第八十三話 魔法少女を続ける覚悟
ドールは考えた。暗い部屋の中、モチーフである人形を握りしめ、考えた。自分がこれからどうするべきか。携帯のアプリの通知も、外から聞こえる戦闘音も無視して、考え続けた。
答えは出なかった。だが悟った。答えは戦いの中で見出せばいいのだと。相手が黒奴なら死人をあの世に帰すだけだし、相手が魔法少女なら悪を懲らしめるだけ。何を迷う理由があろうか、と。
その後は早かった。すぐに家を飛び出し、認識阻害を器用に使ってハイになっていたリコリスを奇襲。
専用魔法を見事食らわせることもできた。――これでリコリスが戦闘不能になってくれれば、もっと良かったのだが。
「あぁ……結局来たんですね」
「アンタッ……!」
「しかし恐ろしい魔法ですね。リリィでもハマれば一撃なのでは?」
糸が切られた操り人形のようにぐったりとしていたリコリスは、錆びついたブリキ人形のようなぎこちない動きながらも、ドールの魔法の効果を無視して振り向いた。
ドールの専用魔法、人形操糸は対人戦において無類の強さを誇る。リコリスの言うように、リリィでも当たらないことを前提に立ち回ることを強制されるほどに。
そんなドールの人形操糸が効きにくいのは、脳からの指令で動いていない黒奴のような相手だった。
黒奴でも当てれば当てた部位の動きを止めることはできるが、他の部位は構わずに動くし、頭や首に撃ち込んでも全身の制御を奪えない。
今、奇妙なことにドールはそれと同じ感覚を、リコリスから感じていた。
「アンタ、人間じゃないのね!?」
「分かっちゃいました?」
これ以上は対価を払い続けても止めきれない。そう気づいて糸を放したドールだが、その場を離脱するには遅かった。
気づいたときには、リコリスがその手に魔力武器を生成してドールを袈裟斬りにしていた。返り血を浴びて恍惚とした表情のリコリス――だが、すぐにその血が妙に冷たいことに気づく。
「おや?」
ドールがそう簡単にくたばるはずがないと理解していたので、チームの仲間は誰も取り乱さなかった。手ごたえが妙に軽かったので、切り裂いたのが偽物だったことにはリコリスもすぐに気づいた。
ファンは微弱な魔力の流れをたどり、瓦礫に隠れて専用武器である自分そっくりの人形を操っていたドールをすぐに見つけた。
「ドール!」
「何ですぐ偽物って分かるのよ……」
「当然だろう? 君に関することなら何でもお見通しさ」
「イチャついてる場合じゃありませんよ。あのクソ女、まだ何かする気です」
「イチャついてはないわよ。表現どうにかならない?」
「クソとは失礼ですね」
ボウの言いぐさに即座に反論するドールとリコリス。しかしリコリスの言い分はジェードとアイアンとファンが認めなかった。
「じゃあクズ」
「カス」
「ゴミ」
シンプルな悪口に、リコリスは無言で魔力を高める。それは、あの港町でコーラルが見せたものに似ているようにファンたちは感じた。
同時に、何がなんでもそれを阻止しないと、この場で全員が殺されかねないという危機感も、すぐに感じ取った。
黒奴殲滅委員会の全員が武器を構え、集中砲火を浴びせる。しかし魔力を高めようとしている最中でもリコリスは自由に動けるのか、攻撃は悉く魔力防壁に遮られてしまう。
ドールの糸で魔法を引きはがしても、すぐに新しい魔法が張られる。そしてついに、リコリスが魔力を解き放つ――
「まだだよ、それは切り札」
――直前で、背後から現れた真っ黒な女に魔力を霧散させられた。
真っ黒なローブだけでなく、真っ黒な手袋やらタイツやらベールやらで徹底的に素肌を隠したその女性は、魔力を欠片も感じさせずに、気づけばそこにいた。
その真っ黒な見た目は事前に聞いた通りのものだったので、多少の動揺はあったが、ドールたちは不用意に近づいたり攻撃したりせずに武器を構えることができた。
「アンタが『黒百合』……」
「初めましてになるね、後輩ちゃんたち」
ひらひらと手を振る姿だけなら、目の前の人物が心優しい第三者かのように思えてしまったかもしれない。だがもう片方の手で、ブラックリリィはリコリスを裂け目の向こう側に押し込んでいた。
あれだけ苦戦して、ようやく手傷を負わせることができたリコリスを、目の前の女性は片手間で処理してみせたのだ。
まだ戦い足りないとばかりに抵抗しているリコリスを、魔力を一切感じさせないままに。
「どうかな。見ての通り私、リコリスより強いんだけど、計画には協力してくれない? 君たちなら即戦力だよ?」
「ハッ、安い脅しね。失せなさい」
「強気だねえ。嫌いじゃないよ、強がりさん」
リコリス以上に絶望的な、圧倒的な暴力。ジェードやアイアンですら武器を構えるだけで精一杯で、ボウとガンに至っては物陰に隠れて抱き合いながら震えるほどの相手に、ドールだけが強気に出ることができていた。
しかしそれは、喧嘩を売るのはやめろと叫ぶ理性を魔力の対価に捧げ、勝てるわけがないから逃げようと怯える本能を荒ぶる感情でねじ伏せるという荒業で、どうにかひねり出した一言でしかなかった。
ドールも足は震えていた。瞬きする間に殺されているかもしれない。そんな恐怖が場を包み込んでいた。
「……ま、事を起こすには早いから、またね。きっとすぐに会うことになるけど」
幸運なことに、ブラックリリィは何もせずに帰っていった。リコリスにボコボコにされたのが本当に何もされなかったことになるのかは分からないが、少なくともこの窮地を生き延びることはできた。
黒い影が裂け目の向こうに消え、裂け目も閉じると、ドールはその場にへたり込んだ。先ほどリコリスに糸を刺したときのように、ガクリと。
「……何よアレ」
「リリィと渡り合える化け物」
「今のダイヤモンドとローズでも、二人がかりでギリって所か?」
震える声で呟いた一言をジェードとアイアンが拾う。
ドールは、近いうちに訪れるであろうブラックリリィとの決戦にも臨むつもりで、魔法少女を続ける覚悟を決めていた。
しかしリコリスを相手にし、ブラックリリィの威圧をやせ我慢で耐えることしかできなかった自分の体たらくを見て、このままではどうにもならないことを理解した。
理解し――それでも諦めるつもりなどなかった。
「ジェード、アイアン。どうせ使えるんでしょ……アレ教えなさい……転身ってやつ。教えられないなら、どうにかアタシたちを鍛えて。お願い。このままじゃどうやっても犬死によ。ちょうどいいからファンとボウとガンも一緒にやりましょう」
「えっ」
「はい?」
「えぇ……」
犬死にしかねないのは自分もファンたちも同じこと。ドールはそう考え、あくまで善意で特訓に誘った。ジェードといえば、あの猟犬に恐れられるほどの相手だというのに。
アイアンは加減しろよと言ったが、ジェードは微笑みながら、ぬるくちゃダメだよと答えた。そんな会話が聞こえていたのかどうなのか、ドールは地獄の底から響くような声で小さく呟いた。
「いずれにせよ、ただじゃ殺されてやらないわ……絶対に」




