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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第八章 少女たちは帰らない
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第八十五話 動き出す黒

「泡沫さん、私がなぜ怒っているか分かりますか?」

「私は警察に届けるべき子供を保護すると言って連れ帰ろうとしたくせに途中で放り出して数日間失踪しました……」

「あ、あの、わたし、きにしてないから……」

「甘やかしちゃダメだよ透葉ちゃん、叱るべきことは叱らないと」


 八月三十日、夏休み最終日の前日。前日に百合から解放されたばかりだったが、結芽は美音に呼び出されて京古家を訪問していた。


 理由は一つ、電車に放置したままにしていた透葉の件である。あのときは何かに操られるように、感情の赴くままに電車を降りていた結芽だったが、当然そんなものは言い訳にならない。降りてから百合に車に乗せられるまでを覚えていないからなんだという話だ。


 それに、家に上がるとすぐに透葉が泣きながら飛びついてきたので、こめかみに血管を浮かばせて仁王立ちしている紫音の説教は大人しく聞いていた。


「はあ……行方知れずって聞いて、心配したんですよ?」

「ご迷惑をおかけしました……」

「……無事で何よりです。おかえりなさい、泡沫さん。それはそれとしてこの子について説明してもらいますけども」


 結芽が今一番困っているのは、透葉の話をどこまで詳細に話すべきかということだ。舞に透葉を保護すると告げたとき、反対はされなかった。しかし透葉について何か言及するようなこともなかった。


 紫音は協会側の人間だし、美音の姉という立場でもある。多少ヤバいことを聞いたとしても、即始末というような目に遭うことはないはずだ。

 しかしただでさえ忙しいはずの紫音に、これ以上厄介事を押し付けるのはいかがなものかと結芽は思っていた。


 そんな結芽の考えを見透かしたように、紫音は正座している結芽に目線を合わせるようにかがみ、手を取った。


「泡沫さん、確かに私、泡沫さんの前では情けない姿ばかり晒してきたような気がしますが、大人なんですよ? そして、貴女の先生でもあるんです。……私はそんなに頼りないですか?」

「……ごめんなさい」

「『ごめんなさい』!?」

「あ、いや、今のは先生が頼りないって意味じゃなく……生まれてこのかた、頼れる大人に出会ったことがなかったので、頼り方が分からなくて……」

「おそろいだ」


 結芽と透葉がそんなことを言うので、紫音は理不尽を子供に押し付ける世界を嘆きそうになったが、何とか飲み込んで二人まとめて抱きしめた。


「大人なんて、ちょっと長生きしてるだけの子供に過ぎません。……私に任せてください」


 この後透葉の事情を聞き、紫音は頭を抱えることになった。





「どこに行くの、姉さん」

「……詩織」


 その日の深夜、物音で目が覚めた詩織は、姉の美緒がどこかに出かけようとしていることに気づいた。美緒は大学生でまだ夏休みもあるし、大きなキャリーケースを引いているので、早朝か昼間なら旅行にでも行くのかと聞いていただろう。

 しかし時間帯がおかしい。まるで両親や自分に気づかれたくなかったかのように、美緒はこっそりと出ていこうとしていた。


 玄関から出ようとしていた美緒を呼び止め、どこに行くのかと聞いたが、詩織はその答えが返ってくるとは思っていなかった。思い止まらせることができるとも思っていなかった。ただ、最後に言葉を交わしておきたかったのだ。


「……一緒に来る?」

「……えっ?」


 しかし予想に反して、美緒が返したのは同行を誘う言葉だった。このとき、詩織はこれまで散々拒絶してきたくせにと思うと同時に、姉と共に行きたいとも思っていた。


 だが行先も目的も分からなければ、返事のしようがない。このまま消えてしまいそうな雰囲気の姉を放っておくという選択肢はないが、不用意に返事をすることもできず、詩織はしばらく固まっていた。


 詩織が動けるようになるまで、美緒は黙って待っていた。そして数秒か、数分か、長くも短くも感じた沈黙を破り、詩織は美緒に尋ねる。


「っ……ど、どこに行くの……?」


 出てきた言葉は最初に尋ねたものと同じになってしまったが、美緒はその問いに、明らかに顔色を悪くした。


「……言えない」

「姉さんは、私に言えないような場所に行こうとしてるの……?」

「分からない」

「分からないって……!」

「ッうるさい!」


 両親を起こさないように声量は抑え、しかし威圧するように魔力を放ち、美緒は睨みつけるような目を詩織に向けた。

 だがその目はすぐに不安と恐怖に覆われて、迷子の子供のような、縋るような目に変わる。声も弱弱しくなりながら、美緒は詩織に尋ねた。


「詩織は……私と一緒に地獄の底まで来てくれる?」


 詩織にその質問の意図は分からなかった。だが何かを答えなければならないと、直観で理解していた。言葉は喉でつっかえて、形にならない空気だけが漏れ出るだけだったが。


「……大丈夫。それでいいよ」


 美緒は浮遊魔法で詩織に近づくと、そっと抱きしめた。これで最後とばかりに、強く、優しく。


「旧都心には来ちゃダメだからね、ブックマーク」


 玄関を開けると、そこには裂け目が開いていた。そしてその先に、真っ黒な恰好の女が一人。詩織は手を伸ばそうとしたが、そのとき既に裂け目は閉じていた。





 魔法少女協会、旧都心本部。東京都心に今も残る最初の裂け目を監視し、黒奴(クロヌ)が出現したらすぐに対応できるように数チームを常に宿泊させているその建物は現在、ブラックリリィ派の魔法少女たちに占拠されていた。


 普段はワルプルギスが本拠地として利用しており、マリーゴールドもほとんどここから動くことはないので、万が一にも安心と思われていた基地だったが、一晩にしてこのザマだ。


「へえ、逃げたんだ」

「私、正面戦闘には不向きだって知ってるでしょ」

「言い訳?」

「はあ? あそこで私が負けて殺されてた方が後々不便でしょう?」

「替えが効かないわけじゃない」

「いい度胸ね、地下訓練場行きましょう」

「せっかく生き延びたのに、死にたいんだ」

「協会はどうしてローズを窓口役に選んだのよ……」


 辛うじてマリーゴールドとコーラルはブラックリリィから逃げ延びることができた。本部に常駐していた他の魔法少女たちも逃げることができたので、被った被害は拠点を失ったくらいのものだろう。逃がされた感は否めないが。


 新都心までたどり着いたマリーゴールドとコーラルはすぐに協会に連絡を入れたのだが、こういうときに来てほしかったジェードは取り込み中とのことで、ローズが代わりに寄越された。

 しかし、三人のいる会議室には険悪なムードが漂っていた。当時の状況やら敵の数やらを報告するための場のはずなのだが、マリーゴールドが何か言うたびにローズが余計な口をはさむので、一向に話が進まないうえに空気がどんどん悪くなるのだ。


 そこで、空気を少しでも変えようと、コーラルは本筋から逸れた話題を挟んだ。


「ね、ねえ、報告も大事だけど、ワルプルギスをどうするのかも考えないとダメじゃないの? 幹部とは連絡取れないし、貴女の敗走を知ったら下っ端は向こうに付きかねないわよ?」

「そうね……いっそ百合園に加わるとか?」

「それ、うちの傘下のチームが首を縦に振るとは思えないケド……」


 多くの魔法少女は百合園派かワルプルギス派に分かれる。主義主張がそれだけ正反対なのだ。にもかかわらずマリーゴールドが百合園の庇護を求めれば、下からの反発はすさまじいだろう。


 ただでさえブラックリリィとの決戦に備えて戦力を増やしておきたい状況なのに、手駒を減らしてどうするというのか。コーラルはそう思ってやんわりと否定するが、マリーゴールドは本気だった。


「いざとなれば全員魅了(チャーム)で操れば問題ないわ」

「……は?」


 マリーゴールドの専用魔法「魅了(チャーム)」の効果は絶大だ。一度かけられてしまったら、リリィでも結芽の名前を連呼しながら頭を叩きつけないと正気に戻れないほどに。


 ゆえに、マリーゴールドはこの魔法の使用は慎重にしてきた。部下を魔法で無理やり従わせるようなことはしないし、協会にとって不都合な思想を持つ相手にも暴力だけで対応してきた。

 せいぜい戦闘中に指示を聞かない相手や、指示を出しても間に合いそうにないような緊急事態に限って使ってきた。


 九年間も守ってきたそのルールを破ってでも、マリーゴールドはやる気なのだ。


「言ったでしょ、いざとなれば躊躇わないって。もう手段を選んでいられる状況じゃないの。ブラックリリィは裂け目を手に入れた。……向こうが本格的に動く前に止めなきゃいけない」



 しばし会議室を沈黙が包んだが、ローズが報告書の続きを急かしたことで張り詰めた空気は多少マシになった。この後すぐにマリーゴールドと口論を始めてしまうので、結局空気は変わらなかったが。

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