで恐れ、遠回りなやり方で裂け目を閉ざそうとしたのかに思い至った。
リリィが隠そうとするわけだ。
「あちゃー、来ちゃったみたいだね」
百合はリリィたちの背後に視線を向ける。振り向けばそこには――結芽がいた。
歩いてきた方角はおそらく西。新都心からここまで、一直線で歩いてきたのだろう。そして今の結芽は、考えうる限り最悪に近い状態だった。
「……お姉ちゃん」
全身から魔力を迸らせ、時折制御しきれなくなった分が稲妻となって弾ける。魔力を一切持っておらず、適性の欠片もないはずなのになぜと思う者は、ここにはいなかった。
その程度の情報、簡単に改竄できる。魔力の反応を隠蔽するのだって、リリィならば遠隔でも容易く行えるだろう。
問題なのはなぜそんな大事なことを隠していたのかということだが、その答えも結芽自身が示してくれた。
結芽の背後に浮かぶ、今旧都心上空に浮かんでいるのと同じ、裂け目。
「戴冠」と呼ばれる、結芽の暴走形態とでも呼ぶべきあの姿が初めて確認されたのは、黒奴殲滅委員会の夏合宿のときではない。
五年前の時点で、既に結芽の持つ危険な力は知られていた。ただしそれはごく一部の魔法少女に限り、そのうえ核心的な部分はリリィが徹底的に秘匿していた。
ゆえにリリィ以外誰も、結芽が世界に与えられた役割を知る者はいないはずだった。裂け目に呑み込まれ、世界側になったことで百合は知ってしまったらしいが。
「……結芽ちゃん」
リリィは緩慢な動きで拳を構えた。専用武器である百合の花弁を模したようなグローブの内側で、震える拳を握りしめた。
裂け目の向こうから無数の黒い腕が伸び、結芽に纏わりつく。そして、そのうちの二本が金色の冠を裂け目の向こうから取り出した。
妖しく輝く冠は、なぜか綺麗と思うよりも悍ましいという感想が真っ先に浮かんだ。本能的な嫌悪感は、その場にいた全員を金縛りにした。
金色の冠はゆっくりと結芽の頭に近づいていき――
――結芽がそれを強引に止めた。
『えっ』
リリィたちから、揃って間抜けな声が漏れる。
黒い腕と結芽の力比べは、あっさりと結芽の勝利で終わった。力任せに奪い取られた冠を取り戻そうと黒い腕が伸びるが、結芽はそれらをもう片方の手で払いのけた。
そしてあろうことか――力任せに冠を押しつぶし、捩じり、手の中で金色の粉末に変えてしまった。
リリィたちは、その様子を呆然と眺めることしかできない。
結芽の背後の裂け目から新しい冠を握りしめた黒い腕が伸びるが、不機嫌そうな結芽のパンチ一つで腕は裂け目に押し戻され、さらには裂け目も力任せに閉ざしてしまった。
粉末に変えられた金冠だったものはゆっくりと浮かび上がると、結芽の頭上で天使の輪のような形で静止した。
結芽は冠の力を利用し、以前ローズと戦ったときのような、真っ黒なコスチュームを生成する。ベースはリリィのいかにも魔法少女然としたコスチュームで、そこに光を一切受け付けないようなマントを羽織る形だ。
「……」
『……』
「……」
『……』
「……よし」
何がよくなったのかは分からないが、手のひらで稲妻を弾けさせ、力の制御ができることを確認すると、結芽はリリィを見据えて言い放った。
「お姉ちゃん――喧嘩を、しよう」
「……えっ」




