第九十一話 血錆
五年前、日本は九年前以上の混乱の中にあった。ブラックリリィの反乱によって、大勢の魔法少女が引退を余儀なくされたせいだ。
魔法少女が日本の治安システムに組み込まれてから四年が経っていたので、当然のことだった。政府や協会は対応に追われたが、数が足りない以上はどうしようもない。
どれだけリリィやローズなどのごく少数の魔法少女が強くても、いつ日本のどこに現れるか分からない黒奴の対処を彼女たちだけで担えるはずもなかった。また、ダイヤモンドがアメリカに行ってしまったのも大きかった。
ゆえに、アイアンは頻繁に戦場に駆り出された。
少し前までは一般人だったにもかかわらず優れた戦闘センス。火力特化の近接型という、速やかな排除が求められる状況において特に求められる戦闘スタイル。防御にも攻撃にも有用な専用武器。鉄分という、住宅街でも自然あふれる場所でもその場で確保できる対価。
そして、金冠や銀冠相手でも時間をかければ確実に殺せる専用魔法。
現場が求めている魔法少女がそこにいたのだ。報酬には色を付けるから助けてくれというチームは多かった。
担当地域は新都心近郊だったが、魔法少女の数が圧倒的に足りない状況では、埼玉や神奈川や千葉など、多少離れた場所に出現した黒奴の対処も任されるのは仕方のないことだっただろう。
「この感じ……腐食か!」
「オレもまさか、この魔法に副作用があるなんて考えもしなかった!」
「短絡的に使って、だから死んだ! 私が殺した!」
「殺したのはオレだッ!!」
アイアンの専用魔法「腐食」の効果は、あらゆるものを腐食させ、破壊するというもの。
コーラルの「白化」と違い、表面から少しずつ浸透させる必要があるものの、効果が相手を選ばないうえに燃費も良く、アイアンも手助けを求めた魔法少女も重宝していた。
しかし「白化」と違い、「腐食」は本当に効果対象を選ばなかった。選ぶことができなかった。
たとえ人間が相手でも、「腐食」は問題なく発動する。そのことをアイアンが知ったのは、彼女の活躍を妬んだ魔法少女を撃退したときのことだった。
『あ、あ、あ、腕、腕が……私の腕がああああああ!!』
『痛くない……痛くない……痛くないのに、削れていく……あは、あははっ、壊れていく……』
そんなつもりじゃなかった。オレも知らなかった。そう言おうとしても、アイアンは呆然と襲ってきた魔法少女たちの体が徐々に崩れていく様子を眺めることしかできなかった。
幸いにも、現場近くに居合わせていた「注射器」の魔法少女シリンジが治してくれたので、死者は出なかった。しかし、アイアンは自分の魔法の副作用を知ってしまった。
「腐食」は武器に付与し、武器をぶつけた相手を腐食させる魔法だ。アイアンは気づいてしまった。専用武器が削れた鉄粉にも、同じ効果が残っていてもおかしくないことに。
そして――気づいたときには、既に遅かった。
「腐食の進行で先が長くないと知って、あいつは誰にも知られずに終わらせてくれって頼んできた!!」
「だからオレもお前もこうなった!!」
鉄塊を二振りのナイフに変え、本を開く余裕を与えないように立ち回るアイアン。それに対しブックは、腐食して痛覚も麻痺してきた腕を犠牲にしてナイフを受け止め、本を開いた。
「お前は強いから、潰れられても困る! だから殺した! 殺したんだ! それなのに、それなのにお前はぁあああああ!!」
受け止められたナイフと、アイアンの手首から先が透明な結晶に変わる。ダイヤモンドの魔法だ。そして距離を取る間もなく、ブックは次の魔法を発動させ――薄緑色の壁がそれを阻んだ。
「アイアン!」
「ジェード!? テメェ、合流できそうにない奴の筆頭じゃねェのか!?」
「なんか知らないけど敵が一人しかいなかった!」
「よりにもよって誰に何してるのさブラックリリィ!!」
ブックが叫ぶが、ブラックリリィは現在リリィとダイヤモンドとローズとマリーゴールドに追い回されているのでそれどころではなかった。
転身したままのジェードは、拒絶で結晶に変えられたアイアンの手を治す。そして一緒に戦ってくれるのかと思いきや、一歩引いて観戦に徹しようとしていた。
「見に来ただけかよテメェ……」
「あ、いや、違って……そろそろ追いつくかな?」
ジェードがそう呟いた直後、近くのまだ崩れきっていなかった建物が吹き飛び、瓦礫が降り注いだ。しかも、瓦礫の一つ一つが魔力を帯びている。
防ぐのは厳しいと理解し、ブックは咄嗟に回避しようとするが、なぜか足をもつれさせて転んでしまう。
おまけに瓦礫のいくつかは、何かに弾かれたように猛スピードで迫ってくるときた。
ブックは過去に記録していたアメシストの結界を使うことで何とか切り抜けるが、結界が解除されると同時に、瓦礫の雨に紛れて背後に回っていた魔法少女が奇襲を仕掛けた。
「――姉さんッ!」
「……来るなって言ったでしょ、ブックマーク!」
現れたのは「栞」の魔法少女ブックマーク。瓦礫を吹き飛ばしたのは彼女だ。そして、その瓦礫となる前の建物に魔法付与を使ったのは「電探」のレーダー。瓦礫を弾いたのは「箒」のブルーム。回避できないように幻覚を見せたのは「鞭」のウィップだった。
初期地点が近かったおかげか、彼女たちは立ち位置を反転させられた後も同じような場所にいた。そして、ブックの魔力を感じ取ったブックマークが奇襲を提案したわけだ。
ブックマークは最初から三次一次元で殺意全開の攻撃を仕掛け、ブックも相応の対処をしなければまずいと本を開く。
その隙を突いて、シザースがブックの背中に袈裟斬りを浴びせた。
「チッ、もう一人いたのね」
「なるほど、人じゃないというのは事実らしいね」
「姉さん……!」
深々と刻まれたはずの傷は、瞬く間に消えていった。それだけではなく、腐食して崩れかけていた腕も元通りだ。
ブラックリリィの専用魔法「反転」の効果は、実の所よくわかっていない。何らかの性質や状態を逆のものにすることは分かっているのだが、それがどこまでできるか分からないのだ。
だが、まず間違いなくブックの体にも反転はかけられている。彼女は敵で、人間も魔法少女もやめてしまったナニカだ。
集まった七人の魔法少女は、傷も腐食も消え去ったブックと対峙した。
「七人……でもアイアンは専用魔法を使えない状況か」
「あァ? その程度でどうにかなるとでも思ってんのか?」
「アイアンさん、ジェードさん、手を出さないでください。これは私の戦いです」
「一人で背負いこまないでよブックマーク!」
「アイアンもアイアンであの子とは因縁があるから、そこは協力して欲しいなあ……」
「何だか蚊帳の外という感じだね」
「え? あ、そうね」
「正義とは……この状況における正しさとは一体……うぐぐ……」
しかし連携はできそうになかった。




