第八十九話 まさかのノーマーク
気がついたころには既に、ジェードは崩れかけの建物に挟まれた通りの中央に佇んでいた。
ジェードの予想通り、集められていた魔法少女たちは分断されてしまった。結界が解除される寸前で、ブラックリリィは結界の内側と外側の立ち位置を反転させたのだ。
すぐに周囲の魔力を探って状況を把握したジェードは、呆然としているギアに飛んできた攻撃を翡翠輝石で防いだ。
「ギア! ここにいるのは私と貴女だけ! 貴女の判断に任せる!」
「ッ……舐めんなや! ついて来ぃ、ジェード!」
翡翠輝石で生成した柱を避けるように、第二射がすぐに飛んでくる。しかし、そこに既にギアはいない。
伊達に「最速」の異名を持っているわけではないというわけだ。ジェードは飛行魔法で必死に食らいつくが、ギアは専用魔法の「変速」で速度を上げていくので、差は広がるばかり。
追いつくころには、魔法を放ってきたと思われる敵の魔法少女は全員地面に転がっていた。
「……すまん。ウチ、舐めとった。ジェードのことも、こん畜生どものことも」
「謝罪は後。まずはアレを片付けないと」
そう言ってジェードが指さした先には、無数の魔法少女が魔法を構えていた。しかし、二人とも歴戦の魔法少女だ。すぐに、その大半が魔法で形作られたデコイでしかないことに気づく。
だが数も魔力も本物だ。ジェードは、リコリスのときに想像していた最悪のケースが的中してしまったことを理解する。
敵は何らかの方法で人間をやめ、無限に近い魔力を手にすることができるのだ。
ギアは確かに「最速」の異名を持つ国内トップクラスの魔法少女の一人だが、ジェードが調べた限りでは持久戦に難があった。
そしてジェード本人は、持久力はあれどこの数の魔法少女をすぐに始末できるほどの火力がない。
ギアの火力をジェードがアシストすれば何とかなるかもしれないが、量産型のザコ相手に百合園の戦力が消耗させられるような展開は避けたい。
「……本当に、舐められたものだね」
「そ、そのことは謝ったやろ!?」
「あ、ごめんそっちじゃなく……私にこの程度の相手もできないと思ってる敵が、私のことを舐めてるって話」
ジェードはモチーフである翡翠の勾玉を握りしめる。確かにジェードの戦闘力は低い。火力だけで見ればファンやボウやガンの方が上だろう。
五年前のときも、戦地の端で必死に翡翠輝石を使って籠城するしかできなかったほどだ。
だからこそ、ブラックリリィからのマークは薄かったのだ。不用意にも、ギアと同じ場所に飛ばしてしまったのだ。
「持久戦には自信があるんだよ、私。……転身した状態でもね」
「……嘘やろ?」
コンピュータのイメージ戦略は大成功だったと言えるだろう。自分一人のために大げさじゃないかと、ジェードは思わないでもないが。
「第二名解放……転身」
『え? 転身がどういうものかって?』
ドールたちが特訓を始めた初日に、ジェードはドールからそんな質問を受けた。具体的なゴールがイメージできないと特訓に気合が入らないとのことだった。
確かに目標を見据えるのは悪いことではないので、ジェードは教えることにした。
『そうだねぇ……変身がモチーフの力を引き出すものだとしたら、転身は私たちの力を引き出す感じ……かな?』
ジェードの説明を聞いたドールたちは頭に疑問符を浮かべていたが、ジェードにはこれ以上うまく説明できなかった。
長い魔法少女歴の中で、後輩に戦い方を教える機会は幾度となくあった。しかし、転身を教えたことはなかった。というより、そもそも教えるような代物ではない。
転身は、魔法少女の魔力をモチーフが十分に記憶し、モチーフが魔法少女に適応した結果生まれる力なのだ。
ちなみに、転身の効果はただコスチュームが変化したり魔力が爆発的に増えるだけではなく、第二名解放と言うように、魔法少女としての新たな名前が生まれることもある。
名前が増えるというのは、第二の専用魔法が生まれるということでもある。魔法少女の名前はモチーフから取られるが、転身した後は第二専用魔法から取られるのだ。
順番は逆になってしまっているが、とにかく第二名解放とはそういう意味なのだと、ジェードはドールたちに説明した。
そんな話を聞けば、当然ドールたちはジェードの転身後の名前が気になってしまう。
『他の魔法少女のは探っちゃダメだからね? 私のならいいけど。ん? 気になる? 私のはね――』
「ありえないッ……『翡翠』のジェードにこんな力があるなんて聞いてないわよ!?」
「今は『拒絶』の魔法少女ジェード・リジェクト、だよ」
普段の翡翠色を基調としたいかにも魔法少女といったコスチュームとは打って変わって、ジェードのコスチュームは暗緑色と黒色を基調としたものになっていた。
そして、今のジェードの第二専用魔法は「拒絶」。第二名もそこから取って、「拒絶」の魔法少女ジェード・リジェクトとなっていた。
専用魔法の効果は、あらゆる事象の拒絶。転身しても第一専用魔法が使えなくなるわけではないので、転身したジェードは翡翠輝石に拒絶の効果を付与して使う戦闘スタイルをとっていた。
普段はあまり攻撃に利用できない翡翠の柱を生成するだけの魔法に、あらゆる事象を拒絶する効果が与えられるのだ。弱いわけがない。
敵は分身の魔法を拒絶されたことで強制的に一人に戻され、抵抗を拒絶されたので翡翠の柱の下で話が違うとわめくことしかできなかった。
「ほんまに舐めとったわ……なんでその強さでランキングの順位は低いん?」
「転身って普段は使っちゃダメって決まりでしょ? そうなると、ただ硬いだけの柱をさほどでもない速度で生やすことしかできないんだよねー」
「さっきウチの速さについてこれとったのに、『だけ』って……」
主に第二専用魔法の拒絶のおかげで、転身したジェードの戦闘力は転身前とは比較にならない。しかし、拒絶は普段使いできない魔法だった。
転身はほとんどの魔法少女からは隠された技なのだ。それは、モチーフに自分の魔力を注ぎ込めば転身できるようになると考えて、一部の魔法少女が危険なことまでしかねないという懸念からだった。
ジェードもドールに教えろと言われたとき、最初はかなり渋った。しかし正しく教えないとドールが何をするか分かったものではないので、仕方なく教えたというわけだ。
「さて……特に聞けることはなかったけど、これからどうする? 私は西の方で知り合いが戦ってるみたいだからそっちの応援に行くけど」
「ならウチは東に行くで。そっちは任した」
「ん。……死なないでよ? 貴重な戦力なんだから」
「誰に言うとんねん。それに、貴重っちゅうたらそっちもやろ」
抵抗を拒絶していたので、聞ける情報は全て聞き出した。しかし、この魔法少女は本当に下っ端だったらしく、めぼしい情報は何も得られなかった。
敵は本当にジェードをマークしていなかったようで、分身魔法の子以外に配置された敵はいなかった。そこで二人は二手に分かれ、分断された仲間の応援に向かうことにした。
ジェードは飛行魔法を使い、感知できたドール――ではなく、アイアンの方の応援に向かうのだった。




