第八十六話 動き出す魔法少女
マリーゴールドが旧都心の協会本部を奪われたという話は、瞬く間に魔法少女全体に広まった。しかし民間人にまで情報が出回ることはなく、混乱は一部に限られていた。
ただし、それは最初だけのこと。
九月に入り、魔法少女の多くは高校生以下なので夏休みが終わってしまい、学校に通い始めていた。そう、協会の新都心支部の警備も、その分手薄になっていたのだ。
ブラックリリィ派の魔法少女はその隙を突き、投入した戦力の大多数を防衛戦力に削られながらも、コンピュータの撃破を成功させてしまった。
ローズやダイヤモンドが参戦したので逃げることのできた魔法少女はいなかったが、コンピュータは当分まともに動けないということで、協会の情報統制は不可能となってしまったのだ。
そこに追い打ちとばかりに、ブラックリリィからの声明が日本中に発信されてしまった。
黒奴の真実のこと、終わらない戦いに身を投じなければならない魔法少女のこと、これから自分たちがしようとしていること。全てが明かされてしまった。
「ごめんね、病院に寄ってたら遅くなっちゃった」
「謝罪はいい。余計な挨拶とか前置きとかもいらない。これからどうするのか、それをさっさと話して」
それから数時間後、百合園のメンバーやワルプルギスの幹部をはじめとした有力な魔法少女たちは、協会の地下訓練場に設けられた臨時会議室に集められていた。もう夜も遅い時間だが、全員きっちり揃っていた。
呼びつけた本人であるリリィは遅刻して来たが、病院に寄っていたということはシリンジやクロスと協力してコンピュータの治療にあたっていたのだろうと誰もが理解していたので、文句を言う者はいなかった。
強いて不満そうな表情の魔法少女を挙げるなら、錚々たる顔ぶれの中に混ぜられて居心地悪そうにしているジェードくらいだろう。
ローズに急かされたので、リリィはホワイトボードに魔法で地図や文字を書きながら話し始める。
「ブラックリリィについては、五年前いなかった人たちにも前に話したから説明する必要はないよね?」
「待ちぃ、一つ聞きたいんやけど」
手を挙げたのは百合園所属、関西地方を中心に活動している「歯車」の魔法少女ギア。五年前の戦いは知らず、百合園に所属するようになっても五年前のことを知らされていなかった魔法少女だ。
「ブラックリリィはほんまにリリィ一人で対処でけへんのか? 逃げられたんやなく、逃がしたって可能性も――」
「少しは考えてから物を言え、ギア」
「……何やて?」
「ローズ、言葉足りなすぎ。……でもギア、そんな下らない質問で時間を無駄にさせないで」
質問を受けたリリィも、それ以外の五年以上前から活動している魔法少女も、ギアに対し冷ややかな目を向けていた。
五年前も、今も、誰もブラックリリィに対し情など抱いていない。敵は敵だ。黒奴と同じく、駆除しなければならないものなのだ。
とはいえこんな態度は流石にひどいだろうと、ジェードがギアのフォローに回る。
「し、信じられない気持ちがあるのは分かるけどさ、向こうは人類の敵だよ? 容赦する理由なんてないでしょ? だから……」
「……ハン」
しかしギアは、明らかに蔑んだような目でジェードを見て、何も言わずに着席した。まるで、こんなのに気遣われるのは嫌だとばかりに。ジェードは西で活動したことがないので、ギアは彼女の順位くらいしか知らないのだろう。
この中では一番弱い自覚のあるジェードとしては、これで丸く収まるならそれでよかったのだが、ジェードのことを知るこの場の多くの魔法少女は殺気立っていたので、全然丸く収まっていなかった。
ブラックリリィの裏工作も何もないはずなのに、既に仲間が分裂しかかっている状況は好ましくなかったが、時間が惜しいのでリリィは話を続ける。
「えーっとまず、私はブラックリリィが協会本部を掌握してすぐに、アメシストみたいな結界を張れる魔法少女と、空気とか風を操れる魔法少女で協力して、都心の空気を薄くしたの。三日ぐらいぶっ続けで」
リリィがしれっと実行していた作戦の説明に、何人かの魔法少女がぎょっとする。ギアもだ。
魔法少女は変身している間、モチーフにデフォルトで用意されている機能である薄いバリアのおかげで、物理的な要因で死に至ることは滅多にない。
防御した分魔力は削れるので完全ではないにしろ、魔力に物理で対抗しようとするのは愚かな行為だ。
しかし窒息については話が別になる。魔法少女は確かに普通の枠には収まらないかもしれないが、れっきとした人間だ。息ができなければ、普通の人間と同じようにすぐに死んでしまう。
水中呼吸のための汎用魔法も存在するが、あくまでそれは水中の酸素を必要な分だけ取り込むための魔法。空気そのものが無ければ話にならない。なので実は魔法少女は高高度や宇宙空間での活動は不可能なのだが、これはまた別の話だ。
「三日続けて、この間外から結界を割ろうとする魔法少女は現れなかった。でも、中からも抵抗はなかった。解除しなくても、電話がかかってきたから生きてるのはすぐ分かっちゃったよね」
リリィが秘密裏に進めたのも納得な非人道的な作戦だが、敵はまるで意に介した様子がなかった。リコリスと対峙した魔法少女……というかドールの証言で、彼女が既に人間ではないことは知れ渡っている。
つまりはおそらく、敵の魔法少女は全員そうなのだろう。そうでなければ下っ端が窒息死しても構わないことになるが、ブラックリリィに限ってそれはないだろうと知っているので、特に話題に挙げることはなかった。
「そういうわけだから、敵の戦力の中央値はこっちより断然上だろうね。平均で比べると、こっちは私やダイヤとかローズが外れ値だからアレだけどさ」
「……あ、あの!」
「ん?」
リリィの話を遮りながらも、恐る恐るという様子で手を挙げたのは、ブラックリリィに付かなかったワルプルギスの幹部、「布団」の魔法少女ベッドだ。
実力は確かなのでマリーゴールドは彼女を協会の青森支部の幹部に任命しているのだが、ベッドは極度のめんどくさがり屋だった。
幹部に招集をかけてもベッドだけは絶対に来ないし、来ても話を聞かずに居眠りをする始末。挙句には昼寝していたせいで黒奴が出現していたことに気づかず、あわや大惨事ということもあったほどだ。
そんなベッドが発言するとすれば、それは自分たちに面倒事が降りかかることを直感的に理解したときだと知っているマリーゴールドは、余計なことを言わないでくれと祈りながら頭を抱えた。
「ま、まさか、そのホワイトボードの、地図と、色のついた点って、仲間と敵の配置……とかじゃありませんよね?」
「そうだけど何? これから皆と、可能な限り多くの魔法少女で旧都心の結界を包囲して一斉に叩く予定だよ?」
「ロ、ローズが! ローズとかリリィとか、あとなんかいっぱい集めて、え、遠距離から、一網打尽にすべきと提案します!」
ベッドは、そのやり方では犠牲が増える危険があるとか、日本が黒奴に対して無防備になるとか、もっともらしい理屈をこねて周囲の賛同を得ようとしていた。突撃部隊に参加させられるのがよほど嫌なのだろう。
臆病者の意見だと笑う者もいたが、会議に参加している魔法少女の何人かは、まずは長距離射撃で様子を見てからでも悪くないのではないかと思い始めていた。誰だって安全なやり方があるならそうしたいに決まっている。
それぞれが隣近所の魔法少女と話し合い始めてしまったので、会議の円滑な進行はできそうにない。このままリリィが意見をゴリ押すのも難しい状況だ。
そんなとき、一人の魔法少女が手を打ち鳴らし、ついでに魔力を一瞬だけ放出して注意を集めることで全員を黙らせた。
「ブラックリリィの専用魔法は反転だ。これ以上の理由が必要か?」
注目を集めたのは、「紫水晶」の魔法少女アメシスト。ベッドと同じく臆病で慎重で時には卑怯とも呼ばれる魔法少女だが、そのやり方で生き延びてきた実力者だ。
アメシストが言いたいのは、放った魔法が反射されて戻ってきたらどうするのかという話だ。ローズやリリィの魔法を防げる魔法少女が、果たしてこの国に何人いることやら。うっかり町に被害が出れば大惨事だろう。
また、それができそうなジェードやアメシストを一か所に集めてしまった場合、結局国内が手薄になるのは避けられない。ならばリリィの提案したように、一気に殴ってしまった方がマシかもしれない。ようやく全員の意見が一致した。
ベッドの意見でざわついて、アメシストの一言ですぐに静かになる会議室を静かに眺めていたリリィは、会議を締めくくるように言った。
「ま、作戦って言ってもそんなに難しいことはないから安心してね。もともとそんなに長く話すつもりはなかったんだよ? 今日皆には、明後日の夜に作戦を実行に移すから、そこんとこよろしくって言いたかっただけだし」
それだけ伝えると、詳細はそれぞれのアプリに追って連絡を入れると告げて、リリィは転移で全員を無理やり家に送り返したのだった。




