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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第九章 明日がどっちかは分からない
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第八十七話 日常を浸食する非日常

 ブラックリリィの声明が出ても、世界がそこまで大きく変わることはなかった。コンピュータの情報統制がなくなったことでネットには真偽不明の情報があふれかえっていたが、日常は変わらずに流れていた。


 しかし、結芽の周囲では少しずつ変化が起き始めていた。


「はーい、ショートホームルーム始めるよー。えーっと、今日も麻布さんに美音ちゃ……京古さんと、刃波さんは欠席だね。じゃあ日直の人――」


 夏休みが終わってから……というより、結芽が百合から解放されてから数日が経ってから、美音たちと連絡が取れなくなっていた。

 翡翠とは連絡が取れたので聞いてみれば、今後に備えて特訓をしているとのこと。協会は必死にごまかしているが、武力行使が始まったということは、百合の作戦は着実に進行していることなのだろう。


 特訓というのも、近いうちに起こる大きな戦いに備えてのものに違いない。それに感づいたからといって、結芽にできることは何もなかったが。


「美音さん方は今日も休みでございますかー。結芽さんや、何か聞いておりますかな?」

「……え? あー、何か風邪っぽいんだってさ。美音とブチカって仲いいし、どっちかの風邪が感染っちゃったんじゃない?」

「あーね」

「そっちは分かるけど、伊呂波が風邪引くイメージとか全然できないや」

「一晩中素振りして、そのまま寝落ちしたとか?」

「全然イメージできちゃった……」

「日頃の行いですな」


 鈴乃や桔梗たちクラスメイトと話している間も、結芽の中には漠然とした焦燥感のようなものがあった。


 黒奴(クロヌ)の冠があれば、自分でも戦力になれる。お姉ちゃんの助けになれる。皆が苦しまないで済む。そんな考えが、結芽の頭によぎる。

 自分のどこからそんな考えが生まれてくるのか、結芽には分からなかった。冠を都合よく拾えたとしても、どうせまた力を制御できないだけだと理解しているはずなのに。


「紬義も休みだったっけ」

「噂じゃ生徒会全員欠席してるらしいね。もしやこれは、何か運命的なものが働いているのでは!?」

「桔梗さんや、フィクションとリアルを混同しちゃいかんよ」

「冗談だよ!」


 いくら認識阻害で誤魔化せるものが多いからといっても、学校から魔法少女が消えればそれだけで噂になる。というのも、魔法少女は魔法少女同士で仲良くしていることが多いからだ。

 全学年から魔法少女が消え、よく観察してみれば紫音もどこか疲れている様子で、舞もしばらく家に帰っていない。明らかに何かの前兆だろう。


 それが分かったところで、結芽にできることは何もなかったが。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい!」

「おかえりなさい、結芽さん」


 家に帰れば、一葉と透葉が迎えてくれる。しかし舞は今日も遅くなるらしい。数日ほど帰らないとのことなので、今日は三人分の食事を用意するだけでよかった。明日の作り置きも必要ない。

 お風呂を沸かし、三人で入り、あとは寝るだけという状況になって、ふと結芽は、寝るにはまだ早い時間だと気づいた。


 普段なら舞の食事の用意に追われてこんなに余裕はない。だが今日は余裕がある。それだけではなく、一葉たちを寝かしつける都合上、夜にできることが特にないのだ。勉強も、新学期が始まったばかりなので特に急いでしなければならないものはない。


 ベッドに横になると、また妙な焦燥感に襲われる。具体的なことは何も分からないが、何かを急がなければならないような感覚。何か大事なことを忘れているような、捨ててしまったような。


 結芽に今するべきことは何もない。強いてするべきことと言えば、また百合に誘拐されないように気を付けることくらいだ。

 だがそれだって、家にいればいいだけのこと。舞がかけてくれた魔法があるので、この家はそこらのシェルターよりずっと安全なのだから。


 ゆえに結芽は、自分の行動が自分で理解できなかった。


「……どうして玄関にいるんだっけ?」


 ふと気が付くと、結芽はパジャマから普段着に着替え、玄関で靴を履いていた。ドアの鍵に手をかけたところで正気に戻ったのだが、なぜ自分が出かけようとしていたのかは分からなかった。


 分からないことをいつまでも考えても仕方がないので、結芽はとりあえず靴を脱いで部屋に戻り、再びパジャマに着替え――気づいたときには窓を開けていた。


 外の風を浴びたいだけなら、網戸まで開ける必要はないはずなのに、結芽はいつの間にか窓枠に足をかけていた。

 飛び降りてもこの高さなら大丈夫だな、なんてことを考えている途中で、それはおかしいと気が付いたのだ。


 飛び降りても無事なのは何もおかしくないが、飛び降りる理由がないからおかしいのだ。


「一葉に頼るしかないかな……でももう寝てるか」


 結芽は網戸と窓を閉め直し、後で舞に魔法で直してもらえばいいので窓枠を歪めて窓が動かないようにした。


 そして、原因が分からない以上はまず動けなくなるしかないと判断した結芽は一階に下り、玄関横の備え付けの収納からガムテープを取り出し、とりあえず足に巻いた。

 勝手に玄関に向かおうとする足は、巻かれたテープに動きを制限され、ただ結芽が転ぶ結果を生むだけとなった。


 しかしガムテープでは強度が足りない。テープをはがそうとする左手を右手で押さえつけても、足の力だけで引きちぎれてしまいそうだ。


 だからこそ魔法少女である一葉の力を借りようと思っていたのだが、一葉はさっき寝かしつけたところだった。


 だが、ふと人の気配がして顔を上げてみると、そこには狂人を見てしまったような目をした一葉がいた。


「……ん? あれ、一葉? どうしたの?」

「……あ、えっと、何か音がして……目が覚めちゃって……」


 なぜここにと思う結芽だが、すぐに気づいた。


 一葉たちが泊まっているのは、元は結芽たちの両親の部屋だった場所だ。そしてそこは、結芽の部屋の隣にある。

 夜中に隣の部屋から窓枠を歪める音がしたり、下の階で誰かがのたうち回る音を聞けば、誰だって目を覚ますものだろう。


 しかし一瞬気を抜いてしまったせいで、足のガムテープは簡単に千切れてしまった。


「一葉、起こしちゃったところ申し訳ないんだけど、魔法で私をどうにか拘束してくれない? なんか、体が言うこと聞いてくれなくてさ」

「えっ?」

「ほらこの通り、外に出ようとしちゃうみたいで。このままだと手足の腱を切るくらいしか選択肢がなくなっちゃうから」

「えっ、えっ、あっ、はい?」


 一葉は自分が何を頼まれているのか分からない様子だったが、結芽が床をむしり取るのを見て、魔法でおさえつけないとどうにもならないことを理解した。


 夏とはいえ廊下に転がす形になってしまうのは申し訳なかったが、急がないと何をするか分からないので、一葉の判断は早かった。

 魔力防壁を結芽を囲うように、棺桶状に配置。結芽は魔法少女でもなければ、モチーフに選ばれなかっただけで魔法は使えるような人間でもないので、これだけで済む……はずだった。


「……」

「……」

「……魔法って、物理でどうにかできましたっけ?」

「できないよ。……これはちょっと緊急事態かも」

「うえー」



 結芽が手足をバタつかせただけで砕け散った魔力防壁を呆然と眺めながら、二人は危機感の欠片も感じさせない口調で呟いた。

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