第九十三話 切り札の切り時
転身とは本来、一朝一夕で身に付くようなものではない。魔法少女にとっての切り札、必殺技、奥の手……とにかく、そういった類のものなのだ。
しかしドールたちにとって、転身の習得は不可欠なことだった。歪な形で完成して後の活動に響くことになってしまっても、今を生き延びることができなければ意味がないからだ。
そして一週間の修行の末に、モチーフは二人の根性に応えてくれた。これまでの積み重ねや、モチーフとの相性もあったのかもしれないが、とにかく二人はたった一週間で転身をものにして見せたのだ。
『ジェード! どう!? これって転身よね!? 力が漲って溢れてくるわ!! これが転身なのね!?』
『できるんだ……』
『ふむ? もしや、習得はできないにしても多少は生存率は上がるだろうと踏んでの特訓だったのかい?』
『ファンもできたんだ……』
二人がジェードに転身を見せびらかすと、ジェードは悔しそうな、悲しそうな、複雑な感情の入り混じった表情で呟いた。私は数年かかったのに……と。
「ま、実戦投入は初めてなんだけどね!!」
「ドール! あまり敵に情報をバラすものじゃないよ!!」
「チッ、初めてかどうかなど、実際に戦えている以上は関係がありませんね……認めましょう。貴女たちは、私を殺しうる脅威です!」
瓦礫の山を器用に跳ね回り、ドールは獣のような動きでリコリスの背後から爪を振るう。ドールの指の先からは人形操糸の糸が伸びているので、リコリスには避ける以外の選択肢がない。
しかしインファイトに気を取られていれば、空中で待機しているファンの狙撃が飛んでくる。たまに狙撃ではなく千風を纏った突撃もしてくるので、気を抜く暇などなかった。
おまけにドールの第二専用魔法「支配」は、第一専用魔法の「人形操糸」に追加効果を付与する魔法だった。
その効果は、一度支配下に置いたものをしばらく自分の物として動かすことができるというもの。今も瓦礫に糸を繋げて魔力を纏わせては、質量兵器として利用している。
避けられたとしても、魔法の効果が続く限りはドールの命令通りの軌道を描いてリコリスを追い続ける質量兵器だ。当たっても問題ない程度の砂になるまで破壊しなければ面倒なので、リコリスは嫌でも魔力を消費させられる。
「これで魔法少女歴半年未満とは……面白いじゃないですか!」
「廻れッ!」
しかも、ファンへの意識が一瞬でも逸れれば、すぐに第二専用魔法の「廻転」が襲いかかってくる。
この魔法は第一専用魔法に何かを付与する類のものではなかったが、ファンの第一専用魔法との相性は抜群だった。
魔法の効果は、任意の対象に回転軸を与えるというもの。千風の中心に軸を与えれば、周囲の物体を巻き込みながら回転し、全てを破壊する竜巻の完成だ。
千風の持つ変幻自在の風という強みは失われるが、その分攻撃力は増している。流石のリコリスも、巻き込まれればただでは済まなかった。
「ははははは、面白い! もう少し時間があれば、私たちの野望は簡単に潰されていたことでしょうね!」
「チッ……! 今は今よ!」
「今ので仕留めるつもりだったのだけどね……流石にそううまくいかないか」
だが、リコリスは強かった。ドールの操る瓦礫とファンの起こした竜巻に全方位から攻撃され、ファンには追撃で腹部に回転軸を与えられて内臓までやられたというのに、笑みを崩すことはなかった。
実力差は明確だった。転身で底上げした上で二対一という状況に持ち込んでなお、覆せるビジョンがまるで見えない。
確かに二人の魔法は、ありったけの魔力を込めてようやくリコリスに手傷を負わせる程度の威力を出せるようになった。しかし、リコリスがあえてそれらを受け止めているように見えるのが、不気味でならない。
未来が見えるなら、自分たちの行動も全て計算の上なのではないか。二人はそう思わずにはいられなかった。
だからといって、逃げも隠れもせずに戦うほかに選択肢はなかったが。
「こんな電灯の一つもない場所で夜に決戦だなんて、残念だとは思いませんか? もっと赤い景色を見せてくれてもいいものを!」
「じゃあお望み通り真っ赤にしてあげるわよ、アンタの血でね!」
「ドール! あまり私から距離を離さないでくれ!」
状況は絶望的だ。転身を維持できなくなった瞬間が、自分たちの最期だろう。そう理解しながら、二人の顔に絶望はなかった。
ブラックリリィの計算通りに事が運んでいれば増援など期待できないことをリコリスは知っているが、目の前の二人はきっと誰かが助けてくれるだなんて甘えたいことを考えていない。
差し違えてでも殺す。二人の顔にあるのは覚悟だけだった。
それは、リコリスからすれば面白くないことだった。彼女は戦闘を楽しむが、それ以上に他人の絶望を楽しむ。
圧倒的な実力差にもかかわらず立ち向かう相手を絶望に叩き落としてなぶり殺しにするのは楽しいが、最期まで抗おうとしてくる連中には虫唾が走るのだ。
けたけたと笑いながらも、内心では死ぬまでしぶとく抵抗してきそうな二人にうんざりしていた。予知を覆してここに立っていることには驚かされたが、それ以上でもそれ以下でもないはずなのだ。
「これはどう対処するのかしら!」
「はぁ……そろそろ飽きてきたのですけどね」
ドールは支配した瓦礫を浮かせ、ファンはそれらを回転させてリコリスにぶつける。一人でどっちもやろうとすると魔力がすぐに尽きてしまうなら、二人でやればいい。単純な話だ。
その単純な論理が、リコリスからすれば厄介なものだった。専用魔法が戦闘向きではない以上、彼女の攻撃手段は限られている。
限られた手札の中では、こういった弾幕を張られるのが一番厄介なのだ。前は実力差がもっとはっきりしていたから、魔力量にものを言わせた魔力光線などで薙ぎ払うことができたが、今はそんなことをしても無駄な隙を晒すだけ。
肉体強化魔法と体術だけでどうにか捌くリコリスは、うんざりしながらも冷静に状況を分析していた。二人は差し違えることも覚悟して臨んでいるのは分かったが、どうにも死ぬ気でやっている感じはしなかった。
それは真剣味が足りていないとかそういう話ではない。まだ何か手札を隠していたりとか、差し違えるまてもなく自分を殺す方法があったりとか、そういう雰囲気だとリコリスは感じた。
そして、背後から飛んできた矢で理解させられた。
「転身まで使った時間稼ぎ――ガハッ!?」
避けたはずの矢は空中で不自然に軌道を変え、避けた先を見ていたかのように喉元に突き刺さった。血反吐を吐きながらも矢を引き抜いた直後、リコリスの全身の傷が消えた
魔力も戦闘前の量まで回復しているようだったが、リコリス本人は忌々しそうに矢を握りつぶした。
「残機一つ削った……って感じかな? ヒュー! 流石はボウ! 姉さん、うるさい」
リコリスが睨んだ先には、弩を持った一人の魔法少女が佇んでいた。……一人で何かをぶつぶつと喋りながら。




