第九十話 誰が殺した
知らない場所に突然飛ばされながらも、すぐに近くの建物に入って高所から安全に周囲の確認に努めるなど、「鞄」の魔法少女バッグはそれなりに冷静に対処できていた。
ワルプルギスの元幹部、「本」の魔法少女ブックが目の前に現れるまでは。
「げえっ、ブック!」
「一人目」
ブックの専用武器である本が開く。風もないのにページがめくられ、何かのページでピタリと止まる。嫌な予感がしたバッグはすぐさま、窓があったであろう四角い穴から建物の外へ飛び出した。
直後、ヘビ・黒奴がさっきまでバッグのいた場所を吞み込んだ。
ブックの専用魔法は「記録」。専用武器の本に、ページという形であらゆる物事を保存しておくことのできる魔法だ。
リリィほど便利に使うことのできる魔法ではないが、黒奴を記録しておくなど、色々応用の効く魔法である。
「ブックが出たぞぉおおおおお!!」
みっともなく叫びながらも、バッグは必死にヘビ・黒奴から逃げ回る。時折飛んでくるブックの援護射撃に殺意を覚えそうになるが、バッグは逃げに徹する。
惨めに見えるかもしれないが、バッグなりに頑張って考えた結果思いついた戦法がこれだった。
バッグは、ブラックリリィの差し向けてくる下っ端すら相手にできるか怪しいと、自分で思っていた。そしてそれは事実だった。
そこで、逃げ回ることで敵の体力を減らしつつ、仲間に隙を突いて倒してもらう作戦を考えたわけだ。
まさか敵のトップクラスの戦力が出てくるとは思っていなかったが、ここでブックを落とせれば後が楽になる。近くにブックを倒せるような誰かがいてくれればという話になってしまうが。
「ちょこまかと――っ!」
「チッ、流石に奇襲は失敗か」
「アイアン……!」
だが運はバッグに味方した。あと少しでヘビ・黒奴に追いつかれるというところで現れたのは、「鉄」の魔法少女アイアンだ。
ブックの意識が逸れたからか、ヘビ・黒奴の動きは止まる。するとすぐに、バッグは仲間を集めると言って戦線を離脱していった。
「いつも仲間に恵まれないね。魔法少女向いてないんじゃない?」
「それはテメェもだろ」
「はぁ?」
話を続けながらも、一定の間合いを維持したまま、二人は専用武器を構える。そしてアイアンは鉄塊を大剣に変形させ、ブックはページをめくる。
「お互い、忘れたいことばっかで困るよなァ……本当に、このクソッタレの世界は、嫌なことばかりだ……」
「……何が言いたい」
ニヤリとアイアンが笑い、とある魔法少女の名前を告げた。
「『風船』の魔法少女バルーン」
その名を聞いたブックはこれまでの余裕そうな表情を一変させ、記録していたリリィの魔力弾を放つ。しかし、来ると分かっていればリリィの魔法でも怖くはない。アイアンはそれを両断し、肉薄する。
分厚い本と鉄の大剣の鍔迫り合い。はたから見れば意味が分からないかもしれないが、アイアンからすれば防がれるのは想定内。むしろこんなことで簡単に斬れてしまう方がおかしい。
アイアンはすぐに間合いをとり直し、接近する勢いを乗せて大剣を振るう。しかしブックはアイアンが接近し直すまでに翡翠輝石のページを開いていた。
防がれても、躱されても、いなされても、アイアンは何度でも襲い掛かる。
「忘れられねェよなァ! ステッキとブロックは元気か!? まだテメェらは正気かァ!?」
「元はと言えばお前がッ!!」
「ああそうさ! オレのせいでアイツは死んだ! それを悟られないように、テメェらに隠蔽まで頼んだ!」
それは、アイアンがかつて引退を決意するに至った出来事。ブックとの、忘れられるはずもない因縁の出来事。
「だから! お前もオレもこうなっちまった!!」
事の発端は、アイアンの専用魔法にあった。
五年前、岩石モチーフの魔法少女にしては遅く、「鉄」の魔法少女アイアンは生まれた。ブラックリリィの事件が起きた直後のことだ。
当時はブラックリリィの一件の影響で魔法少女の数が激減しており、新人だろうとまだ小学校六年生だろうと関係なしに、アイアンは戦場に駆り出された。
数が足りないなら仕方がないと、アイアンは幼いながらも文句ひとつ言わずに戦った。実戦経験が豊富なのは当時散々荒波に揉まれたおかげなのだ。
そのころのアイアンは、とある魔法少女とタッグを組んで戦っていた。その魔法少女こそが「風船」の魔法少女バルーンだ。
『てっちゃん、魔法少女がどういう存在か分かる?』
『知るか』
『もうっ、魔法少女は黒奴を倒して、人の世に平和と希望をもたらす存在なんだよ! もっとしゃきっとしなきゃ! その喋り方も!』
『るっせェな……』
バルーンは、アニメか何かから飛び出てきたような魔法少女だった。どこまでも純粋で、無垢で、人の悪意なんてまるで知らない魔法少女だった。
『ブック……で合ってる? ナワバリとか言ってたけど、どういうこと? 戦っちゃダメだったの?』
人が倒れていればすぐに助け、どこかのチームがもめていれば仲裁に行き、ワルプルギスと百合園の不仲を聞けばリリィとマリーゴールドに直談判しに行くような、鬱陶しいほど真っすぐな子だった。
『ごめんね、てっちゃん』
彼女が死んだ原因を、アイアンはずっと「本」のブックの指示で「積木」のブロックと「杖」のステッキが暴行に及んだ結果だと思っていた。思い込んでいた。そうだと思わなければ耐えられなかったから。
ようやく事実に向き合えるようになったのは、ドールたちの特訓中、ジェードに当時の話を振られてからだった。
『ねえ、アイアン。貴女が引退しようと思った理由は知ってるけど、まさか当日も専用魔法抜きでやるつもり?』
『あァ?』
『だから、その鉄を操るやつ。あの子たちは知らないから気づけないだろうけど、専用武器の効果の一部でしょ?』
アイアンの専用武器は、自在に形を変えることのできる鉄塊だ。しかも、専用武器そのものの形を変えることだけでなく、近くに鉄製のものがあれば、それも巻き込んで変形させることができる。
アイアンは引退から復帰してからずっと、それを専用魔法と言い張って戦っていた。本人が頑ななので、過去を知る者ほどそれについての言及は避けていた。
ジェードに指摘されて、アイアンは思い出した。思い出してしまった。自分の本来の専用魔法である、「腐食」のことを。




