第八十八話 開戦
リリィの開いた会議から二日後の深夜、全国から来た大勢の魔法少女が、旧都心に集合していた。北は北海道から、南は沖縄まで。数十数百という数では足りないだろう。
しかしこれでも足りるかどうかは怪しいところだ。何せ、協会本部を中心に張られた半径約十キロほどの巨大なドーム状の結界を包囲するように魔法少女を配置する作戦なのだから。
ちなみに作戦内容は至ってシンプルだ。結界を囲み、一斉に突撃。以上である。
そもそも魔法少女は一人一人の得手不得手に大きな差があるものなので、細かい作戦を考えようと思ったら一か月はかかってしまう。
そのうえ今回の場合、敵の戦力が未知数なのだ。変に指示を出せばかえって混乱を招きかねないということで、リリィは全員のアドリブ力に期待することにしたわけだ。
現在時刻は十一時五十分。作戦開始の十分前。「鞄」の魔法少女バッグ率いるチームパワフルガールズは、数人がぐずりながらもちゃんと集合できていた。
「何で戦おうだなんて思ったのよバッグ……私まだ死にたくないんだけど」
「ブラックリリィに味方していたら、今頃人間をやめることになってたぞ」
「そうじゃなくて、適当に逃げとけばよかったでしょって言ってるの!」
「……ま、悪い影響ってやつだな」
バッグは、少し離れた場所にある崩れかけの建物の屋上に視線を向ける。そこには、フランス人形のようなフリフリのドレス型コスチュームの少女と、渦巻き模様が特徴的な緑と白を基調とした着物型コスチュームの少女がいるのが遠目でも分かる。
旧都心は電気もガスも通っていないので、肉眼では月明りくらいでしか周囲を見渡せないが、肉体強化魔法には暗視効果もあるので問題はなかった。
バッグ以外の魔法少女たちも、主に新都心近郊で活動している者は、同様に二人を見上げていた。
「何よ、そんなに見つめて。どこか変?」
「いや、どこもおかしくないよ。今日の風も悪くない……」
当の二人、ドールとファンは、まさか自分たちがそんな風に注目されているとは露ほども思っておらず、静かに時間が来るのを待っていた。
リコリスと対峙し、辛うじて生き延びることができてから一週間が経っている。たったの一週間だが、その間ドールたちはジェードにみっちり特訓をつけてもらっていた。
たまにダイヤモンドが乱入してきて死線を彷徨うこともあったが、特訓で得られたものは大きかった。少なくとも、何もできずに死ぬことはないだろうと二人が思えるほどに。
その近くで、ちょうどバッグたちからは死角になるような位置に、ボウとガンもいた。同じチームのメンバーは基本的にひとまとまりにされているので当然なのだが。
「姉さん、この手は何?」
「……ダメ?」
「ダメ」
「どうしても嫌なら離すけど……今くらい、許してほしいな……」
「……チッ」
ガンは震える手でボウの手を握る。流石に振りほどくのは良心が許さなかったボウは、舌打ちしながらもそれを受け入れた。
それを見て、ボウからは見えない角度でガンが計画通りというような顔で笑みを浮かべた。作戦が不安なことに嘘は無いが、ただ手を握りたかっただけなのだ。
絆されて姉への憎悪が薄まってしまったら魔力の対価に払える分が減りそうなものだが、ボウは自己嫌悪やらブラックリリィへの怒りなどを消費することで解決していた。
それだけではなく、この二人もドールたちと共にジェードのしごきを受けたので、相応に腕を上げて来ているのだ。ほんの一週間だけとはいえ、ジェードの特訓には確かな効果があった。
飛び入り参加してきたチーム生徒会も、死ぬ気で挑めば無駄死にはしないだろうと思えるくらいには成長できていた。
「……死にに来たような顔をしているね、メジャー」
「貴女にだけは言われたくありませんよ、スケール」
「……」
「……」
「……生徒会長らしく、スピーチでもして士気を上げるべきかな」
「話しているうちに作戦時間になりますよ」
ちなみに体育祭の一件の後本当にチームを抜けていたので、ウィップはいない。最近はブックマークとブルームも抜けてしまったので、数こそ多いが戦力としては不安が残っている。
そんなウィップたちはといえば、生徒会から抜けた三人で急ごしらえのチームを組んで参戦していた。
「『本』の魔法少女ブック……ですか?」
「辞書みたいな分厚い本とエプロンが目印。視界に入ったらすぐ逃げろ」
「そんなに強いんですか?」
「ウィ、ウィップ……それは無知ってどころじゃないよ……ワルプルギスの幹部なのよ? 五年前とやらは知らないみたいだけど、相当強いに決まってるって」
「それに、私の姉でもある。……だから、止められなかった責任を取らなきゃいけない。いざとなれば、この手で……」
三人は、生徒会と気まずい空気になりながらもジェードたちの特訓を受けさせてもらっていたので、急ごしらえとはいえある程度の連携はできるようになっていた。
それに、三人とも専用魔法が強力なので、いざとなればバラけてしまってもタイマンに持ち込めれば勝機はあるだろう。
しかし三人組というのは、魔法少女のチームとしては少人数だ。そのためか、普段はチームに属さずに活動している魔法少女が二人ほど近くに配置されていた。
「……ねえ」
「む?」
「貴女も、普段はソロでやってる感じ?」
「ああ。だが腕には自信がある。心配はいらない」
「あ、そう……」
「……レーダーと言ったか。連れていくことは難しいが、ついてくるなら身の安全は保障しよう」
「……結構よ。私も……魔法少女だもの。えっと……『鋏』のシザースだっけ?」
まさか共通の知り合いがいるだなんてことは想像もしていない二人は、やや気まずさを抱えたまま作戦開始を待っていた。
「おい、ジェード。この人数じゃアレは使えねェぞ」
「大丈夫だよ、多分初手で分断されるし」
「……そういうのは事前に共有しておくものじゃねェのか?」
「言っても防げるものじゃないでしょ――反転を利用した位置の入れ替えなんて。そのくらいリリィも織り込み済みだって」
新都心近郊組は結界の西側に集中して配置されていたので、ドールたちのいる建物の隣の建物の屋上から、ジェードとアイアンは後輩たちが覚悟を決める姿を眺めることができた。
果たしてこの中の何人ともう一度会うことができるのか。それとも、自分がもう二度と会えない側になるのか。ジェードは漠然とした不安を拭えなかったが、もう作戦開始の時間だ。
「さ、始めよっか。早いとこ済ませちゃおう」
「今夜で終わればいいけど」
「また殺せばいい。二度は反転できない」
「ごめんなさい、それは無理だと思うのだけど」
「コーラル、胃薬あるかしら」
「持ってきてるわけ無いケド?」
リリィ、ダイヤモンド、ローズ、アンブレラ、マリーゴールド、コーラルという、この国の最大戦力が揃ったドリームチームも、やや緊張した面持ちで時計を睨みつけていた。
そして、秒針が一秒ずつ進み、ついに十二時になり――包囲する側とされる側が反転した。




