第九十四話 「弩」の魔法少女
作戦開始時、ボウとガンは手をつないでいたおかげで、別々の場所に送られる事態を避けることができた。二人の不仲を期待していたブラックリリィ側は、一人ずつ片付ける算段が完全に崩れてしまったわけだ。
「あっちだ! 追え!」
「ちょこまかと……!」
「右に避けて!」
「上に跳ねろ!」
「クソッ、話が違うじゃない!?」
しかし、二人は一週間の特訓を経てもそこまで爆発的に実力が伸びたわけではなかった。
そもそも二人はドールやファンと違い、魔法少女になった動機が復讐などの重いものではない。アイアンのように、重ければいいというわけではないが、どうしてもモチベの差が出てしまう。
もちろん不真面目にしていたわけではないし、特訓の成果も得られた。それはそれとして、予知系の魔法を持つ相手を確実に潰すために投入された敵戦力に追い回されているのが現状だったが。
ボウの軌道予測はあらゆる物の軌道を予測し、ガンの未来予測は一瞬先の未来の景色を脳裏に投影する。
性質が違うからこそ、連携によって隙が無くなる。実力的には遠く及ばない敵から逃げ続けることができているのも、それが理由だった。
だが、見えた所でどうしようもない未来に対しては無力だった。
「これなら!」
ビル群だった場所に入り込み、左右を建物に塞がれた直後、敵のうちの数人が先回りして進路を塞いでくる。上にも敵が浮いており、マンホールなどから地下に逃れようにも、地面には瓦礫が敷き詰められていた。
一瞬判断に迷った隙が致命的だった。背後から追いついてきた敵は、ボウたちには防げない威力の弾幕を張った。
回避も防御も、成功する未来が見えない。この窮地を前に二人は――手を繋いで魔力を同調させた。
「「こういうときの合体魔法!!」」
「……はあ!?」
転身にも匹敵しうる魔力量の暴力。二人の間で対価を無尽蔵に生成、消費して魔力を得られるからこそできる荒業だ。
合体魔法自体は、昔から存在した概念だった。しかし魔力は一人一人が固有の性質をもつもので、複数人で魔力を出し合って発動させるのは時間の無駄というのが結論であった。
何か少しでも強くなれる方法はないかとジェードに尋ねて出てきたのがこの技術だったが、ジェードは教えておきながらあまり期待していなかった。
しかしボウとガンは双子で、魔力の性質が最初から似通っていた。少しでも互いに歩み寄れば、簡単に普通の魔法を凌駕する火力を出せるほどに。
弾幕を力技で押し流し、穴の空いた包囲を脱出した二人。追撃はしない。というより、できない。合体魔法は火力こそ高いが、発動中は防御も回避もできないのだ。
敵もすぐに限定的な使い方しかできない魔法だと勘づいたのか、合体魔法に怯えた様子から一転して再び二人を追い始める。
だが、そのおいかけっこを阻むように、一人の魔法少女が立ちふさがった。
「凍えなさい」
専用魔法と思しき大きな冷蔵庫のドアが開け放たれると、そこから風が吹いた。ボウたちを追おうとしていた魔法少女たちは風を浴びると、全員妙な寒気に襲われた。
すぐに左右のビルや瓦礫の影に隠れるが、冷風は瓦礫をすり抜けて彼女たちを凍えさせる。魔法の詳細が分からない以上はうかつに動けないが、このままでは何かまずいような感覚が彼女たちにはあった。
「私の専用魔法『冷風』は、魔法で防ごうと物陰に隠れようと関係ない……凍えさせると決めた相手に、冷房の効きすぎた部屋みたいな寒さを届けるだけよ」
「クソ魔法じゃないのよ!」
「こけおどしか!」
「ふざけた魔法を――!?」
しかし魔法を使った本人からまさかのカミングアウトがあり、冷風が完全に無害なものであることが判明してしまう。ボウたちも、増援かと思いきやただのアホが来てしまったのかと一瞬不安になった。
ただし、一瞬だけだ。風の正体が分かったからといって、うかつにも物陰から飛び出た魔法少女は、巨大な鞄に収納されてしまった。
「お前らもしまっちゃうぞ」
「相変わらずカッコつかない決め台詞だな」
「お前にだけは言われたくないが??」
頼りになるのかならないのかは微妙だが、増援だ。「鞄」の魔法少女バッグに、「冷蔵庫」の魔法少女リフリジレイター。
二人は揃って同じ方角を指さすと、同じようなことを言った。
「向こうでお前らの先輩が戦ってるぞ。私たちは行きたくないからここは任せろ」
「リコリスがいるわ。せいぜいこっちに被害が及ばないように頑張ってちょうだい」
情けないセリフだったが、ボウたちは迷わずに示された方向に飛んで行った。
「ありがとうございます! そちらもお気をつけて!」
「生きて帰れたら郊外地区のナワバリについて話し合いましょう!」
「今その話するか??」
「逃がすか――ぐわっ!?」
「貴女たちは私たちが相手よ。……ホント、変な影響ばっか受けちゃったものね」
ビルの残骸を超えるとすぐに、戦闘中の先輩たちとやらがいる場所が分かった。何せ、瓦礫を巻き込んだ巨大な竜巻が荒れ狂っているのだ。ファンがいるのは一目でわかる。
しかし遠目から見た限り、ジェードとアイアンはいないようだった。つまり、一番頼りになる人たち抜きであのリコリスを始末しなければならないということ。
恐怖が無いと言えば嘘になる。逃げたくないと言えば嘘になる。だが、世界がどうなってもいいとは欠片も思っていない。
二人の頭に浮かぶのは、自分たちの仲を取り持ってくれた人物の姿だ。話し合って分かり合えないなら、殴りあうしかない。
既に会話の段階は終わっているのだ。二人は拳を振り上げることに、何の躊躇もなかった。
しかしただ拳を振り下ろしただけでは、リコリスには届かない。拳の代わりに弦や引き金を引いても、リコリスには太刀打ちできない。
「アレ、いくよ!」
「えぇ……もう?」
「やるしかないって! ほら早く!」
「ウキウキなのは姉さんだけだよ」
ゆえに、二人は再び手を重ねた。そしてあえて飛行魔法を解除し、歩幅を合わせて走り出す。肉体強化の出力も、呼吸も、鼓動さえも一致させる。
二人の魔力が重なり、増幅される。二人は互いに、空いた手にモチーフを握りしめる。
特訓の最中、合体魔法という切り札の一つを手に入れた二人は思ったのだ。二人で一つの魔法を完成させることができるなら、二人で一つの転身も可能ではないか、と。
そんな例はないかと聞かれたジェードは二人の正気を疑った。
「「転身!!」」
二人の姿が重なり、混ざり合い、溶け合い、絡み合う。一つの姿として完成した少女の手に握られていたのは、銃と弓が融合して生まれた、一丁の弩だった。
無尽蔵に湧き出る魔力に任せた肉体強化で弦を目いっぱい引き、これまた魔力量に物を言わせて生成した威力重視の矢をつがえる。
すぐに膨大な量の魔力に気づいたリコリスが二人だった一人の放った矢を防ごうとするが、二人の第二専用魔法がそれを許さない。
「ガハッ!?」
「残機一つ削った……って感じかな? ヒュー! 流石はボウ! 姉さん、うるさい」
二人で一人の転身。前代未聞の合体転身を、ボウとガンは成し遂げたのだ。名付けるなら、「弩」の魔法少女クロスボウといったところか。
特訓中に成功させた二人にこれが転身なのかと尋ねられたジェードは、こう言った。何それ知らない……怖……と。




