第八十話 開戦前
「……ミィ、君はどうする?」
「どうって……何がよ」
「ブラックリリィとやらの誘いだよ」
帰宅すると、美音は家で一人だった。どうやら姉も母もまだ仕事から帰っていないようで、しかも遅くなりそうときた。
そういうわけで、一人になったら自分で何をしてしまうか分からなかった美音は、千風の家に押し掛けたのだった。
とはいえ、集まったところでするのはダイヤモンドにされた話についてなのだが。
「論外よ、論外。アタシが何のために魔法少女になったと思ってるの?」
美音は決断を迷わなかった。確かに戦いに終わりはないのかもしれない。だがそんなのは、魔法少女になってすぐに覚悟していたことだ。
孤独でも、理解されなくても、恨まれても、美音に人類を裏切って黒奴の行う間引きに加担するつもりはなかった。
だがそれは、魔法少女として今後も戦い続ける覚悟があることと同義ではなかった。
「……そうよ、アタシは黒奴を殺すために魔法少女になった。人殺しなんかのためじゃない……これからどうすればいいのかしらね」
「……魔法少女を、やめるかい?」
千風の質問に、モチーフである小さな布の人形を見つめて、美音は黙ってしまう。もしかしたら、黒奴に殺された父かもしれないモチーフを見つめて。
美音は、姉の紫音との仲は良かったが、母との仲は悪かった。休日に公園に遊びに行こうとねだって連れて行ってもらった先で、父が黒奴に殺されたからだ。
もちろん美音の母も、美音のせいで夫が殺されたとは思っていない。黒奴は災害のようなものだ。いつどこに現れるかなんて、誰にも分からない。
しかしそうであったとしても、美音の母はどうしても考えずにいられなかったのだ。あの日、美音が家で大人しくしていてくれれば、と。
美音自身、今でもあの日のことを夢に見る。木に吊るされた父のうめき声が段々小さくなるのを、血溜まりが少しずつ広がるのを、ただ呆然と眺めていることしかできなかった、あの日のことを。
黒奴への怒りは、今も変わらない。だが、黒奴の正体を知ってしまった今、以前のように容赦なく叩きのめすことができるかと聞かれると、すぐに返事をすることはできなかった。
せめて誰か、何か、明確な悪がいてくれれば。
行き場のない感情を持て余し、美音は千風のベッドに横たわり、うつ伏せになって深呼吸した。
「チカは……家族の仇討ちよね?」
「ああ……まあ、半分はそうだね」
「半分?」
「……もう半分は君のためさ。君と結芽さんのために、私は魔法少女になったんだ」
「はあ? アンタ……バカなの?」
モチーフに選ばれた少女には、協会から魔法少女についての説明がある。テレビで見るようなただ華やかに黒奴を倒すだけの仕事ではなく、この国の未来を背負う重要な仕事が云々という話だ。
要は生半可な覚悟でするくらいなら、ここで引き返せと言われるのだ。そんな世界に千風は、特定の個人のためだなどという、ひどく不安定な覚悟の上で踏み込んだのだと、美音は受け取った。
最近のほとんどの魔法少女は黒奴討伐時の報酬や、ちやほやされることが目的で魔法少女になるので、千風はかなり健全な部類なのだが、理由にされた側である美音は納得できない。
「何で……アンタこそ何で、やめないのよ。こんなこと続けたって、何にもならないのよ? 終わらないのよ? いつか……いつか、戦いの果てに死ぬしかないのよ!?」
千風の胸ぐらを掴んで叫ぶ美音。彼女は覚悟してこの世界に足を踏み入れたが、それでも死ぬのは怖いし、終わりのない戦いも嫌だった。
自分のせいで巻き込んでしまったかもしれない相手がいると知れば、取り乱しもする。
「ドール」
一方の千風は、終始落ち着いていた。そして優しい声で、魔法少女としての美音に告げた。
「私はこの選択に後悔はない。選んだのは私だ。今も続けることを決めたのは、私だ」
優しい声だったが、そこには揺るぎない決意があった。千風はたとえ黒奴の正体が人間の魂だとしても、それをけしかけているのが世界の意思などという逆らいようのないものでも、戦い続ける覚悟があった。
最初は魔法少女になるのも怖がっていたはずなのに、いつのまにか美音と立場が逆転していた。
「それに……君は私がいなきゃ、すぐに無理をしてしまうからね」
「……バッカじゃないの……」
涙を流し、抱き着いてくる美音をあやしながら千風は――窓の外の赤い着物の魔法少女を無言で睨みつける。
美音に気づかれないように器用に風を操って威嚇すると、女性はすぐに去って行った。
「ううむ……やはり、少しばかり計画にズレがありますね」
千風に威嚇され、すぐに退散した赤い着物型のコスチュームを着た女性――「彼岸花」の魔法少女リコリスは、結芽たちの通う高校の屋上から町を見下ろしながら呟いた。
「ドールの心は擦り切れていませんし、アイアンは魔法少女に復帰していますし、ジェードは相変わらず死に損なっていますし、ボウはガンと和解していますし……はてさて、誰の仕業なのやら」
美音たちがコンピュータと会った日、ダイヤモンドは専用魔法を組み合わせれば未来予知くらい容易いと言った。その理由の一つが、リコリスの専用魔法にある。
専用魔法「預言」。この魔法はボウやガンの持つ未来の可能性を見る魔法とは異なり、求める未来を掴むために必要なことを知ることのできる魔法だ。
魔法のお告げに従う限り、あらゆる物事を可能な限り意のままに操ることのできる魔法というわけなのだ。
そしてリコリスは、この魔法を自分の趣味のために使ってきた。過去も、今も、これからも、ずっと彼女は自分のためだけに使うつもりだ。
「壊れてくれれば面白かったものを」
言葉だけなら不満そうだったが、リコリスの口元は凶悪な笑みを浮かべていた。
「しかし、六人揃ったチームというのは興味がありますね……」
望んだ未来にはならなかったが、今の彼女にそんなことはどうでもいいことだった。なぜ運命が変わったのか。その未来に進まなかった結果どうなるのか。自分はどうなるのか。
つまり、楽しみで仕方がないのだ。自分の趣味のために他人の人生を弄んでおきながら、そんなことには目もくれず、これからの出来事にウキウキしているのだ。
「開戦の狼煙代わりに、彼女たちを使うのも悪くない……ふふっ、盛大な祭になりそうですね」




