第八十一話 幕開け
ブラックリリィがどれだけの魔法少女に声をかけて回ったのかは誰も知らない。しかし、この日新都心近郊の住宅地に出現した黒奴の対処のために訪れたのは、黒奴殲滅委員会だけだった。
「……ドールは来なかったな」
「彼女の選んだ道だよ」
「前衛としちゃ、少なからずアイツの魔法に頼ってたからなァ……ま、無い物ねだりってやつか」
ただし、集まったのは五人だけ。しかもファンとジェードの二人は明らかに調子を崩していた。
アイアンは二人に気づかれないように、小さくため息をつく。こんな状況では仕方のないことだが、中衛のアシストのテンポが遅れる中でドールの分まで戦うのはかなり疲れるのだ。
嫌な未来がじゃんじゃん見えたのか、ボウとガンも休むことなく攻撃に加わり続けていたので、普段よりも全員消耗している。
そう、誰もかれもが疲れていた。肉体的にも、精神的にも。膨大な量の魔力を垂れ流しながら接近してくる魔法少女にも気づけないほどに。
「――おやおや? フルメンバーではないんですね。お人形さんはどこに?」
「……さあね。おもちゃ箱でも漁ってきたらどうかな」
彼岸花の模様をあしらった真っ赤な着物を盛大に着崩しながらも、肩が出るくらいの位置で糊付けでもされたかのように固定されたコスチューム。
明らかに戦闘には適さない下駄を履き、頭には簪を差したその魔法少女――「彼岸花」のリコリスは、知り合いに会いに来たような気軽さで、微笑みながら専用武器である彼岸花を模した杖を構えて近づいてきていた。
普通、魔法少女が他所のチームの魔法少女に声をかけるなら、敵対の意思が無いことを示すようにしなければならない。魔力で威圧しながら専用武器を構えるなんてのは論外だ。
しかし今回の場合、仮にリコリスが武器も魔力も引っ込めてにこやかに挨拶してきたとしても、黒奴殲滅委員会は武器を構えて威嚇していたことだろう。
なぜならリコリスはブラックリリィの思想に賛同する魔法少女の一人であると、リリィが明らかにしていたからだ。
「リコリス……!」
「お久しぶり……と言うほど久しくはありませんね、ジェード」
「テメェ、何しに来やがった!」
「そう威圧しないでくださいよ、まだ何もしていないじゃないですか。……これからする予定ですがね」
身振り手振りや認識阻害を巧みに用い、リコリスは意識の隙間に入り込む。姿が消えたと錯覚した次の瞬間、ジェードの隣に彼女はいた。
「緑川 翡翠。ザ・平凡な魔法少女の代表格。経験はありますが実力はさほど。適当な所で野垂れ死んでもらうはずだったのですがね」
一瞬前までは、まだ怪しいだけの相手だった。しかしジェードは即座にリコリスを敵とみなし、翡翠の盾で殴りかかる。
だが残念ながら、ジェードにはリコリスを捉えられるほどのパワーもスピードもなかった。乱戦になればダイヤモンドとローズを同時に相手にできるが、タイマンには弱いのだ。
盾がアスファルトを抉り取る頃には、リコリスはアイアンの背後に回っていた。
「羽鐘 鉄子。かつてタッグを組んでいた魔法少女の引退と同時に引退を表明……したのではなかったですかね」
過去の話を引き合いに出されたアイアンは、専用武器を薙刀に変形させて斬りかかる。アイアンは火力こそ低いが、近接戦闘の技術はダイヤモンドにも引けをとらない。
変形の勢いも利用して、薙刀は真っすぐにリコリスの首を捉える。だが、その程度の火力ではリコリスの肉体強化魔法を超えることができなかった。
薄皮一枚すら斬れずに、アイアンは武器をはたき落とされてしまう。反撃がくるかと身構えるが、リコリスはまだ喋りたいのか、今度はボウとガンの間に立っていた。
「阿武玖 夢唯。優秀な姉と比較され続け、育った憎しみのままに殺し合ってもらう……はずでした」
移動する軌道も、移動してくる未来も見えていた。反応はできなかったが、次の一撃の回避はさせない。ボウたちは身を翻し、今の一瞬で出せる最大火力をぶっ放した。
ありったけの魔力を込めた矢と弾丸は、狙い澄ました通りの軌道を描く。リコリスに対し、どちらかを避けるならどちらかを受けることを強制していた。
殺意に満ちた狙撃をリコリスは、躱すことなく受け止める。
「私の預言は絶対のはず……絶対でなければならない……それがなぜ、いつ、どうやって覆されたのか……今となっては、それは何だって構いません」
四人を難なくあしらって、リコリスはファンの前に立つ。ファンに恐怖は無かった。事情もよく分からなかった。だが、目の前に立っているそれが邪悪なものであることは、すぐに分かった。
「見せてもらいましょうか。捻れた運命の果てというものを」
これまで終始浮かべていた微笑みを獰猛な笑みに変えて、リコリスが襲い掛かってきた。
リコリスの専用魔法、「預言」には使用回数の制限がある。また、遠い未来を変えようとしても目先の未来を変えることから始めなければならないので、小回りが効きにくいという欠点もある。
ゆえにリリィやダイヤモンド、ローズと異なって専用魔法よりも汎用魔法が主体の戦闘スタイルとなっているが――彼女はそれで九年戦ってきた。
「ははははは! 良い! 実に、良いッ!」
何がそんなに楽しいのか、リコリスは高笑いしながら風を纏って突貫してくるファンを魔力防壁で叩き落す。
ファンを風ごと叩き落すほどの魔法となれば、相応に集中しなければ使えないはず。そう踏んだアイアンがファンと入れ替わるように背後からリコリスに接近するが、そう簡単にはいかない。
リコリスの専用武器は、彼岸花を模したデザインの杖。普段は専ら鈍器として使ってばかりだが、この杖には魔法の発動を補助する能力もあった。
片手間のように背中側に杖が振るわれ、その軌道上に魔力弾が生成される。アイアンはギリギリのところでジェードの翡翠輝石で直撃を免れたが、体勢を直すよりも早くリコリスが翡翠輝石の柱の上から飛び出てきた。
「未来を意のままに操る黒幕ムーブも悪くありませんが、やはり私の性に合うのはこういうのですねッ!!」
「黒幕ムーブが楽しかったならずっとそうしてろ!!」
「私とボウの間に挟まるな!!」
「それは別にどうでもいい!」
「良くない!!」
アイアンに向けられた杖を矢が弾き、アイアンを掴もうと伸ばされた腕を弾丸が狙い撃つ。
獲物を見つけた肉食獣のような眼光が二人を射貫くが、怯むことなく二人は――見えてしまった未来を回避すべく、すぐに飛び退いた。
直後、二人が狙撃ポイントに利用していた建物が、巨大な魔力光線に飲み込まれて消える。あれが直撃していたら、大怪我どころでは済まないところだ。
「くそッ、ランキング上位勢は化け物揃いかッ!」
「リリィ、ダイヤモンド、ローズ、マリーゴールドに次いで、ランキング五位だもんね。……だとしても、これだけ魔力を消費しても平気そうなのは違和感があるけど」
黒奴殲滅委員会が五人がかりで魔力の消費を抑えながら戦っているというのに、リコリスは最初から加減せずに攻撃し続けていた。
タネは分からないが、リコリスはまるで疲れた様子を見せないまま、攻勢を強めてくる。ブラックリリィによる二度目の反乱。その前哨戦は、住宅街の隅でひっそりと幕を開けていた。




